『1941』逃げる快感。

『1941』は、1979年公開の米国映画。

ヒットメイカー、スピルバーグがメガホンを取った作品なんだが、興行的には失敗した模様。
米国およびカナダにおける収入では、製作費を回収できていない。

そりぁ、そうだろう。
日本による真珠湾攻撃から6日後、今度は本土攻撃を受けるだろうという不安におびえるカルフォルニア州沿岸の街。
(時代設定は、いまからちょうど80年前のこと)

そこへ、日本海軍の潜水艦が迷い込んで始まった 一夜の惨劇(コメディです)、といったストーリーに、米国人が好感を持って接するとは思われない。

太平洋のこちら側、日本帝国海軍を有した国の子孫にとっては、けっこう面白いネタと配役ですけどね。

追っかけを筋に練り込んだ脚本で、スラスプティック(ドタバタ劇)を古典的なるままに踏襲して魅せたスピルバーグは、映画好き少年そのままのなれの果て、という感じです。

追っかけが、喜劇の手法として成り立つのは、逃げる快感を誰しもが体験しているからだろう。

鬼ごっこ、かくれんぼに熱中したご幼少の日々……。

そうしたら、ポール マッカートニイの『Band on the Run』(1973年発表)を思い出した。
監獄から脱走して、逃げ続けるバンド、という歌詞。

ちなみに、同名アルバムのジャケット写真には、クリストファー リーが、バンドの一員として写っている。

彼、『1941』では、日本の潜水艦に同乗する、ドイツ海軍の観戦武官を演じているんです。

では。

昭和から 最後のプレゼント。


※本文とは、ほとんど関係ないかもしれません。

某公共放送でやっている連続ドラマの主人公は、女優 浪花 千栄子 (1907~1973 )がモデルなんだそうな。

ずいぶん渋い選択だなぁ。

思うに、浪花が活躍したのが、昭和初期から1970年代、というのがミソ。

昭和の残光を嬉しく想う世代へのプレゼント、というわけだな。

本名が、南口(なんこう) キクノだった縁で、大塚製薬『オロナイン軟膏』のCFに登場。

この女優について萬年が知っているのは、ホーロー看板の中、両手でその製品を掲げて優しく微笑んでいる姿が、ほとんどすべて。

ただし、映画『悪名』(1961年大映) の中で見せた、女親分の演技。
あれは、凄みがあった!

この作品では、山茶花 究(さざんか きゅう 1914~1971 )が演じる、落ち目の親分役の演技と、いわば双璧でありました。

となると、主演 勝 新太郎 (1931~ 1997) の歌なんかを聴きたくなるわけです。

では。

 

 

優しさと皮肉と『卒業』(1967年)

映画の原作(小説)を書いた、チャールズ ウエブは、昨年6月に、81歳で亡くなった。

監督は、マイク ニコルズ(1931~2014年)

(彼の作品ならば、実は『キャッチ=22』(1970年)のほうが好みです)

メガホンをとった当時、マイクは 35歳。

自身が既に青春の真っ盛りを過ぎていたためだろうか、自分より少し若い年代への兄貴分的な優しさが、この作品には漂っている。

そして、主人公とミセス ロビンソン(アン バンクロフト)の情事は、醒め切った眼で描かれた。

〈和解のない〉世界を、親しみと、苦い皮肉を織り交ぜて撮る姿勢。

それが作品を、魅力的なコメディーに仕立てたな、と思う。

萬年は、作品を観た当時、米国の東海岸アイビーリーグと、ウエストコーストUCLAの、雰囲気のおおきな違いを感じておりました。

原題『The Graduate』とは、卒業生のこと。
それを卒業、と訳出したのは、かなりのセンスですよ、これ。

目標のない怠惰な生活からの卒業、という結末をも暗示していて見事。

ラストシーンは、とみに有名。

バスに乗り込んだカップル(ダスティン ホフマンとキャサリン ロス)の将来がかならずしもバラ色でないことを暗示するため、監督は、カット!の発声を、敢えて遅らせることで、俳優が見せる独特の表情をとらえようとした、といいます。

主人公が画面の向こうに去っていく、ってのは、チャップリンも多用したように、もともとハッピーな終わり方ではない。

ならば、そのラストを楽しみながら、検証してみましょうか……。

 

 

では。

【挽歌】クロリス リーチマンに捧ぐ

女優のクロリス リーチマンが、1月27日に亡くなった。
1926年生れの、享年94歳。
老衰の、大往生だったようだ。

萬年が、リーチマンを認めたのは、『ラストショー』(The Last Picture Show 1971年)と、『ヤング フランケンシュタイン』(Young Frankenstein 1974年)の、ふたつの映画だった。

