そのならわし、因習にして。

 

やめて数年を経ても、なお。

ありがたいことに、小生宛て、

年賀状をくださる友誼に篤い方がいらっしゃり、

10枚ほどの便りを楽しんだ、この新春。

……今年の特徴は、なんといっても、

僕の娘息子たちの世代において

2通と、伝聞によればあと 1通で、計3つの家族が、

― 失礼ながら、来年からは年賀状を控えさせていただきます、とアナウンスをしたこと。

僕みたいな、現役を退いた感ありの者(所帯)ならばともかく、

現役、働き盛り、育児ざかりの年代が、すでに、

年賀状のやりとりを因習とみなし、これを、廃そうとしているのが、

いまや潮流であるのですよ。

こうなると、約100年ほどは続いた、年中行事としての年賀状の風習は、

これから、またたく間に消失することは間違いない。

家庭から、固定電話がなくなる速度と、おそらく期を一にして。

もともとが年賀状なるもの、

ほんらいならば年始伺いに参上すべきところを、葉書一枚で済ませるのだから、

それを廃するのは、べつの、もっと簡単、迅速な手段が日常化している昨今、

特筆すべきことでもないか。

では。

歴史から学ぶにしても。

― 歴史を学ぶと、ひとが、いかに歴史から学んでいないかがわかる。

これを、多くの者が述べていて、

そのひとりがモンテスキューだったように記憶する。

俺は、凡人とは違って、思慮深いから学べるのだ、といった自負が、

おそらくは、こういう事を言わせている。

けれども、

過去と似たような出来事が、ほとんど偶然に、あるいは、前後に継起するに過ぎない日常にあって、

行動を起こすために、過去がそれほど明確な羅針盤として参考になるのかいな。

ましてや、

学校教育の〈歴史〉が、年代別な出来事についての知識習得に過ぎず、

その知識の過多を、学業の評価基準とする世では。

昔と変わらないのは、せいぜいが〈人間の本性〉くらいで、

その人間性(その善悪や快不快)を、どう考えるのか?は、その時代時代で、ずいぶんと違うからだ。

つまるところ、その時になって最善、次善と思われる道を選ぶ、というのが正直なところだろうか、少なくとも僕にしてみると。

その瞬間。

或る哲学者が語ったように、それをあたかも当然の〈義務〉として行えたら、潔くていいなぁ、とは思う。

が、実際は。

おこなった結果に対する他者からの評価、評判、そんなものがあらかじめこころに忍び込むのが実情だ。

これも、人間性における弱さ、と引き受けることだって、

人間の強さのひとつだろうに、と居直りますかね。

では。

年の瀬の 書初め ……。

画像版権所属先☞ジョータイム

新しい年(元旦)を迎えたら、時代はもちろん、人にも、齢がひとつ加わる。

……といったならわしが消えて久しい。

〈数え年〉の風習はもはや廃れ、〈満年齢〉がフツー。

しかし。

存在する者を、0(歳) とするのは、どうしたって(数学的に)不合理であって、

生まれたての彼は、 1歳(自然数を持つ者)でなければ、オカシイのだ。

たとえば。

或る年の、2月1日に生まれると、そこで、1歳。

翌年の元旦が来る、つまり、年越しをすると加齢して、2歳。

次に、(この場合1か月後に) 誕生日が来ると、3歳。

こういうのが数え年による年齢加算で、本来、七五三は、これでおこなう。

……ま、きょう日、どうでもいい、小うるさいこと。

それが証拠に、

昨日は、

小学三年生と一日一緒に過ごしたけれど、冬休みの課題として、

〈書初め〉に手をつけた。

本来。

新年を寿ぎ、新鮮なる決意の下に、筆を持つのが書初め(のココロ)なんだろうが、

そんなことたぁ、いまや関係ない。

つり正月、の字句ふたつを、お手本に従って、何枚か書く。

筆の入れ、止め、撥ね、抜き。

それを意識して、最後まで気持ちを込めるように言うと、

なかなか上手く書いているので、感心する。

僕もつきあって、筆を借りて、何枚か書いてみた。

そして、

新聞紙をひろげた上に、書き上げたものを並べて、墨が乾くのを待つ。

あとは、自宅で、(もっと細い筆で) 自分の名を入れるだけ。

さて。

作品をしまう段になって、

家人が、小学生に向かい、

― こっちのも、しまって家へ持っていかないとね。

― 待ってよ、それは、僕の書いたものです。

小学生に才能があることも確かだけれど、

萬年の筆才も同じレベル、なんでありますね。

では。

〈毒〉について。

夕方になって、急に、

前夜(比較的に早朝)に見ていた夢の断片を想い出すことがしばしばある。

あぁ、彼が登場してたよな、と脳裡に浮かんでくる……。

それとよく似た風にして、ふと、

萩本 欽一が思い出された、今日の午後なのであった。

なぜか?など、皆目、分かりません。

あぁ、

70年代に売り出していた頃の、コント55号は、面白かった。

そのコントの妙味は、

萩本が〈毒〉を発散することで、相方の坂上 二郎の、心胆をゆさぶり、なじり、愚弄し、ひきずり回すところにあった。

この事はこうやるんだよ、やってみな、と、萩本が坂上を試すことが続く。

で、巧くできないことを、責めに責めて、ついに〈バカモノ〉と決めつける。

この言葉は、相手に対し、敢然として上位に立つ者の宣言なんだが、

萩本の、〈バカモノ〉の口調とタイミングは、とても秀逸だった。

時として、坂上が、それなりの抵抗を示すことがあって、

観ていて、あぁ、これは舞台を降りた日常で、かなりな葛藤もあって、その中、コンビをやってるな、と思わせた。

観客は、コンビの絆におけるスリリングさをも、楽しんでいたように思う。

ふたりが、それを使って笑いを獲った、というのが精確か。

なぁなぁの仮面を剝ぎ取って、どうでもいいことに偏執すること。

僕は、それを〈毒〉と呼びたいのだけれど、

マジメにおかしく、しかも、暴力的にやったのが、コント55号の価値に違いない。

ゆえに、平和愛好者の家人は、その芸風にトコトン否定的なわけ。

やがて、

萩本は、司会業に転じたけれど、

そうなると、聴き役にまわり、相手をそれなりに立てなければならない。

だから。

〈毒〉の発散は禁じ手、とせざるを得なくなった。

いわば、無害化した、萩本 欽一というコメディアンを否定はしないが、

僕の興味はない。

では。

昔はよかったか。

版権所属先:ジョータイム

「昔が今よりもよかったのはなぜか」と言うな。
あなたがこれを問うのは智恵から出るのではない。

……上は、紀元前930年頃に亡くなった、ソロモン王の言葉として伝わるもの。

実際に、イスラエルの王が発した言葉なのかは、もちろんどうでもよくて、

今から 3,000年前も、

人間は同じようなことをつぶやきながら生きていた。

そのことが興味深い。

人間性は不変、普遍ということなんででしょうか……。

健康診断の問診票に、

同世代の人に比べ、あなたは歩くのが、早いか、同じか、遅いか、の項目がある。

家人と連れ立って歩くと、僕のほうが遅れ気味になるので、

遅い、と答えることにしているけれど、

あれ、正しくは、〈時と場合による〉だよな、といつも思う。

こと、楽曲においては、

最近は、このくらいゆっくり、しんみりと楽しみたいので、この人のピアノばかり聴いている。

ところで。

ジョー氏からは、ラインとインスタ(の設定)を検討してよ、と迫られていて、迷っている年の瀬。

では。