字数制限か 生存か。

季節の憶え ☞  9/28、庭の金木犀が開花した。

その同じ日、唐沢集落の『根橋屋』で、ざる蕎麦を頬張っていたら、

―  400字でしょうね!!   せいぜい。

と引導を渡されたのです。

目の前で、エビ天を食す家人から。

とにかく、短く平明を旨とすれば、もっと多くの読者を獲得できます!!、とご自分をスタンダードに見なして、譲らない。

―  いやね、サッカー戦術を語ればどうしても長くなるし、そもそも読んでくれる方に読んでもらえば本望なのよ、僕は、と抗弁してみたんだが。

ロシアの男ならば、青くなって国から逃亡すれば、軍への召集を回避できるやも知れないけれど、僕の場合、強い勧告への違背は餓死を意味する、つまりは、生存があやしくなるという境遇。

あの『天声人語』が 600字、『編集手帳』でさえ 460字なんですよ、と新聞のコラム字数を引っ張りだしたところで、なんの足しにもなりはしまい。

では。

(以上、400字です)

漱石先生の 秋。

夏目 漱石 (1867~ 1916年) は、俳人としても一流だった。

小説家として名を挙げるもっと前から、秀句を多く詠んでいて、俳壇的にも、それなりの地位を得ていたらしい。

明治32(1899)年。

漱石 32歳。

第五高等学校(後の熊本大学)の英語教師として、熊本に赴任して 3年が過ぎる(最後の年)。

妻帯して、やはり3年目だったが、家庭生活には不穏な暗い影が落ちつつあった。

 

阿蘇山あたりに遊んだ時の句と思われるものを、いくつか拾う。

灰に濡れて  立つや薄と  萩の中

行けど萩 行けど薄の 原広し

野菊一輪 手帳の中に 挟みけり

 

変わり映えもしないまま、さつまいもは何時収穫したらいいんだろう? と思案しては、こんな曲を聴いているのが、萬年の秋。

では。

要は 義理を感じるか。

   女房と    相談をして    義理を欠き

『柳多留』に収められた川柳。

ここでいう義理とは、おそらくは葬儀の参列とか、香典にかかわることだろう。

江戸時代のつきあいも、今とそんなに変わらない感がありますよね。

妻のほうがずっと、渡世に関するリアリストであることを暗示するところに、句の妙味があるわけです。

誰の葬式であっても、そして喪主が誰であろうと、いそいそと出かけて行ったり、ココロを向けたりするのは、結局は、亡くなった御方等に義理や恩義を感じているかどうか、の一点に尽きる。

(もちろん、参列することで社会的な体裁を保とうとすることもはなはだ多い)

国葬に関して、やれその法的根拠がどうのこうのと言うが、政権を執る者(世間のトップ)がやるというのなら、やってもかまわない。

そもそも法的根拠を持ち出す側は、反対派なんだし。

今度のことでいろいろと揉めてる本質は、

自分でその地位になりたくてなって、そして、最期がたまたま畳の上でなかったというだけで、これを国を挙げた形式で弔うことについて、それが本然とは感じられない、腑に落ちない、それだけのことではないか。

だから、その器や功績をあげつらってみても、その周囲で起こったダーティーな側面で反論されるだけのことで、議論がかみあうはずもない。

呆れるのは、海外のほうがその政治的功績を評価しているとまで言い出すマヌケがいること。
これ、外国人を持ち出して来て、要は、クールジャパンを宣伝したい手法とそう変わらない思考回路。

弔うのはかまわないけれど、義理の強要は勘弁してよ、というのがおおかたの正直な感想。

僕の場合など、日本武道館、と聞いてだけで、あ、これは自分には無関係だわ、と独り決め。

結論。

国葬に値するかの基準など、いまの日本では、おそらくは策定不能だと思う。

国旗を揚げて祝ったり、弔ったりすることの規範を、80年近くかけて否定し続けて来たのは、他でもない僕たち日本人なんだから。

やりたければやればいい、こっちはこっちで、勝手に自分の腑に落とすから、というのが今の日本大衆のニヒリズム。

もしも、戦争に行けという動員令がかかったら、このニヒリズムはその時、どう反応するんでしょう?

真価が問われるとしたら、そうした場合でしょう。

では。

萩 六首。

今は雨が、絶え間なく我が家の屋根を叩いている。

そう言えば、近くの寺の鐘は、これから夕5時に打たれるのか。

こんな夕べはなぜか、母の帰宅がずいぶんと遅かった、ひとりで留守番をしていた幼い日の感触が蘇える。

ところで、当たり前過ぎてなんですが、草かんむりに秋が、〈萩〉なんであります。

    萩打つ雨に    あるじ御座(おわ)すか      夕寒むの庭

  滅びとは      無言なるべし      萩御殿

  萩の向ふ     破れ障子の      窓三つ            

       遠野分    尾花うなだる    萩の庭   

       戯れに    萩の葉ひけば     玉しぶき

  萩揺れて      うろこ雲曳け      蕎麦の里             by  萬年

では。

説明し過ぎる難。

サンドウィッチマンは、巧い芸人だ。

ただ、そのコントを聴いているうちに、だんだんと食傷してくる。

何故か?

ボケの言うこと、やることのオカシサを、ツッコミのほうがイチイチ説明してしまうからなんだろう、と思う。

立川 談志 (七代目 1935~2011年) の落語にも、同じようなことが言える。

要は、俺の窓から見よ、みたいな語り口だから、それに素直に従えるうちは笑えるけれど、その世界にドップリ浸かれないと、付き合え切れない。

それに比べ、六代目 三遊亭 圓生 (1900~1979年) の演じ方は、客をやんわりと突き放して、淡々としている。

ひたすら一流の造形力で筋をこなしていく。

今回『らくだ』を聴いて、その凄さに参ってしまったが、これ確か、高校生の頃ラジオで聴いた。

その時にも、語りの迫力に感心したことを想い出した。

説明し過ぎず、けれど、要点を外さずに的確に、というのは芸の上でも、日常生活においてもなかなか至難のことだ。

では。