そこにいるか!? と言わせておくれ (東京V戦プレビュウ)

〈ヴェルディの不変性〉
ヴェルディとは、7月3日だから、約2箇月ちょっと前に戦ったばかり。

その後、監督は変わった(9月1日付け、永井 秀樹氏⇒堀 孝史氏) けれど、サッカースタイルはそれほど変わってはいまい、とタカを括っているのが、ホンネ。

しかも、戸島も浜崎も、契約上出て来ない

山雅に敗戦した7/3以降、ヴェルディには、ここ8戦勝ちが無い。

とはいうものの、ここまで28ゲームを消化して、無得点だったのは、わづかに 6つ。 *ちなみに、山雅の無得点試合は 15です!

〈得点力=攻撃力〉に溢れたサッカー、は不変なのだ。
※総得点では、現在リーグ 6位。

ボール保持に長けたプレイヤーを配置し、前節のサンガほどに密集を作って迫ってくることはないものの、エレガントな、虚を衝くようなパスワークで相手守備を切り裂いて来る。

スペースからスペースへと人が入ってきて、オシャレなパスが飛び交う、って感じ。

そして、ペナルティエリアに侵入すると、ショートなパス交換を繰り出してゴールを奪う。

それだけ優秀な攻撃を有していながら、戦績が思わしくないのは、結局、守備がイマイチ、ということなのかね。

〈そんなヴェルディだからこそ……中盤を〉
ボール支配ではおそらく、 平均で 55 : 45 くらいで優位に立たれるのは必定。
時間帯によっては、70%を保持されることを覚悟せよ。

ところが、攻撃的で、ボールを持ちたいヴェルディが相手だからこそ、山雅の側に勝機がある、と診ています。

今の山雅は、カウンター攻撃一辺倒をめざしているわけでもないけれど、相手がボールを持った立ち位置からスタートする、ってのがやはり腰が据わるゲームの進め方だ。

できれば、前線ツートップとして、相手センターバックに対して同数の格好で喰らいついてもらいたい。

たとえワントップにするにせよ、肝は、その後方からの、こちら陣形が間延びしないような押し上げ。

中盤を制することの価値は、この点に存します。

公式ページ上、ヴェルディ戦の告知コラムには、#24平川 怜がフューチャーされた。

これは、かつてのホームスタジアム(FC東京の)に凱旋、といった意味合いがあるだろう。

平川にしてみれば、今節出場なれば、昨年12月以来の味スタ。

であるなら、昨季トップリーグでは、3試合で 計7分間だけの出場、というウップンを晴らす絶好の機会ではないか。

なにせ、山雅では今季、11試合 553分間の出場を積んでいるのだから。

平川の技術の高さには瞠目するが、プレイの鋭さ、中盤で追い込む迫力はいまひとつ。

たとえば、安東 輝に比べると、どうしても見劣りしてしまうのが事実。

だから、彼には、ボランチとして攻守の起点となって、

― あぁ、そこにいるの!?、と感嘆してしまうようなポジション取り、それと、前線のプレイヤーを上手く使うこと、そこを追求してもらいたい、と願う。

単に、佐藤 和弘の周囲にあって、ボールを縫うがごとくにつなげるばかりではなく、縦に機敏なスルーパス供給に精を出す、そんなことでしょうか。

……、というわけで、出来上がりつつある前線の連携と躍動、ここに、中盤での制圧力をさらに加えることで、ヴェルディを粉砕しよう、というご相談でした。

〈使えるもの はなんでも利用せよ〉
最後に。

芳しくないアウェイ8連戦をようやく切り上げ、これからホーム3連戦の初戦にあって、きっと増すであろうチーム・ヴェルディの高揚感と決意。

それを空回りさせる老獪なやり方、ゲーム運びも一考すべきでしょう。

リーグ戦も、残り3分の1 。

これからの 5試合をどう切り抜けるかで、残り10ゲームでの残留競争がまったく違ったものになってしまうことを覚悟しつつ……。

では。

もうひとつの 1966年。

明日対戦する、東京ヴェルディは、その後ろに、1969、と続く。

ヴェルディ(当時は読売サッカークラブ)の創設された1969年は、昭和にすると、44年。

1月早々、全共闘らの学生が占拠していた東大安田講堂を、大学側の依頼により警視庁の機動隊が投入されて、封鎖解除した年。

60年代は、まるで世界の終わりみたいに、世相や事物が沸騰していたんだろうか。

……さて、昨日、1966年について書いのだが、さらに、この曲だけには言い及ぶべきと考え、未練がましくここに追加しておきます。

以前、山崎ハコのカヴァーで採り上げたやつを、やっぱりオリジナルで。

『今夜は踊ろう』(1966年10月15日発売)、荒木 一郎 作詞作曲、そして歌唱。

今回聴いてみて、実に丁寧、かつユニークに作り込んでいることを、しきりに感じている僕。

荒木 一郎は、『最も危険な遊戯』(1978年公開、松田 優作主演)において、犯罪組織の手先として行動する、悪徳刑事役をこなした。

茫洋の下の陰険、そんな性格表出が魅力の俳優だ。

星の光がステキな……、という歌詞を、〈ホッシ― の〉と歌うところ、なんともお洒落、と思いますが、いかが?

