〈椿〉のウソ。

ヤマボウシの白い花(実は、総苞片)は、やがて茶色に枯れると落下していく。

すると、それを待っていたかのように、隣にある沙羅の樹で、花が咲き出した。

へぇー、まるで花期のバトンタッチのように。

平家物語の冒頭にある、沙羅双樹の花の色、でおなじみ。

家人もシャラ、シャラ、とありがたがっている様子。

ガウダマ シッダールタ(釈迦)の入滅に際し、臥所のまわりに在ったという沙羅。

ゆえに、仏教にとっては、シンボリックな樹だから、寺院にはかならず植えてある。


ところがです。

本物は、耐寒性に乏しいため、日本では、温室でないと生育できない。

そこで、似て非なる〈夏椿〉をご本家に見立てて、沙羅としている、というのが真相。

沙羅は、フタバガキ科の常緑高木。対し、夏椿は ツバキ科の落葉高木です。

代用、といえば聞こえはいいが、日本全体の仏教界による公然たる〈ウソ〉であることを、知っておいてから、この樹を楽しむのがよい。

映画『椿 三十郎』(1962年公開、黒澤 明監督)では、主人公の名前や、襲撃の合図として、椿がたいへん効果的に使われている。

この作品の圧巻は、最後の、三船 敏郎と仲代 達也による決闘シーン。

かなり誇張された描写が、その後の時代劇で模倣を数多く生んだ。

ただし、表現は決してリアル(現実的)ではなくて、かつて日本軍人による軍刀を使った殺害場面に遭遇した人が、このシーンを観て、

― あれはない、と絶句した、というのを、どこかで読んだ記憶がある。

だから、これは、黒澤組による架空の演出、つまりは〈ウソ〉の世界。

後方に並ぶ侍9人の画面への入れ方が、巧い。
反応の迫真性を出すため、彼らには演出方法が秘されていたらしい。

(註:接近戦のゆえ、三十郎(三船)は、敢えて左手で抜刀、右手で剣の峰を押し出す、イチかバチかの居合い抜きを披露してます)

この作品、1962年度のキネマ旬報賞では、第5位。(主演男優賞は、仲代が受賞)

選考の好みもあるんでしょうけれど、この程度の順位であったということは、当時、俊才が多く映画製作に結集していた、つまりは、この業界に活力があった証拠でありましょうか。

2007年に、まったく同じ脚本を使ってリメイクされているのを今回知りました。

では。