久々に新譜を楽しむ の巻。

ひと月前の11月18日、
宮本 浩次(みやもと ひろじ 1966年~) が、カヴァーアルバム『ROMANCE』を発表した。

かねてよりの、熱烈なる〈ミヤジファン〉であるジョー氏、早速、これを購入なさった。

お気に入りの歌手(グループでも)の新譜を楽しみにして待つ。
幾つになっても、そんな生活があれば嬉しい。

で、そのおこぼれにあずかった萬年は、CDをお借りして自分のパソコンにダウンロード。
時にメディアプレイヤーで再生して、過ごしているのだ。

ボーナスを含める全18曲が女性歌手の持ち歌であるところがミソなんだが、案外! と素直な編曲でカヴァーしているなぁ、と思った。

冒頭の『あなた』から、ファルセットでストレートに押してくるところなんか、マジメ気質が満載、といった感じ。

鼻濁音を大切にする歌唱には、東京放送児童合唱団出身という経歴が、どうしてもチラつく、といったら、こじつけ過ぎか?

ジョー氏、このアルバムによって『ジョ二ィへの伝言』を知った、と聞いたので、
―実は、それにはアンサーソングがあってね、『五番街のマリー へ』と言うんだよ、とお教えした。

もしも、ルノワール氏が、このアルバム中の『木綿のハンカチーフ』を聴いた日にはどんな反応をしめすのか?、と秘かに思ってはいるのです。

今、気づいたけれど、『喝采』は、『木綿の~』とは恋人を捨てるのが男女入れ替わっている曲なんだね。

では。

来季への布石を感じつつ (2020.12.16 ヴェルディ戦レビュウ)


〈厳寒を楽しめ〉

スタジアムではそうでもなかったけれど、DAZN観戦した家人によると、サッカーボール(雪上用カラーであっても)が、かなり見えずらかったらしい。

ピッチに薄く積もった雪を、松商学園の生徒諸君や山雅スタッフが、すっかりとかき終えると、アルウィンは、感謝とねぎらいの拍手に包まれた。

あぁ、こういうのは素敵な光景だ……。


セルジ―ニョの記念Tシャツが届いた夜に、そのセルジ―ニョが不在。
しかも、Jリーグ催行で、最低外気温レコードのゲームに立ち合えたことを憶えておこう。

〈両者の 持てるものと不足なもの〉
追求するスタイルがそれぞれ明確であって、かつ、両方の監督について来季続行が決まっている。
……、となれば、自然と、来季への積み上げとはなにか?、という視点での観戦になってしまった。

1 – 1 のドロー。

むろん失点を喜ばないが、同点には持ち込める力はついてきたな、というのが率直な感想。

ゲーム様相は、プレビュウで予想したとおり。

で、ゲームは、山雅のものであったし、失点シーンが、ヴェルディにとっては、ほとんど唯一の決定機だった。
攻撃回数は多くはないが、一発必中で決められる力量を見せつけられた、と言える。

後半における怒涛の攻撃があったために、
前半の、相手ボールを狙いながら守備に費やす時間の長さが、どうしても出来の悪さのように感じてしまうが、それは違う。

前半の我慢と学習があったからこそ、後半のシフトアップと相手ディフェンス裏狙いへの戦術転換が可能になったのだ。

特に、常田から阪野を狙ったロングボールの、タイミングと精度には感心した。

昨夜ヴェルディとやってみると、ボール動かしの手数とパターンはそれほど多彩ではないことが了解できる。
縦に通しておいて、横に叩いてから、前に入ってくるプレイヤーがそれを受ける等々。
ボランチを経由するやり方もほぼ一定。

