国民的大歌手を,おとしめる?

僕の助手席に座った者は、否応なく、CDを聴き続けるハメになる。

マイルス デイビスの『’Round About Midnight』(アルバム,1956年発表)を流しておいたら、

隣の小学一年生が、曲のいわれを訊くので、

ジャズの美しさ、即興演奏の緊張感や、自在性、などについて話をすると、

その子、曲想から思いついたか、『お祭りマンボ』(1952年発表) の一節を、突然口ずさむ。

運動会の演目で、この曲に乗せてダンスをやって以来、お気に入りのご様子。

曲名の前には、必ず〈美空ひばりさんの〉とつけるところが、面白い。

この子にとっては、その存在がおぼろであるからこそ、さん付けで呼ぶんだろうか。

君と同じくらいで、歌手としてはじめて(9歳)、

子どもらしくない上手さだったこと、この曲は 15歳の時のもので、

30年くらい前に亡くなった、などと話す。

……たしか、死後、国民栄誉賞が授与されたんだった?

だから、史上、国民的な人気を誇っていたんだろうが、

僕は、世代的になのか、あまりこの人の歌唱に、こころを揺さぶられた記憶がない。

そもそも、一緒に時代を生きた、といった感覚がまるでない。

早熟な上手さは認めるが、年齢を重ねた〈深み〉は身につけないまま逝った歌い手のように思う。

僕の世代感だと、ココロに訴えるにおいては、藤 圭子が格別に良い。

で、日頃、その子が、けっこう助手席に居ることが多いから、

今は、心静逸にと願い、

ジャックジョンソンのアルバム『In Between Dreams』(2005年発表)をかけて、

オアフ島(ノースショア) に住んでいれば、こういう曲が生まれるのかなぁ?、と会話しています。

では。

良きかな、その趣味。

助手席に、小学一年生を乗せて、交差点で停まっていた。

気がついたなら、声をあげるだろうかな?、と思っていると、

案の定。

― わーっ、いまのなんての?

国道から右折して、僕らの脇を通過していってのは、

パブリカ(800)。(1961~1988年間に製造された)

― あれは、トヨタの旧い車。パプリカじゃあないよ、パブリカね、と念を押す。

この子は、旧車には、それはそれは、深いあこがれを持っている。

かつてのミニクーパー (ミスタービーンが愛用した版)が、お気に入り。

この趣味は、おそらく、父親によるなにげない薫陶によるものだろう。

いまのミニは、どこがミニだよっ!、と言いたくなるほどに大きくなってしまったから、

可愛げがないためか、あまり高く評価していない様子。

― 新しいのは、〈地味〉なんだよ、とおっしゃる。

快適、安全性の観点からだろう、世の中の車全般が大型化しているが、

持続可能社会、とか言いながら、これって、どうなんだ?

といっても、この思想、俺たち人類が続けばいい、といった身勝手な欲求にもとづくことだし、

人間が滅びたところで、しゃあないじゃん派の僕にとっては、まぁ、どうだっていいが。

今日の日本車だと、

彼の好みに引っかかってくるのは、ホンダ車の、一部らしい。

で、先日、その子が、トミカの、トヨタ2000GT(おそらく前期版)を、

― しばらく貸しておくね、といって置いていったんだけれど、

はて、2000GTのボディラインとは、こんなんだったっけ?

自分にとって、雲の上、かつ、遠い人づての過去の、馴染みのない旧車については、そんなものです。

では。

久方ぶりの驚嘆。

8年ぶりに、スタッドレスタイヤを新調した。

さすがに、もう限界ですと、かかりつけのガスステーションの担当者から宣告されたのだ。

見積もりと、予算の限界の駆け引きの中で、(B社は断念) Y社の製品を履くことに決定。

最近まで、チェルシーFC(イングランド1部)の、ネームスポンサーだった会社です。

ユニフォームの胸マークからは消えたものの、現在でも、グローバルスポンサーと称し、支援、提携体勢にある。

で、先週。

履き替えてもらって、早速と、自宅へと向かったのだが、

自分がいままで、スタッドレスタイヤ装着で走行した時に聴いた騒音、というか独特のうなり音が、まるでしないではないか!!

帰宅して、スタッドレスに替えたの?、とタイヤを確かめてみてしまうほどに。

外見では、接地面の両端のエッジが、従来より丸みな形状であることぐらいしかわからんが、とにかく、いままでになかった、その静粛性には驚いた。

リーボック社のワークアウト(スニーカーの銘柄) をはじめて履いた時(30年前)ほどのものではないが、それに次ぐくらいの驚嘆、といえる。

これで降雪、凍結の路面で効いてくれれば、文句なし。

こういった製品クオリティー向上の努力は、すなおに、称賛したくなる。

では。

広報まつもと,の話。

ルノワール氏が、

― 広報12月号のおかげで、知人から、SNSでたよりがずいぶん入ってね、

と、まんざらでもなさそうに言うので、

ははーん、松本マラソンのワンショットにでもお目見えか?、と思ったら、そのとおり。

出張所でもらって来て開いてみると、

隣にご婦人、ふたりで並んで、カメラに笑ってらっしゃっる。

聞けば、彼女は同い年。

年齢別(女性)のディビジョンでは、4位入賞の実力者。

― そうなの?、一見、娘さんと一緒で、と思ったよ。

と、あやうく口から出るのを、グッと押し込んだ次第。

平和なことでメディアに載ったのだから、まことにご慶賀の至り。

そこで。

ルノ氏お気に入りの、オフコースのベスト(萬年によれば)、

『眠れぬ夜』(by 山本 潤子 カヴァー)をプレゼントしよう。

原曲を、思いっきりスロウテンポに歌っていて、これも面白い。

では。

萬年の 怨念。

この前の日曜日、久しぶりに、高遠に在る松茸山のオーナー(松本在住) と会って食事をした。

聞けば、10月下旬頃に、

左足の甲と指のひとつを骨折(骨にひびが入る)した、と言う。

それも、萬年の怨念の所為だ、というから、ずいぶんと穏やかでない。

高遠の親戚筋に挨拶にでかけた際のこと。

ついでに、山にいってみようか?、となった。

クマよけの鈴はふたつ身につけて、用意万端。(ちゃんと準備したんだ)

おかげで、松茸を数本手に入れることができたが、途中、イノシシと遭遇した。

不幸にも目があってしまって、追いかけられるハメに。

途中、切り株につまづいて転倒したものの、なんとか逃げおおせた。

帰路、日帰り温泉に寄って、そこで靴下を脱ぐと、

なんと左足が、ひどく腫れあがっている。

すぐにかかりつけ病院の整形へ行って診てもらったら、左足甲部と指骨骨折の確定診断。

湿布にて保存的治療となったが、しばらくは松葉づえの生活。

骨折して、すぐに頭に浮かんだのは、

― 萬年氏に報せもせず、自分だけ(彼女と)松茸採りに来たが、これはきっと、声をかけてもらえなかった萬年氏の怨念が作用して、イノシシに自分を襲わせたのだ、という想念。

たしかに。

秋口から初冬にかけて、今年は叶わなかった松茸狩りのことが、時々は脳裡を去来したことはあったけれど、

まさか、それが怨念に昇華して他人を傷つけるエネルギーになるとは!!、当のご本人も、まったく知らなかった。

待てよ?、するとですよ。

ひょっとしたら、鹿児島と富山の 2連敗は、この僕の怨念が作用しているかも知れないな。

けれども。

クロス30本を投入するゲームを続けながら、それを、勝ちにつなげられないとは、

山雅には、よっぽど、〈運〉というものがないのだろう。

では。