予想は簡単、でも (ヴェルディ戦プレビュウ)


〈秋春制に 八つ当たり〉

欧州リーグと開催時季を合わせるためにも、Jリーグに秋春制(シーズンが秋にはじまり春に終わること)を導入すべし、との意見がある。
移籍がしやすくなる、とかなんとか。

それを言うならば、今日の対ヴェルディ戦を、現地で観戦してから主張してもらいたい。

氷点下、あるいは積雪の中、屋根もシートヒーターもないようなスタジアムでの2時間を過してみよ、ってんだ。

八つ当たりはこれくらいにして。

今夜こそは、14位の山雅、12位のヴェルディに勝てば、勝ち点53で並べる、大切な6ポイントゲーム。

さらに、8月の味スタでなめた苦杯(0 – 3)のお返しをすべき、決戦場なのだ。

〈予想どおりの、その先へ〉
ゲーム様相は、両者のサッカースタイルからすると……
守備陣形を固めると、前線からの圧力によるボール奪取によって、ショートカウンターを狙う山雅。
あるいは、ヴェルディ最終ラインの頭上を越えるロングなボールで、一気にヴェルディ陣内深く攻め入る。
対し、ヴェルディは、最終ラインを2~3バック気味にして中盤を厚くすることでボールを多く動かし、山雅守備をかいくぐってペナルティエリアへの侵入を図ろうとする。
両者のボール保持率は、山雅40%、ヴェルディ60%、そんなところか。
……、とまぁ、すぐに描けるだろう。

第41節までやってくれば、スタイルの総決算なんだから、自己のやり方を、より洗練、完遂することに専念。

山雅にとってもポイントは、
❶攻撃面―両サイドに深く侵入することで、ヴェルディ守備を左右に崩してゴール中央にシュートコースを開ける。
❷守備面―とにかくペナルティエリア侵入の手前で、ヴェルディの駆け上がりを抑止する。
……、このふたつに尽きるように思います。

前半戦の内容をみても、相手をペナルティエリアに入れてしまったら、ジ・エンドくらいに考えて、中盤で攻撃の芽を摘めるかどうか?

そんなことに注目しつつ、では、真冬のアルウィンで。

サッカー讃 落胆篇(2020.12.13 @南長野)

山雅が甲府の地で闘っている頃、読者ご察しのとおり、萬年は、南長野に居たのです。

長野 vs 岐阜。
後半、岐阜は圧倒的に攻めたてた。
中島 賢星のミドルがポストを叩くなど、決定機を演出したけれど、遂にゴールを割れず。

0 – 0 のドローで、終了の笛が響く。

結果、最終節を残すものの、上位2チームとの勝ち点は縮まらず……。

昇格が九分九厘潰えた※ことを悟るファンサポーターの無念で満ちるアウェイのゴール裏。
(※次節、長野と相模原がともに負け、かつ、岐阜が10点差くらいのスコアで勝利しない限り)

他人の喜怒哀楽に同調することの乏しい萬年ではあるけれど、ほとんど声も出ない静寂にあって、我が山雅もいつか辿ったような道だよなぁ、これ、と思っていた。


ゴール裏への挨拶時、掲げられたゲーフラを見ることもなく、フォワード#9は、数秒間深々と頭を下げるのだった。

―高崎も前田(遼一)も、本来の力を出せなかったね。
ボールがあんなに繋がらないなんて、と家人。

―あぁ、たとえば、ヘディングでの行ったり来たりが5~6回も続くってのが、J3の戦い方の象徴だよ。
ほかには、GKにやすやすとキャッチされてしまうクロスの質とか。

サッカーは決して独りでやるもんじゃないってこと、普段観ているディビジョン2のクオリティの高さ、そんなことを体感できたのならば、南長野遠征は大いに価値があった、としておきましょう。

でも、チーム岐阜とそのファンサポーターよ。
たとへ一縷の可能性であったとしても、それを追い求めよ。

では。

サッカー讃 歓喜篇(2020.12.13 甲府戦レビュウ)