よく訓練されて見事だけれど、この先、ゲームをモノにするための強度はどう深めるのか?、という課題。

だから、佐藤 優平を起点とする気の効いたプレイを別にすれば、おそらくヴェルディサッカーは、ほぼ分析し尽くせるだろう、山雅の側からすれば。

ひるがえって、我が山雅。
回避しながら、避けながら、ということは棄て去り、つぶして切り裂いていく攻撃。
たとえば、杉本 太郎がショルダー to ショルダーで相手をブンっ、と弾き飛ばして進むボール際。

―おそらく、チームとして高めたいのは、あるいは、ファンサポーターとして観たいのはそこのところだろうな、と思い当たった昨夜。

これには、攻守一体化のうえに築いてきた守備の安定と、特に、佐藤 和弘の加入が功を奏していて、萬年辞書には、〈佐藤効果〉とあるのです。


来季ヴェルディとの対戦の予習ができて、なおかつ、順位表をみたら、あれま、13位に上がっているではないか。
……、ということで、喜ばしい雪の朝。

最後に、トップリーグ昇格を決めた徳島、福岡には、おめでとうを。

では。

予想は簡単、でも (ヴェルディ戦プレビュウ)


〈秋春制に 八つ当たり〉

欧州リーグと開催時季を合わせるためにも、Jリーグに秋春制(シーズンが秋にはじまり春に終わること)を導入すべし、との意見がある。
移籍がしやすくなる、とかなんとか。

それを言うならば、今日の対ヴェルディ戦を、現地で観戦してから主張してもらいたい。

氷点下、あるいは積雪の中、屋根もシートヒーターもないようなスタジアムでの2時間を過してみよ、ってんだ。

八つ当たりはこれくらいにして。

今夜こそは、14位の山雅、12位のヴェルディに勝てば、勝ち点53で並べる、大切な6ポイントゲーム。

さらに、8月の味スタでなめた苦杯(0 – 3)のお返しをすべき、決戦場なのだ。

〈予想どおりの、その先へ〉
ゲーム様相は、両者のサッカースタイルからすると……
守備陣形を固めると、前線からの圧力によるボール奪取によって、ショートカウンターを狙う山雅。
あるいは、ヴェルディ最終ラインの頭上を越えるロングなボールで、一気にヴェルディ陣内深く攻め入る。
対し、ヴェルディは、最終ラインを2~3バック気味にして中盤を厚くすることでボールを多く動かし、山雅守備をかいくぐってペナルティエリアへの侵入を図ろうとする。
両者のボール保持率は、山雅40%、ヴェルディ60%、そんなところか。
……、とまぁ、すぐに描けるだろう。

第41節までやってくれば、スタイルの総決算なんだから、自己のやり方を、より洗練、完遂することに専念。

山雅にとってもポイントは、
❶攻撃面―両サイドに深く侵入することで、ヴェルディ守備を左右に崩してゴール中央にシュートコースを開ける。
❷守備面―とにかくペナルティエリア侵入の手前で、ヴェルディの駆け上がりを抑止する。
……、このふたつに尽きるように思います。

前半戦の内容をみても、相手をペナルティエリアに入れてしまったら、ジ・エンドくらいに考えて、中盤で攻撃の芽を摘めるかどうか?

そんなことに注目しつつ、では、真冬のアルウィンで。

サッカー讃 落胆篇(2020.12.13 @南長野)

山雅が甲府の地で闘っている頃、読者ご察しのとおり、萬年は、南長野に居たのです。

長野 vs 岐阜。
後半、岐阜は圧倒的に攻めたてた。
中島 賢星のミドルがポストを叩くなど、決定機を演出したけれど、遂にゴールを割れず。

0 – 0 のドローで、終了の笛が響く。

結果、最終節を残すものの、上位2チームとの勝ち点は縮まらず……。

昇格が九分九厘潰えた※ことを悟るファンサポーターの無念で満ちるアウェイのゴール裏。
(※次節、長野と相模原がともに負け、かつ、岐阜が10点差くらいのスコアで勝利しない限り)