特に、ラストショー。

1971年はキネマ大収穫の年であったから、〈令和キネマ座〉トップ10では、たまたま選外となってはいるが、同等の評価を与えるべき作品かも知れない。

その映画の感想は、いつ(何歳のどんな時に)、どこで(または誰と)観たか、という個人的な事情に決定的に左右される。

なので、ラストショーのように、滅びゆく、ゴーストタウンに近いような、辺鄙な街の青春群像が描かれていると、評価は、なおさら大きく別れて当然だ。

たとえば、テキサスの空っ風が渡っていく、閑散と寂れたメインストリートを、カメラが、左から右へとなめていくシーン。

これひとつとっても、ご鑑賞になるあなたの年代(=人生経験の集積)によって、景色の見え方が、よっぽど変わってくるだろう。

それはさておき。
この作品の良さは、観てわかっていただくしかありませんが、
ここでは、役者陣の充実した演技に脱帽、とだけ申し上げておきましょう。

ティモシー ボトムズ、ジェフ ブリッジス、シビル シェパード、ベン ジョンソン、ㇰロリス リーチマン、エレン バースティン、アイリーン ブレナン、ランディ クエイド…、これだけ並べてみても、おそろしくなるほどの芸達者ばかり。

よくこれだけ集めたもの、と感心するけれど、実は、ㇰロリスにはゴメンナサイ。

萬年的にはここでは、アイリーン ブレナン(1932~2013年)の演技に、いちばん惹かれる。

『スティング』(1973年)で、ポール ニューマンの情婦役を演ってた、と言えば、ピンと来る方もいらっしゃるか。

アイリーンには、『プライベート ベンジャミン』(1980年)の、ルーキー兵(ゴールディ ホーン)に、さんざ振り回される鬼大尉役があって、これもおすすめ。

ラストショーは、130万ドルの製作費。
対し、2,900万ドル超の興行収入。
脚本と役者以外には、大したお金をかけていない、という意味で、模範的なヒット作なのだ。

作品40周年を記念して、監督(ピーター ボクダノヴィッチ)と4人の出演者が集ったリユニオン(同窓会)めいたパネルディスカッション(2011年頃)を観たことがある。
杖をついてそろりそろりと登場するクロリスを、皆が次々と抱擁するシーンには、泣けた、泣けた。

心の中で、老いることの魅力と迫力に大いに感涙した、のであります。

では。

或る変節を喜ぶ (寅次郎論ひとつ)

先日、居間を通り過ぎようとして、フトTV画面を見ると、『男はつらいよ』のいちシーンであった。

ドサまわりの歌手リリー、こと浅丘 ルリ子と、船越 英二郎。
とくればシリーズ第16作『~寅次郎相合い傘』(1975年8月公開) か……。

―ほお、あなたが、ねぇ。

車 寅次郎の、直情径行的な粗暴さに我慢ならず、ゆえに、この作品集も好まなかったのではないかい?、と言外に匂わせても、

―この前は、光本 幸子がマドンナの作だったわ、と平然としている家人。

―うん、それ第1作。だから初代だね。御前様(笠智 衆)の娘という設定で。

さらに、その数日後、ふとした折に、『~お帰り 寅さん』(2019年12月公開) もご覧になった、とのご託宣なんである。

―倍賞 千恵子の老けようには驚いたわ~。
でもね、根っからの寅さんファンだと、この作品の評価は、ずいぶんと割れるんじゃあないか知らん?
渥美 清はもういないんだし、ゆかりの人たちがオンパレードで出てきてもねぇ。
なぜ?、今さら、って感じ……。

―やはり、お金(興業収入)がいちばんなのかな?
松竹は、『釣りバカ日誌』シリーズが2009年で終了して以来、盆暮れのヒット作もないから、ここでひとつ、ということかもよ。
でもさ、監督の力量などからすれば、そこそこ安定した作品にはなるんだろうが、やっぱりさ、進退を賭けるようなチャレンジを、作品には求めたいな。

だいたいがね、寅の甥っ子が小説家になってる、なんて設定が、良いとこ取りで、安易に過ぎませんか?

……、とまぁ、いまや我が家では、当シリーズに関するかなり深~い評論が飛び交っている。

思うに、これも、つーさんや、ジョー氏の映画通から、インスパイアをいただいたゆえ、と感謝しているんです。

ところで、前回記事では、1920年を持ち上げたんだが、ミヤコ 蝶々(1920~2000)を失念してしまったので、ここに追記しておこう。

蝶々は、この寅さんシリーズで、寅次郎と生き別れになった実母を演じた。

で、渥美は、1928年生れ(~1996)であるから、このふたりの実年齢差は、たったの8つ。
そのふたりが、親子を演じてみせたわけ。

果たして、蝶々が老け役に徹していたのか、あるいは、渥美が若く見えるのか

そんなつまらんことで悩んでいる。

では。