笑い飛ばす 人生。

できることなら常に、憂鬱であることを、自分に許さない心持ちでいたい。

笑いながら、人生の多くの時間を過ごしたいものだ。

かといって、TV番組などで、カメラのこっち側でスタッフがよくやる、甲高いバカ笑い、あれはいただない。

職業的な使命感で、必死に練習した結果がそれかよ、と哀れになる。

 

自分はせいぜい、すこし唇の中央が微かに上がるような、物静かな笑いをモノにできれば、とは思うけれど、

本人はそういうつもりでやっていても、

家人からは、

― また、鼻の先で(人を小馬鹿にして) 笑っている、

と 一刀両断されるのがオチなんである。

 

でも、それにもめげずに、笑える材料は探さなければならぬ。

某ご高齢のご婦人が、戦地ウクライナへ渡航した。
その地で、直接に支援をおこなう目的らしい。

すると、その国の官房長官なにがしが、

彼女については、速やかにそこから退避なさるように、と会見で述べた。

きっと、ご婦人の熱きココロと行動力を強調したいがために、わざわざおこなった広報活動であったと信じている。

しかし……。

わがプライムミニスターが、訪欧の際にも敢えて避けたウクライナに、よくぞ。

と付け加えたならば、事の切実、果敢さがよっぽど強調されたのになぁ、と残念。

同じやるでも、スピーチを効果的におこなう工夫は、大切。

では。

寒い日の ホンネ。

凍った畑土に、鍬を入れていたら、

無理な力が加わったものとみえて、刃が、クサビもろとも、柄から抜け飛んでしまった。

土の中にまぎれたクサビが、どうしても捜し出せないまま、始めたばかりの作業も終わり。

新しくおろし立ての鍬だったのに……。.

にわか農夫の悲哀、というやつです。

こんなことを言い訳にして、ソファーに寝転がっては、好きな曲を聴いている冬の一日。

最近の寒さと同じように、心に沁みる旋律。

では。

目的地は 自分。

 

この4月、小学校に入学予定の児の、こんな遊び。

親の運転する乗用車の助手席に座ったとたん、ナビゲーションを操作する。

覗き込んでみたら。

目的地を検索する画面に、もっともよく憶えているであろう、自分の名の3文字(ひらがな)を入力している。

― 君がここに居て、ここに行けって言われてもさ、ナビが困ってしまうよ。

といって、一緒に笑った。

 

けれど、後で考えてみたら、僕の生活なり、人生にしても、それと大して変わらないようなことを、繰り返しているのかも知れない。

ただじっとしていては、、いつまで経ったって、より良き自分に辿り着けるはずもない。

では。

それでも届く年賀状。

こっちが勝手にやめてしまっても、

年賀状で、ご家族の成長など、近況をお知らせくださる方々がいらっしゃる。

まことに、ありがたいことだ。

で、年賀状をもらった僕は、7歳の児と連れ立って、近くの空き地で凧揚げを楽しんでいた。

真っ青な空に、赤いカイトの好対照。

帰ってくると、ソファに寝転がって、モンテーニュ(随想録)を読んだり。

― 我々は死の心配によって生を乱し、生の心配によって死を乱している。

― 本当をいえば、我々は死の準備に対してこそ備えているのだ。

……、これだけを抜き出すと、その言っていることが正確に伝わらないうらみもあるけれど、

それにしたって、聴くに値することを書いたものだ、モンテーニュ氏は。

バッハ生誕(1685年)の 93年前に、モンテーニュは亡くなった。

もしも、その音楽を聴いていたなら、どんな感想をもらしたんだろうか。

特に、ゴールドベルク変奏曲なんかについて。

その中から、隣とした第30番を、グレン グールドで聴いている。

では。

どうしたら自分が自分になりきれるか、

それを知ることが、この世でいちばん大切なこと。

……とは、モンテーニュ(1533~1592年、フランスの哲学者) の言葉。

きのう、職場からの帰り道、後ろから、

― 〇〇さん、良い年を!、と挨拶されたので、振り返って、とっさに

― えぇ、来年こそは。

なかば、口ごもって返したはいいが、

いったい何が来年こそはなんだ、とこころに独り言しながら歩いていた。

安っぽい踏み絵で決して他人を試さず、飾らず、自分を偽らず、自然に自分を表現する。

しかも、8歳の子にも理解できるような平明、簡潔な言葉が、いつも口から出てくれば、なおさら良い。

いつかできることはすべて、今日でもできる ― これもモンテーニュの言葉です。

では。