トミー フラナガンの発見。

おそらく、今年上半期の、いちばんの発見。

もちろん、僕の中での。

体系的になど、もちろん、聴くわけでなし、

行き当たりばったりの音楽好きに過ぎない者にとって、

トミー フラナガン トリオのアルバム『オーヴァーシーズ』(Overseas)に、

聴き惚れている。

1957年8月15日、ストックホルムで録音。

1985年にデジタルリマスタリング。

ピアノ☞ トミー フラナガン、

ベース☞ ウィルバー リトル、

ドラムス☞ エルヴィン ジョーンズ。

テクニックと抒情が詰まっていて、しかも、そのどちらにも流されることない、ブルージーで、リラックスした緊張感。

69年前の、洒落たジャズ演奏を楽しんでいます。

その中から一曲、〈Delama〉

では。

San Francisco (1967年) ……。

過日は、南カリフォルニア(ロサンゼルスあたり)を、

曲で採りあげたので、

今度は、北のほう、サンフランシスコ、というわけ。

昔々。

入試に、この都市名を、英語で書かせる設問があったおかげで、

いまでも、この単語を打ち込む度、数十年前の、青春の暗さを思い出す。

……数日前。

居間に入ると、TV画面では、刑事コロンボ。

最近、カミさんは熱心に、ピーター フォークの演技とストーリーを追っかけている。

もしかしたら、韓流ドラマ以上に執心なんじゃあるまいか?

このシリーズの良質な脚本に開眼するとは、素晴らしいことだ。

今回は、ジャック キャシディが、殺人を犯すマジシャン役(セレブの) を演ってる話。

― コロンボはさぁ、サンフランシスコ警察の殺人課。
で、ハリーキャラハンがロス市警。

が、すぐに、間違いに気づいて、

― いやいや、逆か。コロンボが、L.A.警察で、ダーティハリーがシスコだった。

すると、決まって、

― よくも自信たっぷりに、ウソをつけるわね、毎回、とお叱りを受けるハメとなる。

なお、動画で映し出される光景は、サンフランシスコからはかなり遠いニューヨーク州ウッドストックのもの。

遠い過去の、こんな事情を知っているのは、高齢世代のあなたに過ぎない?

では。

梅雨入りしたので。

 さつき雨 田毎(たごと)の闇と なりにけり       蕪村

庭では、紫陽花も立葵も、まだ花をつけないけれど、

僕の感覚では、

一昨日か、昨日、ここらは梅雨入りしたに違いない。

だから、今日のアルウィンにはレインウエアを持っていこうか、どうしよう。

でも、こんな季節だからこそ。

It Never Rains in Southern California〉(1972年発表) を聴こう。

カリフォルニア州の南部、ロサンジェルスあたりへは行ったことがないが、

はたして、雨は少ないのかね。

アルバート ハモンドがヒットさせたこの曲の歌詞は、

ハリウッドで成功するために、ボーイングのジャンボ747でカリフォルニア州にやって来た役者。

が、彼、なかなか芽が出ず、捨て鉢な気分を歌う。

南カリフォルニアは雨が降らない、なんてウソだろう、って。

カリフォルニアの明るさとは大違いで、かなり暗い気持ちなわけです。

いやはや。

では。

〈いつか〉という日は やってこないが。

その日は、いつか、かならずやってくる。

ボールを蹴り出してから、30年。

ユースからトップ昇格すると、それからプロとして、18年。

ここまで、Jリーグ通算、431ゲームの出場。

山雅との出会いは、2012年の開幕戦、

味スタで、J初参戦の相手として対戦した時、と記憶する。

高橋 祥平、山雅のために戦ってくれてありがとう。

プレイヤーとしてのサッカー人生、お疲れさまでした。

これで、奈良戦が、ますます勝利マストのゲームになりました。

では。

五月が逝く その前に。

― 春を迎えたボストン、

それとも、雪降るデンバー、または、

ロサンジェルスで、ずっと住まないか、僕と一緒に。

― 漂ってばかりいるあなた、答えは、ノー。

ここテネシーで、私は暮らす。

私こそ、テネシー男あなたの、いちばんの理解者なのに。

デイヴ ロギンス(1947~2024年) が、1974年に発表した曲、

〈Please Come to Boston〉を懐かしく聴こう、と思った。

けれど。

ボストンが、マサチューセッツ州のキャピタルならば、

この際、ビージーズの、

〈Massachusetts〉(1968年発表) にしてしまえ、と。

サンフランシスコまでフラリ出かけた男が、なぜか思い立つと、

故郷マサチューセッツの、かつて、ひとり置き去にした恋人の元へと帰ってくる……。

ロギンスも、ビージーズも、主人公に、

(一緒に住める)部屋はたくさんあるだの、自分がシスコで逢った人の話をしようだの、と言わせているけれど、

もとの恋人が、寄りを戻してくれる保証もないのだ。

つまり、語られる恋が、成就、復縁しそうもない〈儚さ〉感こそが、

これらの曲の魅力でありましょう。

僕にはわからないが、はて?、

1960年代の末から70年代はじめにかけて、

米国の青春には、Coast to Coast の流行りでもあったんでしょうか?

では。