国破れて 山河在るのか?

杜甫(712~770年 唐の詩人) は、

唐王朝が、安史の乱(755~763年) によって混乱し、衰退の入り口に立たされた頃、

国の体制がズタズタになっても、山や河はあいかわらず、もとのまま。

街には春が訪れて、草木が茂っている……

、と詠んだ。(『春望』757年成立)

有名な、国破れて山河在り、とのくだりで始まる、五言律詩です。

 

けれど今、東欧の、黒海の北方辺りでおこなわれている戦争をみていると、

ふたつの国が、戦いによって、ともに疲弊した場合、

じゃあ、自然はもとのままで、そこに在り続けるんだろうか?

自然環境と生物を根こそぎにできるような兵器が、当事者に所有されてしまったのだから、

杜甫みたいに、悠長に、ことを嘆いていられないほど、

ひとつ間違えれば、ひどく危うい世界が待っている。

戦争を始めた側のおもわく、

つまり、数日内での首都キエフ陥落、および、傀儡政権の樹立はとうに失敗したのだから、

すくなくとも、侵略者に、もはや〈勝ち〉はあり得ない。

こうなると、真の勝者とは、

これこれこうなったら戦いを止めるのだ、というビジョンをハッキリと持っている方に違いない、と思われる。

では。

新★手法で、がっかりさせないで。

遠い昔……。

運転免許証を取るため、教習所へ通った。

仮免許に受かり、いよいよ実技試験となった日。

路上、横断歩道に差しかかったら、自転車を押した婦人がひとりたたずんでいる。

みたところ、道路を渡りたい素振りもなかったので、そのまま通過。

ところが直後、教官がおもむろに

― はい、〇〇さ~ん、クルマを停止してね。
では、ここから、まっすぐに教習所へ戻ります。

つまりは、実技試験の一回目は、道路交通法第38条の、

横断歩道を渡ろうとする歩行者の通行を妨げてはならない、に違反したとみなされ、試験が、即中止、となった苦い思い出。

僕の名誉のために断っておくけれど、

これは、その後、萬年の伴侶となった或る女性に関する実話なんであります。

何故、いま頃、こんな話を蒸し返すのか?

先日の、午後4時過ぎ。

村井駅北の踏切に向かって、西の方面から進行していたら、

信号機のない6差路の手前に、渋滞が発生中。

どうしなのかな、と思う間もなく、すぐに滞りは解消。

交差点を通り過ぎようとして左を見ると、警察官がひとり、看板の裏に隠れるように、横断歩道付近に立っている。

そのまま走ると、100mくらい先の道路に面した駐車場には、軽自動車が停止していて、

その傍らには、別の警察官が、書類を抱えて、ひとり。

時は、まさしく小学生の下校時間。

渡るに困らないほどの歩行者がある機会と場所を狙っての、道交法違反の検挙に精出す司法警察……。

まぁ、まっとうなことを言わせてもらえば、

隠れて、反則金9,000円と減点2 をむしり取るようなことは止めて、

堂々、見えるところに立ち、停止違反をあらかじめ抑止するのがスジではありませんかねぇ?

シートベルトがほぼ完全着用となった今、(スピード違反を別にすれば)

