梅雨入りしたので。

 さつき雨 田毎(たごと)の闇と なりにけり       蕪村

庭では、紫陽花も立葵も、まだ花をつけないけれど、

僕の感覚では、

一昨日か、昨日、ここらは梅雨入りしたに違いない。

だから、今日のアルウィンにはレインウエアを持っていこうか、どうしよう。

でも、こんな季節だからこそ。

It Never Rains in Southern California〉(1972年発表) を聴こう。

カリフォルニア州の南部、ロサンジェルスあたりへは行ったことがないが、

はたして、雨は少ないのかね。

アルバート ハモンドがヒットさせたこの曲の歌詞は、

ハリウッドで成功するために、ボーイングのジャンボ747でカリフォルニア州にやって来た役者。

が、彼、なかなか芽が出ず、捨て鉢な気分を歌う。

南カリフォルニアは雨が降らない、なんてウソだろう、って。

カリフォルニアの明るさとは大違いで、かなり暗い気持ちなわけです。

いやはや。

では。

Early Summer (または 麦秋)。

しろがねの如き光をたたへたる朝の麦畑(むぎばた)にいでて来にけり

朝あけてまだしづかなる空が見ゆ木々の青葉のうへの朱雲(あけぐも) 

                                                           佐藤佐太郎 (1945年作)

こういう描写を(のみ) 採りあげるならば

短歌や俳句は、〈文学〉にあらずして、ほんの〈文芸〉なり、と断じたくなる。

スケッチに過ぎないものでもって、人間やその所業を描破はできない。

……と、お堅いことを云々するのはやめにして、

切り取られたその一瞬を、軽い風情で楽しめばよい、

短歌など、せいぜいそのくらいなもの、と自分に言い聞かせる。

(ただし、万葉集の、長歌には可能性を感じますが)

さて、先日の、

いわき市往復は、北関東道を使ったから、

途中、関東平野の北、宇都宮あたりの田園風景を目の端に入れて通り過ぎていた。

人を撃って バイト地獄の 十六の夏  by 萬年

これだと、スケッチにしては、むきだしに過ぎるか……。

では。

語るに落ちた……。

― シュートが、ポストやバーに嫌われまくってなんともですが、この次こそ、ゴールをお願いします。いわきには、行きますんで。

と、ご本人には、お伝えしておいたのですが、

旅程を計画していて、

なぜ、ハワイアンスタジアムなの?、とわからずに、

旅の相方に訊くと、

かなり以前から、いわきの地では、フラなどを盛んに催している、との答え。

いわゆる、町おこしのために取り入れて久しい、ということなんでしょうか。

― でもさぁ。それって、とってつけた不自然な話でもって、ハワイを〈騙る〉に等しくないかい?

― 他人を貶めるにもほどがある。口に気をつけなさい!!

ピシャリ、言われてしまった。

たしか、マタイ伝には、

口に入れるものよりも、口から出すものが人を汚す、とあったっけ。

考えてみれば、

飛騨山脈のことを、他所の山々の名を勝手にとってつけて、

北アルプスと、ヘーキで呼んでいる者が、言えた義理でもない。

おまけに、アルウィンとか。

ひたすら、自分の卑しさを反省……。

お口直しに、

ハワイ在のミュージシャン、ジャック ジョンソンの名曲を聴きながら、

いわき往復の計画でも詰めるのです。

では。

遅ればせながらの ご報告。

一か月ばかり前。

毎年、隣家の軒下で子育てをやっているつばめが、いまだに到来しない、と書いた。

その隣家の、家運を含めて、僕は、けっこう案じていたのですが、

それから一週間ばかりして、

家人に言われて、庭に出てみると、

やぁ、再びやってきて、そこかしこの中空を飛び回っている。

……ただ、それが、三羽なんですね。

どういう取り合わせかはわからんが、

たとえば、一羽は、旅の途中で、脱落したか、命を落としてしまったのか……。

とにかく。

いまは、巣の修復もおわっていて、

穂が出て、やがて色づきはじめようとする向かいの麦畑を、行ったり来たり飛んでいる。

では。

昔も今も怖いもの。

つい先日も何度か聞かされた、

地震発生時の 携帯電話のアラーム。

こういうシステムは、この国だけなのか、どうか。

そのけたたましさは、地震そのものより、恐怖心を呼び起こす。

土曜日は、ちょうど小学一年生(女児) と居間にいた時だったが、

その反応たるや、

ギャーと叫んで突っ伏し、パニックになった。

魂消える、とはこのことなのだろう、それから小一時間は、それはもう、静かなもの。

この子にとっては、

〈おやじ〉は、まったくのランキング外だが、

〈地震〉〈かみなり〉が、恐怖を呼び覚ます、断然のワンツーであるらしい。

となれば、

こっちの言い分に従わせたい時には、地震やかみなりを持ち出そう、という誘惑も生じるけれど、

それは、やはり、フェアでなかろう、と自分を戒めている。

では。