立原 道造 のタッチ。

立原 道造(1914~1939、詩人)は、東京帝大工学部建築科の卒業。
新進建築家としてデビュウした矢先、肺結核によって他界した。
信濃デッサン館(上田市)には、彼に関するささやかな展示室がある。


原稿用紙に書き込まれた詩文 (1934年11月頃の作)。



秋元邸新築外観デッサンと、平面見取図 (1938年5月6日)。

撮影禁止だったが、そこは倫理観乏しき萬年のこと、かまわずに盗み撮った。

ひっそりと小さな住居の考え方は、当時でも異色だったとは思うが、80年経ってさらに魅力的だ。

デッサン館はけれども、今は無期限で休館中であるから、読者諸氏に来館をおすすめできないのが、まことに残念なのだ。

では。

開田高原は、今。

地蔵トンネルを抜けて高原に入る頃に、雨が静かに降り出した。

シラカンバの森も、フキの葉も、濡れる。


湿原の中、たっぷりの水が流れ下る。
川底は、御嶽山が吹き上げた火山灰の、黒い地質。

訪れる人は少なく、まるでシーズンが終わるころの閑散。

開田を楽しむには、こうでなくちゃ……。

では。

はるか此方の 野次馬よ。

野次馬の語源は、おやじ馬、との説あり。

もはや役立たずとなった老馬が、その責任のなさのゆえにむしろ、世の事象についてやたらコメントをしたがる、というのがその真意らしい。

ポリスによるアフリカ系青年の殺害をきっかけに、全米に沸き起こったデモや暴動。

そうしたら案の定、太平洋のこちらでは、無責任なコメントを、さも良識派であります、とばかりに言う連中がわいてきている様子。

不当な差別への抗議と、略奪とは全くの別物。前者は容認できるが、後者はご法度だ、云々とか。

抑圧されたエネルギー奔出の実相を、火の粉を浴びないような場所にいて、さも訳知り顔で言ってくれるよ、まったく。

自分で手を汚す覚悟もない評論家ばかりなのか、この国にあるのは。

では、ごめんください。

政府と国民、そんなに違うか?

※記事中の数字はすべて、5/25現在(by Google)。

COVID-19の死者は、多い順に……、
米国    100,000人
英国      37,000
伊太利           33,000
仏蘭西           29,000
スペイン        27,000 ……とやってきて、
日本                  900人弱。

欧米各国と、日本(極東)との歴然たる数値差に対しては、
やっぱり、いろいろ言いたくなるんだろう。

政府(国と地方)はなんとも手際が悪かったけれど、国民はその聡明さで巧くやって事態を乗り切りつつある。

―実は、こういう考えが、いちばん厄介なんでありまして……。

日本という同じコップの中で、どっちもどっちなレヴェルで生活しているように思えますね、あたしには。

民の優秀さを強調する方に、では、うかがいます。

聡明/成熟した民がこれだけそろっていて、では、どうして先の〈おおいくさ〉で 300万人もの同胞を死に追いやったのか?
たとえ、いい加減な政府が指導していたにせよ。

―ここのところを総括せずに、70年あまりやり過ごしたのが、僕たち。

では、ごめんください。