他人の喜怒哀楽に同調することの乏しい萬年ではあるけれど、ほとんど声も出ない静寂にあって、我が山雅もいつか辿ったような道だよなぁ、これ、と思っていた。


ゴール裏への挨拶時、掲げられたゲーフラを見ることもなく、フォワード#9は、数秒間深々と頭を下げるのだった。

―高崎も前田(遼一)も、本来の力を出せなかったね。
ボールがあんなに繋がらないなんて、と家人。

―あぁ、たとえば、ヘディングでの行ったり来たりが5~6回も続くってのが、J3の戦い方の象徴だよ。
ほかには、GKにやすやすとキャッチされてしまうクロスの質とか。

サッカーは決して独りでやるもんじゃないってこと、普段観ているディビジョン2のクオリティの高さ、そんなことを体感できたのならば、南長野遠征は大いに価値があった、としておきましょう。

でも、チーム岐阜とそのファンサポーターよ。
たとへ一縷の可能性であったとしても、それを追い求めよ。

では。

サッカー讃 歓喜篇(2020.12.13 甲府戦レビュウ)

駐車場まで来て車に乗り込んだ時、中銀スタジアムの京子さんから、どっ疲れ、勝ち点3 ! 、のメールが入る。

外で夕食をとってから帰宅すると、冷たい身体がじわじわと温まるのを感じながら、DAZNで、後追い観戦した。

〈塗り替えられたベストゲーム〉
節が進むごとに、今季ベストゲームが更新されるのが理想。

今節は、前節に続き、再びベストを塗り替えたゲーム、という感想だ。

前線からのファーストディフェンス、最終ラインから中盤(ボランチら)を経由しての、前線へのボールの配球。
攻撃にシフトした瞬間、多数のタレントが競り上がっていく迫力。
特に、両サイドを巧く使った、相手ディフェンスの崩し。
クリアボール、縦パスを、相手FWに競り勝って着実に回収する……などなど。

画面を観ていた家人が、
―いつかの湘南みたいな、人が湧き出てくるような攻撃ね、とつぶやく。

苦悩したシーズンでも、ここまで突き詰めてチームと戦略が一体化されるとは、これこそ、ファンサポーターへの最大の贈り物でありましょう。

〈爪を隠しつづけたヴァンフォーレ〉
DAZNの難点のひとつは、実況と解説の音声をOFFにできないことと日頃思っていて、昨日のような、ゲームを物語化したい解説だと、なおさらその不満がふくらんだ。

前後半の出来を、特に山雅側から、前半はグッド、でも後半は失速、と解く。
けれど、その解説ほどには、そのパフォーマンスに落差などない。

これは山雅が、カウンター攻撃狙いのファーストディフェンスの強度と位置を、チーム内で意思疎通を図りながら加減、つまりコントロールしていたから、一見そのような印象があるに過ぎない。

思うに、解説の彼は、ヴァンフォーレが後半、手を変え品を変えて対策してきたことを、印象づけたかったに違いない。

でも、途中投入した#6野澤に、ボランチなのかシャドウなのかが不明確な役割を与えているようでは、そこにゲーム革新はない。
ここでは、#14武田 將平との機能分担をはっきりさせないといけなかった。

加えて、あわよくば個人の器量でゴール、といったような攻撃スタイルは、再現性がかなり低くなってしまうように思います。

4位につけ、負け数が山雅の半分の7つ。
リーグ屈指の強靭さ、それを山雅の前に披瀝しないとは、やはりアンフェアではないか、佐藤伊藤監督。

相手の攻撃圧力にうろたえた?、まさか、そんなことなの?、敗因が。

熱意のない対戦ならば、〈信甲ダービー〉なんて、もはや死語にしましょうよ。

最後に、萬年的視点による、MIPは、鈴木 雄斗。

ファールをもらいながら、当日のジャッジ基準と傾向値をあからさまにしてみせた、という殊勲によって。

では。 (サッカー讃 落胆篇に続く……)