負け獅子の遠吠え。

(ワールドカップ2026の決勝と、記事の投稿が同時なのは、たまたまであって、他意はありません。)

準決勝で、イングランドを破ったアルゼンチン代表が、

ゲーム後に、

マルビナス(英語でフォークランド)の領有を主張する幕を掲げて、サポーターに応えた一件。

政治をサッカーに持ち込まないとの、FIFA規定からすれば、もちろん、

それは、まづいでしょう、となろう。

だから、なんらかの処分の対象となっても、文句は言えない。

おそらく、処分など受けてもヘーキ(覚悟)で、彼らはやった、と思う。

勝てば官軍の、南米的な挑発ですかね。

結論をいえば……、

政治(状況) からの、サッカー(スポーツ競技)の独立性は、

かなり不透明で、事案の是非判断など、さしあたりのもの、が現実。

そこには、長い時間の経過(=歴史)が横たわっていて、

たとえば。

かつての(帝国主義国による)植民地政策を、現在からさかのぼって非難しても、お手上げなのだ。

日章旗はよくて、なぜ、旭日旗はなぜダメなのか。

これだって、突き詰めれば、片方が気に食わないから、に過ぎず、

科学的(=客観的)な正当性は、皆無。

ゆえに、

このことの裁定は、直近の過去のことに基づく以外にない。

まぁ、僕からすれば、

この件が生じた理由は、ひとえに、

イングランドが敗北したからであるから。

勝利に乗じて、領土権を主張されちゃったのだ。

だから。

今後、この件で、もめたくなければ、イングランドは、常にアルゼンチンに勝利するしかないし、

そもそも、両者のマッチメイキングなど、してはいけない。

かりに、いちばんまづいのは、

イングランドの政府関係者あたりが、アルゼンチンチームの行動を責めるコメントを発する(したのかどうか知らんが)ことでしょうね。

敗戦のスリーライオンズ(代表エンブレム)は、ただ黙してこそ、騎士道精神。

……それは、はんぶん冗談としても、

ロシアが締めだされて、なぜ、イランを叩く米国が締め出されないのか、

あるいは、

どこかの大統領から、自国プレイヤーへのレッドカード呈示に不満を伝えられと、出場停止処分に猶予を与える。

二枚舌の連中に、真に義に基づいた裁定を期待することが、悪いジョーク、と思う。

では。

ネジバナの 迂闊(うかつ)……。

芝生を育てることとは、結局、混生する雑草らとのたたかいである。

が、唯一。

ネジバナ(捩花) だけは、いくらでもゆるしておける、そんな花だ。

(もちろん、〈雑草〉なんて、人間の身勝手による植物差別に過ぎない)

ところが、我が庭では、とんとお目にかかれないなぁ、

と思っていた矢先、

ファーマーズガーデンで、その苗を見つけたので購入した。250円也。

山野草の趣きで並んでいた。

で、買った苗を、早速地に下ろそうと、場所を物色していると、

それがまぁ、なんと、

芝の中に、ネジバナをひとつ、見つけちゃったんです!!

茎は爪楊枝くらいの細さ、高さは10センチほどで、

小さなピンクの花を、らせん状につけている。

……まるで、チョッとした笑い話よのう、と思いながら、

買ってきたもっと背の高いほうは、エーデルワイスの傍らに植えた。

この話を家人にしたら、

― 昔、 庭に咲いていた時に、教えてくれたじゃない。

うーん。

相方には、

ネジバナとは、日本国内で、唯一自生するランの一種、という能書きをたれた覚えがあるが、

自宅の庭にあるのを指さしながら説明した記憶が、全然ないのには、困っている。

では。

あぁ、コメディエンヌたちよ。

前の記事は、歌手ちあき なおみについて。

亭主だった 郷 エイ(金へんに英)治(1937~1992年)は、好きな役者だ。

苦みばしった悪役や、用心棒が似合ってまして、

映画『野獣の青春』(1963年)における模型オタクの殺し屋は、実兄の宍戸 錠との共演でもあり、面白かった。

で。

ちあき なおみも、役者として、かなりのセンスを持っている(いた)ことを、

共演の、美川 憲一の演技とともに、おさえておこう。

(ちなみに、このメーカーのCMでは、沢口 靖子がコメディエンヌとして活き活きとしている。

が、いまや科捜研一本なんで、二度と、このジャンルで演ることはない?)

では。

カサブランカの誤算。

……と言っても、

はたして?

昨秋、庭のすみに植えた球根の品種が、〈カサブランカ〉 であったのかどうかも、自信がないのであります。

今を盛りの花々を、

グーグルレンズを使って調べてみても、

答えが、その都度(画像によって?)、違っていたりする。

だから、こうなれば、品種はどうでもよいのでありまして、

僕の誤算は、次の一点に尽きる。

すなわち。

ユリは美しく開花したものの、すべてが天を仰ぐように上向きで、

僕が期待していたように、うつむきに咲かない。

さて。

新約聖書、マタイによる福音書6章の一節には、

〈野の百合を見よ。ソロモンの栄華の極みの時だにも、その装いこのひとつの花に及ばざりき〉と。

これを下敷きにした、

映画〈Lilies of the Field〉(邦訳 『野のユリ』 1963年 米国) は、

シドニー ポワチェが、オスカー(主演男優)を獲ったコメディー。

その中で歌われるゴスペルが〈Amen〉で、

これを、インプレッションズが、カヴァーした。

……とだらだらと、つづいていくわけでして、

要は。

ユリの花が上下どっちを向いて咲こうが、取るに足らないこだわりに過ぎず、

ソロモンの栄華をはるかに超えた豊かさを、いま、感じさせてもらっているのです。

感謝。

では。

樹齢……。

(画像☞オフィスジョーワールドより借用、長野銀行さん、はご愛嬌)

小学五年生と、午後の2時間あまりを過ごしていた。

― なんか、訊きたいことがあったんだよね~。

と、なんとか思い出すべく、助手席で苦労している。

けれど。

拙宅に着いた瞬間、

― そうだった、あのモミの木が、何年経っているか、訊きたかったんだ!!

庭の端に立っている一本の樅。

クリスマスに使ったやつを、そのまま土に降ろしたのだが、

いまや、だいぶ背が伸びて、語れるようになった。

ふたりで、昔の写真などを引っ張り出して調べてみたら、

どうも、植樹は、1991年頃だろう、と推定できた。

すると、樹齢、35年になるわけか……。

これ以上、大きくなって、市道にかぶさるようになったら、どうしようか。

ま、そんなことは、次の世代にお任せかな。

……調べものをしていた、その居間では、

DAZN画面で、アルゼンチン vs オーストリアのゲームが流れている。

肩より高いボールを極力使わないでボールを運ぶサッカーが展開していて、

アルゼンチンの、10人は、

最終は、大エース#10のスペースと、そのプレイスピードにあわせるべく、ボールとゲームを組み立てる。

その忍耐と我慢強さは、見上げたもので、これぞ、大人のサッカー。

アルゼンチン流、ふところの深さに、感嘆した午後。

このディフェンディングチャンピオンが、

このまま勝ち残れるのかも、ひとつの注目ですな。

では。