よせばいいのに、八か月。

事が起こった時、こんな展開は、まるで想像もできなかった。

が、いざ、それが現実になると、そうだろうなぁ、と前から知っていたような気分になるとは、我ながら赤面。

けれど、2022年10月17日時点での思いをば、記録しておきます。

友人K君の言葉を借りると、結局は〈ロシアとは、こういう国(=民)なんだ〉。

(ポツダム会談で密約はあったろうが) 1945年8月9日。

不可侵条約を一方的に破棄、旧満州国に侵攻すると、数日間で数万人単位の日本人を殺害して、暴行、奪略を繰り返し、40万人とも言われる日本人をシベリアに連れ去った。

その残虐性は、70年経っても同じ。
かつて満州で暮らした義母(故人) のロシア評は、そのとおりだった。

領土的野心に駆られて一度振り上げた拳が、けれど、簡単には下げられず。

ウクライナ大統領は、プチンとは停戦協議しないと、既にハシゴを外してしまったが、これって、ロシア国民に対し、戦争をやめたかったら、リーダーを換えて話に来い、というメッセージですかね?

すくなくとも、ロシア大統領は今後、非ロシア圏へ安全に出ていけないし、
そもそもこんなふうに、心底の愛情を交わす人々が期待できるんだろうか?

では。

口からでるもの。

新約聖書には、こうある。

― 口に入るのものは人を汚さず、されど口より出づるものは、これ人を汚すなり。(マタイ伝 15:11)

口から摂った食物は、やがて排泄されてしまっておわり。

けれど、心に在る思いは言葉になって口から表れ、それがやがて、殺人、淫行、盗み、嘘、誹謗となって人を汚す。

たしかに、そうだ。

何を、どうやって食するか?、ってことに囚われずに生きていきたい、と思う。

……、と格好をつけているんだが、

たかが小松の牛乳パンを食べるのに、今や、いちいち予約しなきゃあならないのかよ、と毒づきつつ車を運転していたら、目の前を、そのお店の看板をつけたバンが横切って行った。

きっと、昨日、
― お前、口から出るその誹謗中傷に注意しなさい、と神様が教えてくれたんだろう。

では。

戦争と平和、と言うけれど『パリス、テキサス』

〈戦争〉の反対語として、〈平和〉が在る思考態度。

80年くらい前の4年間で、あれだけ徹底的に粉砕され、武装解除された記憶があれば、仕方がなかったかも知れないが、

要は、平和を語る際には、対極として戦争というものが必ず持ち出されてくる現象が、そろそろ不思議に思われてもいいんじゃあないか?

戦争が無ければ平和、というのも、ひどく乱暴な話でしてね。

戦争の反対語は、せいぜい、〈和平〉、すなわち、戦争を終わらせるための行動、に過ぎない、というのが今日の主張です。

『パリス、テキサス』(監督 ヴィム ヴェンダース)は、1984製作の 仏独合作映画。

題名は、テキサス州にある街パリス、に由来するので、パリス、と英語読みするのが適切。
ただし、日本では、もっぱら〈パリ、テキサス〉で通る。

或る家族の離散と、再会、そして……、を描く旅物語。

僕にとっては、作品そのもの、脚本(サム シェパード)、演出、撮影、音楽(ライ クーダー)、役者(ハリー ディーン スタントンら) のすべてが良く出来た映画。

こういう主題に触れてこそ、(あえて格好をつければ) 平和、なんてものを考えさせられる。

作品の冒頭、クレジットの文字が、鮮やかな赤であるところなんか、フランス映画の匂いがして、実に美しい。

では。

来年の花を。

明日、あるいは一瞬後には、生死もわからないのが、生き物のさが。

でも、頭の中では、自分の終末はなんとなく先に延ばして、来夏の花を準備している。

ひとつ。

素晴らしいブルーの朝顔が咲き誇っているお宅に気がついた。

晩秋の来る前にでも、タネをわけていただきに参りたい、などと思案中。

そうやって、4種類の朝顔を庭に咲かせてみよう。

ついては、配置や採光、見せかたのバランスを念入りに考えなくっちゃ。

ふたつ。

マリーゴールドが、次々と枯れ初めている。

種子(子孫) を残す大仕事を終えたのだ。

そこからタネを採って、どう保存しておいて、春にどうやって播こうか?

(マリーゴールドは、野菜につく害虫の忌避植物として植えてるんですが、本当に効いているのか、実はわからないまま)

では。

字数制限か 生存か。

季節の憶え ☞  9/28、庭の金木犀が開花した。

その同じ日、唐沢集落の『根橋屋』で、ざる蕎麦を頬張っていたら、

―  400字でしょうね!!   せいぜい。

と引導を渡されたのです。

目の前で、エビ天を食す家人から。

とにかく、短く平明を旨とすれば、もっと多くの読者を獲得できます!!、とご自分をスタンダードに見なして、譲らない。

―  いやね、サッカー戦術を語ればどうしても長くなるし、そもそも読んでくれる方に読んでもらえば本望なのよ、僕は、と抗弁してみたんだが。

ロシアの男ならば、青くなって国から逃亡すれば、軍への召集を回避できるやも知れないけれど、僕の場合、強い勧告への違背は餓死を意味する、つまりは、生存があやしくなるという境遇。

あの『天声人語』が 600字、『編集手帳』でさえ 460字なんですよ、と新聞のコラム字数を引っ張りだしたところで、なんの足しにもなりはしまい。

では。

(以上、400字です)