スマフォいじり運転、一旦不停止、国道における(信号のない交差点の) 右折進入、

そして、遂に、今度は、横断歩道における不停止、か。

長野県警さんも、新種の取り締まりを開発することで、検挙実績向上の営業努力を惜しまない。

ゆめゆめ、あの日、違反切符をもらったドライヴァー殿にあてつけるつもりもありまんけれど。

ビートルズ御当人による〈Don’t Let Me Down〉は、You Tube上で、4.4億回も再生されている。

劇場用映画『Let It Be』の中、アップルビル屋上でのセッションの一部です。

ギター、ベース、ドラムにヴォーカル、といった簡素なバンド形式であるなら、

その感動は、本家本元のオリジナルには、敵わないということ。

では。

遅かりし 盛岡冷麺。

僕の場合。

(それを職業にしてもいないので) 食べ物や食事が、人生の関心事ベストスリーに入ってくるようだと、お終いだろうな。

できれば、ジョン スチュアート ミル(1806~1873年、英国の哲学者) の言葉、

― 満足な豚であるよりは、不満足な人間である方が良い。
同様に、満足な愚者であるよりは、不満足なソクラテスである方が良い。

……、を心のどこかで範として生きたいゆえに、食欲の満足を専一に求めることに、なにかしらの罪悪感がぬぐえない。

と言っても、たまには、食品に感銘を受けることも、あっていい。

昨日。

高温多湿の天候が続いたためか、

昼ご飯にほとんど意欲が湧かないままに帰宅すると、

家人が、〈盛岡冷麵〉を作って、待っていてくれた。

取り寄せ注文をしてあったものが、先日届いたので、とのこと。

地元の有名店(繁盛店?)が、テイクアウト用に調製したものを、そのまま調理したという。

食物に関しては、あまり関心がなく、ゆえに、きわめて知識不足の僕なので、

冷麺と呼ばれるメンの食感、キムチを使っていること、スープがさっぱりしていることなど、初めて知りました。

減退した夏の食欲には、夏野菜をふんだんに使うなどすれば、贅沢な一品でありましょう。

包装には、イーハトーヴ云々、と宣伝文句が記してあるが、

このメニューは、その死後30年後に考案されたから、生前の賢治は食べられなかったわけか。

ただ、惜しむらくは、これが3週間くらい前であれば、

グルージャ盛岡を〈喰って〉準備万端で、ゲームに臨めたのに……。

では。

善良な同乗者について。

横に座っている者が、くるまの運転に与える影響は、けっこう大きい。

高速道路を走っていて、ふと時速90㎞にスピードダウンすると、

― こんな(遅い)んじゃあ、高速使ってる意味、ないじゃぁないの、

とお叱りを受ける。

あるいは、歩行者用信号が点滅を始めたので、アクセルを緩めたら、

― このまま、なんで行かないの !

はたまた、
― ほら、あそこに! 、と脇見を強要されたりで、たまったもんじゃあない。

 

数日前、友人(差し障りあるため、名は秘す) の奥さんが、自動車事故を起こした。

信号のある交差点に進入した際、左方から来た直進車と出合い頭に衝突したのだ。

友人は、この時、助手席に搭乗していたが、交差点にさし当った処で、

― あぁ、この交差点のたもとは、今は、花壇になってるんだ、と信号も注視しないで、漫然としていた。

で、次の瞬間、自分の側からアウディが突っ込んできて、ビックリ、唖然。

信号が青に変わったから自分は発信したのだ、と奧さんは主張したようだが、

自車のドライヴレコーダの画像で確認すると、当時、信号は赤、だった(らしい)。

どこの交差点だったのか?、教えてもらって、ピンときた。

そこは、僕の通勤経路で、交差点の数十メートル先には、信号が 2つ、川をはさんで、こっちの堤防と向かう岸に、それぞれ設置されていて、

事故が起きた交差点の信号よりも、2~3秒(おそらく)早く、2つ同時に青になるようプログラムされている。

推定だが、奥さんは、手前の信号を見落としてしまい、向かうの信号ふたつが青に切り替わったのをみて、つい発進してしまったのではないか。

友人には、

― ともかく、 君が (自分で)運転する気持ちで信号を見ていたら、事故は食い止められたかもね、と言ったんだけれど、

彼もまったく同意見。

あれこれと運転に口出する者。

他方、さしたる注意を払わず座って風景を観ている者。

どちらが同乗してくれれば、ドライヴァーは救われるんだろう?

では。

今さら,今でさえも。

アルベール カミュ(1913~1960年) の小説『ペスト』(1947年刊) 。

ペストとは、自分たちの所業とは、まったくおかまいなしに襲ってくる厄災の象徴。

それに立ち向かうための人間の連帯が、多様な人物が絡んで描かれている……。

登場人物のひとりに、小説家志望の公務員がいて、

彼は、帰宅すると毎晩、小説を書き進めているらしく、ひとつの文章をいくども推敲していることを友人に熱心に語る場面が挟み込まれる。

独白に近いような会話が、人物の名前も、具体的なセリフも忘れてしまったのに、読後何十年も経って、ふと頭の中に蘇ってきた。

文学作品の不思議、あるいは、現実のなにかに触発されて起動する記憶の不思議さ。

そんな折、1970年代の楽曲をカヴァーしている動画を見つけ、ずいぶん懐かしくもあり、その上質さに驚いている。

もともとポール マッカートニーのアルバム『RAM』(1971年)、あれは、かなりの名盤だろう、と思っているので、それをこんな素敵なカヴァーで聴けるなんて、嬉しい限り。

それにしても、『ペスト』の発表から、『RAM』までに流れた歳月が、たったの20年とすこし……なのか。

今さらながら、でも、今でさえ、価値あるものは、僕の周りにけっこう多い。

では。