駐車場まで来て車に乗り込んだ時、中銀スタジアムの京子さんから、どっ疲れ、勝ち点3 ! 、のメールが入る。

外で夕食をとってから帰宅すると、冷たい身体がじわじわと温まるのを感じながら、DAZNで、後追い観戦した。

〈塗り替えられたベストゲーム〉
節が進むごとに、今季ベストゲームが更新されるのが理想。

今節は、前節に続き、再びベストを塗り替えたゲーム、という感想だ。

前線からのファーストディフェンス、最終ラインから中盤(ボランチら)を経由しての、前線へのボールの配球。
攻撃にシフトした瞬間、多数のタレントが競り上がっていく迫力。
特に、両サイドを巧く使った、相手ディフェンスの崩し。
クリアボール、縦パスを、相手FWに競り勝って着実に回収する……などなど。

画面を観ていた家人が、
―いつかの湘南みたいな、人が湧き出てくるような攻撃ね、とつぶやく。

苦悩したシーズンでも、ここまで突き詰めてチームと戦略が一体化されるとは、これこそ、ファンサポーターへの最大の贈り物でありましょう。

〈爪を隠しつづけたヴァンフォーレ〉
DAZNの難点のひとつは、実況と解説の音声をOFFにできないことと日頃思っていて、昨日のような、ゲームを物語化したい解説だと、なおさらその不満がふくらんだ。

前後半の出来を、特に山雅側から、前半はグッド、でも後半は失速、と解く。
けれど、その解説ほどには、そのパフォーマンスに落差などない。

これは山雅が、カウンター攻撃狙いのファーストディフェンスの強度と位置を、チーム内で意思疎通を図りながら加減、つまりコントロールしていたから、一見そのような印象があるに過ぎない。

思うに、解説の彼は、ヴァンフォーレが後半、手を変え品を変えて対策してきたことを、印象づけたかったに違いない。

でも、途中投入した#6野澤に、ボランチなのかシャドウなのかが不明確な役割を与えているようでは、そこにゲーム革新はない。
ここでは、#14武田 將平との機能分担をはっきりさせないといけなかった。

加えて、あわよくば個人の器量でゴール、といったような攻撃スタイルは、再現性がかなり低くなってしまうように思います。

4位につけ、負け数が山雅の半分の7つ。
リーグ屈指の強靭さ、それを山雅の前に披瀝しないとは、やはりアンフェアではないか、佐藤伊藤監督。

相手の攻撃圧力にうろたえた?、まさか、そんなことなの?、敗因が。

熱意のない対戦ならば、〈信甲ダービー〉なんて、もはや死語にしましょうよ。

最後に、萬年的視点による、MIPは、鈴木 雄斗。

ファールをもらいながら、当日のジャッジ基準と傾向値をあからさまにしてみせた、という殊勲によって。

では。 (サッカー讃 落胆篇に続く……)

むしろコーチの件を。

柴田 峡氏が、このまま来季も監督として指揮を執ることが発表された。(12/12)

こういう事案には是非もなくて、決まったからには支援するのみ。

内部事情も承知しない者が、したり顔で論ずるのは笑止千万。

当方は、誰に頼まれたわけでもなく、勝手に生活の中に山雅を取り込んで楽しんでいる身。

戦績などに一喜一憂し、思うことあれば口にもするけれど、
山雅のために戦うプレイヤー、汗を流す組織、ともに集うファンサポーター、そういう人々が当地の日常に在ること。
―それをいちばん大切にしたい。

ところで、監督はともかく、これだけユース年代が着々と育ってきている中で、U-18監督だった西ヶ谷 隆之氏を、トップチームのコーチへ強引に引っ張ってきている現状を、なんとかしないとなりませんよ。

では。

なんとなく グリーティングの頃。

喪中により云々、の葉書も、そろそろ一段落しただろうか。

今年も、何通か届く。

特別のホリデーシーズンもない、年末年始がまたやって来る。

グリーティングカードのやりとりもだんだん減って……。

といっても、別に、寂しくも残念でもない、のですけれどね。

ただ、こんな曲を、ふたたび聴きたくなるような日々。

題名の、 It Doesn’t Have to be That Way とは、あんなのは おかしかないかい? という決まり文句なんでしょうね。

―僕たちが別れてしまうなんて、間違ってるんだよ。
寂しい男の背中が、見えるだろう?

クリスマスの季節、元の彼女とよりを戻したい男の未練を切々と……、そんな歌詞です。

果たして、この作戦は、巧くいくんだろうか?
相当に悲観的っぽいところが、曲の魅力でしょうけれど。

では。