たったひとりの鎖国。

たしか、あの物語。

某Eテレで、アニメーションで放送してると思うけれど、

小学生が、その劇場版?(実写で)を観ていたので、しばらく一緒に画面を眺めた。

『銭天堂』というタイトル。

その駄菓子屋のおばさん役。

― そうそうあの女優さぁ、テンカイなんとか、っていうんだろう?、と家人に訊いたら、

あまみ、と読むのよ、とのご返事。

知らなかった。いい加減な、僕の知識らしいや。

ところで、この女性の話す語尾が、〈~でござんす〉

レトロ感を出すための演出でしょうが、

~でござります、をこうやって訛るのは、

江戸の遊里あたりか、あるいは、渡世人の業界ことば。

それもわからないで、次世代に伝わるわけだ。

ま。

〈ヤバイ〉を、一般の子女、相当年配なご婦人にいたるまでが発するご時世だから、

どうしようもありませんな。

ジジイが、ひとり鎖国をほどこして文句を吐いてると、

よしなぁ、と言われそう……。

しかし。

あまみさんとやら、役柄からすると、ちと美しすぎはしないかぇ?

では。

なりふり構わずやるのか (札幌戦プレビュウ)

前節の甲府戦。

小瀬で、ヴァンフォーレ先輩から学んだ最大の教えは、

相手に圧倒され、主導権を握られたなら、

たとえ、蹴り出し専門の見苦しいサッカーに徹してでも、勝利に強欲な姿勢だった。(コーナーフラグでの時間稼ぎ、久しぶりに観ました)

さらには。

スタジアム全体にみなぎった、つまらんプライドにこだわることなく勝ちを喜ぶ空気。

これぞ。

さかのぼる444年前、離反と裏切りの中で、武田氏の滅亡を看取った、甲斐人の醒めたリアリズムの継承と、称賛すべき。

さて。

今節の札幌戦、

勝敗の分かれ目は、ヴァン先輩が示した、強欲な勝ち星願望に違いない。

パスワークに優れ、攻撃大好きなサッカーをめざす札幌と、

強烈なプレッシングを前/全面に押し出す山雅の対戦となれば、

ゲーム様相は、押し込む松本と、それをはがして侵攻するコンサ、といった様相になるが、

そこでは。

どれだけ自己流を貫くのか、あるいは、ラフな捨て球を使ってでも好機を創るかの、塩梅とやりくりが、活路を拓く。

つまりは、なりふり構わずとは(どちかといえば)、

札幌が、そういう割り切りサッかーを、どれほどやってくるのか?

それがゲーム局面をかなり左右するだろう。

山雅からすれば、

❶やることは従来通り、くわえて、札幌が繰り出す頭上を越えるロングボール対策を怠らないこと。

❷札幌の攻めの急所はやはり、サイドの侵入だろうから、

そこへのボール供給ポイントである、センターバックと中盤ダブルボランチに仕事をさせないこと。

ここらは、運動量よりもポジション取りに優れる相手ボランチを、

こっちのボランチが、いかに、スマートネスとタフネスで狩れるかにかかる。

❸と、同時に。

こっちのサイドプレイヤーは、常に、高い位置取りの札幌サイドバックの後方を陥れよう。

ジャッジや相手プレイヤーに、ウダウダと物申すような姿勢を払拭しつつある山雅であるから、

くりかえしますが、

アタマの体力(=考える力)を、90分間切らさないスマートネスとタフネスで行きましょう。

では。

ノースフェイス。

こっちには、ザ(The) がついていないことに、ご注意ください。

5か月ぶりの北ゴール裏の観戦と、同志との再会を前に、高まる気持ちを表現するには、

フェイス(Faith、信奉)が、ピタリくるかな、と。

先日。

自分なりに緑化を、と思い立ち、

蟻ケ崎の某診察待合室に、(喫茶山雅で分けてもらった)サイコウのポスターを貼らせてもらった。

ふたりで貼りながら、そこの主人が、

― 今年の山雅はやりそうだってね、監督も変わっりして、とおっしゃる。

どこから情報を得ているのか、(おそらくは)アルウィンには足を向けない市民の、こういった好意的な反応と関心こそ、山雅の大きな資産だと、つくづく思う。

アルウィン近くに住む職場の同僚は、スタジアムに一段と沸き起こる歓声に、山雅がゴールを挙げたのか、と想像するらしい。

これに比べたら、

ゴール裏のルールは~、などといきり立っているのは、器量が小さ過ぎて、お相手する気も失せる。

ところで。

ホーム4試合が、他会場に振りかえせざるを得なかったための、

シーパス以外のチケット売上損は、これを〈得べかりし〉利益としては計算できないからどうしようもないが、

明らかに算出できるクラブの、経済的な損失の半分については、アルウィン所有者の県が負担する、とか。

これはありがたきご厚意であり、朗報。

(ファン&サポーターの要した遠征費用は、しかたがありませんな)

では。

黙々とすすめよ。

人口は減っているのに、世帯数は増えている。

要は、ひとり、ふたりで暮らす人々が多くなった。

独りで過ごしていたら、一日を黙っていることがもっぱらで、

メールのやりとりが多くなれば、尚更だよなぁ、

……とアタリマエの事に感心する自分に呆れている。

アウトドア作業が少ないので、

思い立って、身辺の整理に手をつけ始めた。

かねてから、2階寝室のガラクタをなんとかしてよ、との家人注文もあるから、

まづは。

書斎 (同居人いわく物置部屋) の本棚を空けてから、寝室にある書類をそこに持ってくる段取り。

10数年前に、書物の取捨を一度はしたが、また、やらねば。

先日は、本棚の 4分の1 を整理して、

それからと、数十年分を溜めこんだ給与明細を、全部棄てた。

念のために、ひとつひとつ明細であることを確かめながら、ゴミ袋に投げ込む。

或る時期などは、何か月も連続で給与明細の封を切っておらず、自分のいい加減な性格を思い知る。

ははぁ、この当時(長期で)は、こんな(少ない) 給料だったんか、

やりくりにはずいぶんと苦労をかけたなぁ、と自分にも人並み?の感慨が湧く。

松本市指定のゴミ袋が、一時間足らずでほぼ満杯。

人生の終末をみすえた整理を終えるには、あとどれほどのゴミを出すことやら?

では。