久々の好グッズ(だと思う)。

サイズは、150㎝のひとつのみ。

なれど、

子供用に、山雅デザインのT-シャツが販売開始、とのリリース。

どれに当たるかはわからん(シークレット式)が、この世代には、ガチャ感覚がすっかり定着していて、

かつ、五つあるデザインは、どれも優れているから、

1,500円で、スタジアム観戦のユニフォームが入手できるのならば、

子供というよりかは、

親御さんにとって、家計が助かる〈朗報〉に違いない。

これだと、小柄な成人女性でも着用可なんでは?

欲をいえば、120㎝あたりのサイズがあっても、いいくらいか。

廉価であるし、次世代への訴求であり、

さらに、チケット仕立てであるのも、秀逸の企画商品でありましょう。

ついでに。

ニューエラ社へんとコラボして、

白地に、黒いエンブレムを小さくあしらったクラシカルなベースボールキャップはいかが?  (黒字にゴールドのエンブレムでも可)

頭文字の〈Y〉だけを、あのブラックレターのフォントで入れる、とか。

ちなみに、フロンターレのキャップが、価格5,000円を切っていますんでね。

とにかく、

普段着として使わせたいのならば、(☞ TPOが自由な着回しのためには)

一旦、チームカラー(緑)から解放された発想でないとダメですよ。

では。

120年経っても変わらないもの。

それは、人間の中に住まう、陰湿な、底意地の悪さ。

過日の愛媛戦で。

同点弾を放った #17 田口 裕也に対して、

2か月前までは、自分の応援するチームに所属していたプレイヤーであったにもかかわらず、

いや、プレイヤーであったからこそなのだろうが、

得点して魅せた田口の活躍を、貶める発信をする者があるらしい。

人間が行き詰ってくると、

他人の成功が、いちばん自分にとって喜べない事がらになるものだが、

今回の件は、その最たる見本だろう。

しかも。

田口を悪く言うために、わざわざ引っ張りだされるのだから、

田村 翔太(愛媛FW #11) にしてみたら、とんだ迷惑に違いない。

ただし。

これを、あのチームの取り巻き一般へと拡大するつもりもなくて、

どこにでも、

たとえば、この松本にも、松山にも、ころがっている個性と考える。

ちょうど、今から120年前。

小説『坊ちゃん』は世に出た。

この小説は、作者の

漱石自身が、英語教師として松山の中学校(旧制) に赴任した経験が活かされていて、

そこに登場する〈赤シャツ〉なる教頭とかの、狡猾ないじめが、今回の出来事で想起された。

かつて、漱石先生が、辟易としたであろう、卑しい人性は、いまだに変わらなくて、克服されないわけか……。

では。

残虐性を認めつつ。

ひと頃の渇水が、最近の降水で、一段落。

朝晩の気温低下傾向もあってか、植物も、息を吹き返したような有り様。

桔梗や、萩は、ふたたび花をつけはじめ、

無花果(いちじく)は、第二波の、熟成期に入ろうとしている。

昨日。

熟したやつを樹からもいで、そのままフレッシュでいただいたが、

中身は、透明になるほどに熟れていて、おそらくは、かなりの糖度。

こういうのを、贅沢というんですかね。

ついでに。

収穫を終えた南瓜のつるを、まだ枯れてはいないけれど、すべて抜き払った。

で、空いた場所には、鍬を入れて、ひとまづは平坦にする。

……さて、ここからが、本旨でもって、

畑を、縦横無尽に掘っては荒すモグラをば、

息子からもらった、捕獲器で亡き者にしよう、という魂胆。

ワナのつくりは、いたって簡単。

かなり強いスプリングを、ストッパーで押し拡げて止め、モグラを挟むワッカが開いた形にセットする。

それを、モグラが通ると思われるトンネルの中に、坑道に沿って挿し込むように置く。

モグラがそこを通過する際に、体が留め金に触れて、そのストッパーが外れると、

瞬時、強力なスプリングの反発力で、ワッカが、両側から勢いよく、バチンと締まる!!

