Come Sunday (鳥取戦プレビュウ 後編)

『日曜日よ、来たれ』(1942年発表、by デューク エリントン) は、安息日を待ち望む歌なんですが、車内では、それを含むトミー フラナガン トリオのCDを聴いていて、急くココロも、だいぶ落ち着きます。

天候もなんとか持つ(曇り予想)ようですし、なにより。

ところで、本記事のタイトルは、当初〈クリーン or  ダーティー〉にしようか、と思っていました。

というのは、リーグ公式記録のひとつ、〈反則ポイント〉において、山雅が最下位であることに気がついたため。

反則ポイントの加算は、主に、警告(カード)の数と、その累積による出場停止によって行われ、逆に、警告がないゲームは、3ポイントの減算となる。

特に、異議、遅延行為によるカードは、別途ポイント1 が上乗せされる。

要は、〈悪質とみなされた、カード呈示の反則〉を数値化したもの。

3部だと、リーグ消化後に、34ポイント以下であれば、フェアプレー賞が与えられる。つまり、ゲーム当り1ポイントが基準値。

現在、山雅は、このポイントが 64。(ブービーは、FC岐阜で、50 )
いちばん少ないのがいわきFCで、− 4。

今シーズンは、この賞は諦めです、山雅。

こういう数値を突きつけられても、身びいきと言われればそれまでですが、観ていて、それほどダーティなサッカーやってる、とも思われないんですよね。

カウンター攻撃を身上とすれば、どうしてもボール奪取から、となるからタックルの回数も増え、カードをもらうリスクも高まるわさ。

それに加え、球際に厳しく、というのがチーム内の規律でもありましょうから。

(当リーグにおけるジャッジについては、敢えて云々しません)

せいぜい、異議、遅延行為については、冷静さを保って、巧く立ち回るしかないか。

かように、反則ポイントの多さは、これを謙虚に甘受することにして、もうひとつの面白い数字を見てみましょう。

これも、Jリーグ公式データによるもので、以前にも紹介した〈反則〉集計。

これによれば、いちばん少ないのが、福島UFCで、260。
次に北Q 266。

山雅は、3番目に少なくて、300。
4番目は、鳥取で、303。

反対に多いのは、順に、FC岐阜 367、AC長野 363、いわきFC 362 。
これが、ワーストスリー。

ここでハッキリするのは、反則数では、カウンター攻撃派>ボール保持派、という傾向。

反則の中にはもちろん、オフサイドも含まれるはず。

だからこの数値の多少を持って直截的にクリーン、ダーティーの議論は出来ない

けれど、カウンター攻撃派であっても、これだけの反則数の少なさからいえば、山雅は、ムダに反則を仕掛けるサッカーはやっていない、としておきましょうか。

断っておきますが、フィジカルの強さとは、反則せず、かつ、されないでボールを運ぶ能力、と僕は思う。

その意味で、横山 歩夢のドリブルは、テクニックよりもむしろ、秀逸なフィジカルの見本と考えます。

で、結論。

本日は、反則数が少ない、上位2チームの対戦。

となれば、クリーンで、しかも、もっとも重要なことには、中断のない前後にせわしないサッカー、となりそう。

ゆえに、ボールがセットされるフリーキック(含むコーナーキック)を、主導権を握れる〈間〉として、十二分に活用しないと。

では。

アキアカネの庭で。

或る午後、庭に居ると、

家人が、ピアノに向かっているのが聞こえてくる。

どうも、ショパンの『別れの曲』をモノにしたいようだ。

たしか、男はつらいよの、どこかで使われていたっけ、あの曲。

そういえば、隣家の娘さん(高校生)、最近まったくピアノを弾かなくなったけど、やめちゃったのかね。

人生の憂さが、音楽で晴れると思っているほど楽天家でもないけれど、楽しくやっているのが伝わってくるのは、聴いていてホッとする。

というわけで、山雅のチャント〈山雅ゴール〉原曲の、洒落たカヴァーを見つけた。

映画『ディアハンター』では、巧く使われていました。

では。

9月の雨、といえば。

年に二度ある雨季。

春のを梅雨と言い、今のを、秋の長雨、と日本では呼ぶ。

一日の中に、陽光があったかと思うと、雲がやってきて、サッと雨滴が降り注ぐのも、またいいものだ。

おまけに昨日は、無花果(いちじく)の熟したやつを樹からむしり取って、そのまま食す贅沢もできたことだし。

あと少し経って、キッパリと天が高くなる頃までは、一日の中に、夏のもえさしと雨と遠い野分が混じった日々を楽しもう。

9月の雨、といったら、ルノワール氏ならば、太田 裕美に決まっているんだろうけれど、僕の場合は〈September In The Rain〉なんだな、これが。

以前にもご紹介した憶えがあるやつを、再度。

実を言えば、由紀 さおりは、役者としてのほうが推しの萬年。

映画『家族ゲーム』(1983年公開、森田 芳光監督、松田 優作主演)で魅せた、母親(と妻) 役の演技、あれは秀逸だった!!

こんなことも、やっぱり書いたっけ?

では。

80年代も まんざらでない?

僕にあって。

1980年代は、J.D.サウザーの『You’re Only Lonely』(1979年8月リリース)で始まった。

このディケイド(10年間)については、その前の70年代に比べると、どうしても、停滞と保守化の年月のように思われて、あまり見るべきものもないような印象を持っていた。

この感じはこれからも変わらないだろうな、とは思うが、

『Just the Two of Us』(1981年2月リリース)といった曲を聴くと、80年代をあんまり悪くも言えないかなぁ?、という気持ちも湧いてくる。

曲が生み出されるのには時流の影響があるにせよ、出来た作品が良すぎた、ってことだけのことかも知れませんが。

では。

すべては 過ぎ去る〈All Things Must Pass〉

……、と言いながらも、次の世が在る、と思っている人がかなりの割合を占めるのが世界の民族のおおかた。

だから、彼等は、現世でおしまい、を信奉する極東アジアの某民族ほどには、この世の命に汲々としない、ように見える。

いや、もっぱら生物的な命に執着しているようなこのお国であっても、実際のところ……、

いまだ、検査によって判明した! 感染者数、死者数を、ルーチンでマジメに報道はしているが、保健所等のマンパワーも追いつかなくなっているらしくて、接触者の追究の範囲は、同居の家族まで、となっているらしい。

クラスター?、だから、どうしたの?、って話。

要は、言ってることは、仰々しく立派に見えて、その実、やってることは、いままでのインフルエンザと大して変わりないように、対応がだんだんと骨抜きになる。

なに、僕はそれを責めているのでは決してなくて、そうであって当たり前、いや、むしろ、どんどんそうすべき、と思っている派。

政治リーダーにしても、立場があるから深刻ぶって語っているだけで、およそ迫力もあったもんじゃあない。

処置できる医療機関を限定したままで、高波が来るたんびに、現場は大変だ、疲弊している、をいつまで繰り返すんだろう?

職場の同僚がふたり感染した、と聞いた。(で、ここ数日は離職)

発熱以外の詳細な症状は不明だが、結局は自宅療養であるならば、風邪や季節性インフルエンザと、対応のどこが違うんだろう?

あと何年後、生き残ったら、こっちを振り返って僕たちは、この3年越しの騒ぎを、どのように語っているんだろうか?

この曲だって、ジョージ ハリソン (1943 ~ 2001) が発表してから、51年。

半世紀なんて、過ぎてみれば、束の間さ。

では。