たまたま、息子が捕獲した犠牲者を見せてもらったが、

モグラは、胴体をぺしゃんこに圧縮されていて、すでに息はなかった。

捕獲といっても、実際は、駆除であって、違法なことに違いない。

読者もお気づきのことであろうが、この捕獲オペレーションの許し難い点は、

モグラの地下活動が、畑の作物の収穫量を減じている、という証拠がまったくないにもかかわらず実行されること。

かしこに盛り上がる土塊が不快なり、それだけの理由に過ぎない。

けれど。

みづからの残虐心に痛みつつ、それでも仕掛けるモグラ屠殺器

これじゃあ、この先、いい死に方はしないだろうな。

では。

正義のミカタ。

サイボーグ009(by 石森 章太郎)が、なぜ、優れた漫画であるか? と言うと、

連載の初回(@少年キング)から、

みづからを創り出した組織(ブラックゴースト)への反逆で始まる点。

いわば、エスパー集団の、神(創造主)への違背と闘争のあけくれが描かれる。

ヒーロー物漫画は、以来数十年、

抗争のあけくれを題材にしてきたけれど、

最近のやつは、〈修行〉の側面にテーマが傾き過ぎていて、

正義と不正との、選択の苦悩、といった内容に乏しい。

……さて。

前記事で、山雅のあるべき最適解、と表現したので、少々の捕捉。

サッカーが、

ふたつの点を結ぶ直線はひとつしか存在しない、から始まっている幾何学でもない限りは、

反論無用な絶対的公理で押し通せるほど、単純ではあり得ない。

だから、

〈解〉は無数にあるはずで、その検証道具は、おおよそが、勝敗という結果、そのくらいに考えておこう。

ただし、勝てば官軍一辺倒でも、貧相だ。

でないと、プロセスの愉しみという醍醐味を逃がしてしまうだろうから。

現況、比較的布陣が落ち着いているのは、ウイングバック。

先発が、高野&樋口、クロージングは、松岡リム&北爪、そんなで。

かつ、働きぶりも、高評価。

でも、強欲なファンからすれば、

このセットの登場(先発と交代) をさかさまにしたゲームも観てみたい、となるわけ。

愛媛戦では、2列目、村上の先発という形で、同様な試しがあった。

ゆえに。

ことサッカーの世界においては、正義の味方があるのではなく、

正義の見方が、観るひとの数だけあるに過ぎないし、

かつ、その正義は、かならずしも、勝利と直結してもいない。

では。

さまざまな検証には, (愛媛戦レビュウ❷)

やはり、実戦を重ねるから、

チームの姿が固まるのには時間を要するだろう。

最適解の発見は、できるだけ早いほうがいいが、

その過程につき合うのもまた、観戦のお楽しみ。

……ざっと。

❶ツートップの組み合わせ、

❷逆トライアングルの、3人で構成するシャドウと中盤、

❸3センターバックの並び、

❹壁(ゴールキーパー)の選択、

❺それらを、スタメンとパワーアップ要員に振り分け、

❻ゲーム状況に応じたカードの切り方(メンツと時間)

……これらの骨格を彫り出す、そんなか。

2025季、八戸では、先発フィールドプレイヤーが、10人中 8人は固定的に運用されていたけれど、

これだけ有能なスカッドを抱える山雅の場合、どうなるのかね?

さて。

試行機会の大切な一戦だった、愛媛戦。

いままでより、少々交代カードが切られる時間帯が前倒しになったのは、

愛媛は、やっぱり愛媛のサッカーを踏襲したためと思う。

正直者の愛媛さん、でした。

それはそれは、修練をうかがえる、あの俊敏なパスワーク。

相手プレイヤーの視線を攪乱し、ボール奪取をいなすためのワンタッチの連続。

ただし。

彼らが、それに執着してくれたおかげで、こっちは、サイド方向への追い出しとつぶしに専念できたところがあって、

もっと、縦方向に、スパン!!、と(福島みたいな) パスを入れられていたら、もっと捕まえ切れない危険なシーンが生まれたかも。

ある意味、予測が可能な分だけ、助かりました。

それでもって。

ならわしの、前後半ラスト15分の、こっちの猛攻撃は健在でしたが、

この時間帯のゴールが、今季、いまだ皆無。

推してもダメなら、引いてみな、ではないが、

もっと、窮屈でないスペースを創り出して、そこでシュート動作に入れるやり方が、必要だと思います。

思えば、いままで、その場面創出(=シュートまでの持ち込み)が、個人技に傾き過ぎたのかも知れない。

もちろん、個の卓越を否定はしませんよ。

では。