では。

1966年 を記憶しておく。

この国の音楽シーンでは、ビートルズ(この年、来日公演)と、加山 雄三が人気のほぼ絶頂にあった、と書き留めたいがゆえの記事なんであります。

『夜空の星』は、『君といつまでも』の裏面に収められて、前年12月5日にシングルレコードとして発売されています。

編曲は、寺内タケシが担当。

若大将シリーズのひとコマをカットした動画を観ると、あぁ、出演者の多くが、ここのところバタバタと他界しているなぁ、そんなことばかりです。

では。

生みの親は サンガ (2021.9.07 京都戦レビュウ)

2度先行しながらも、2度追いつかれて、2 – 2 のドロー。

娘によれば、得点経過をみる限りは、上々の出来、との評価。

とにかく、昨夜のアルウィンは得点に飢えていたんだから、公式戦280分ぶりのゴールに沸いた、沸いた。

チーム全体には、前へ前へと進む姿勢が満ちていて、
ボールにせよ、ゴールにせよ、取られても取り返す意思と行動を続けたこと、これが、観ていて何よりも大きな喜びでありました。

イエローカードが全部で5枚と多く、ジャッジの基準が少々不透明な感はあったが、それだけ両方が、切羽詰まった戦いをしていた、ということでしょうか。

最下位近くに沈んでチームと各プレイヤーがトコトン追い詰められた、という事情もあったでしょうが、
山雅をこれだけシャキっとさせた最大の要因は、サンガのサッカーそのものに在った、と考えます。

キックオフの笛があって、キックオフのボールが常田に下げられた、あのシーン。

京都FW宮吉は、猛然と襲いかかって、ブロックしたボールはゴールラインを割る。

以降、京都のプレイヤーが同じ必死と強さで球際を制しようとやってくれば、そりゃあ、こちらとしても、チンタラとボールを動かす余裕などなくて、

ボールを握ったら、とにかく時間と手数をかけずにスペースを見い出してゴールに迫る、それが活路だった、と言える。

要は、ためらいもなくサッカーをせざるを得なかった。

つまり、強いられた結果として、それを90分間続けた。

― というのが真相だったにせよ、できたことに変わりはないんだから、みづからつかみ取った結果であり、今後の浮上への布石、と思えば良い。

そこに予期せぬ成功があったならば、今度は、その成功を再現することに集中しようではありませんか。

〈守備面〉
そのサッカーが磨かれている分、京都の強みは、ある程度明確。

ピーター ウタカにボールが収まる前後、加えて、ヨルデ バイスからの切り裂くような必殺パスおよびサイドチェンジ用の飛び道具、これらにはまぁまぁ破綻なく手当てできていた。

とすれば、後は、サイドをえぐられることへの対策、これの徹底でしょう。

昨夜の2失点ともが、ほとんどフリーで上げられたクロスが起点になっているわけで、センターバックとサイドバック間のマークの受け渡し、それと、カットインしてくる3番手を抑圧するボランチあたりへの割り当て、これをもっと明確にしておくこと。

〈攻撃面〉
磐田戦に比べれば、#10セルジ―ニョは、ずいぶん高い位置でプレイできるようになった。
彼にボールが入れば、なにか創造的シーンが生まれることは間違いなく、できるだけ前線でそのシーンを作ってもらいたい、昨夜のように。

あとは、そのセルジ―ニョともうひとりの#10候補 山口 一真が共存する時間の最大化が、ひとつ。

つぎに、現状〈アディショナルタイムの男〉に甘んじている、田中パウロ活用の極大化、でありましょうか、萬年的には。

最後に、くれぐれも安東 輝の怪我が軽くありますように、と祈りつつ。

では。

求む! ためらいなきサッカー (@京都戦)

家人、直近の嘆き。

― 降格にでもなったら、あなた達は他のクラブへ移ればいいんでしょうが、こっちは、山雅を乗り換えられないのよ。

まぁ、それも一理ある。

が、もうそろそろ、来季戦力構想外のプレイヤーにはその旨伝えられ始めるんだろうから、お互い様の部分もあるんじゃあないか?

さて、前節(9/4)。
甲府の地で、サンガは 0 – 3 で敗れ、結果、どこかのチームに大勝した磐田に首位を明け渡している。

ハイライト映像を観たら、どしゃぶりの雨を衝いた甲府の、スピードに満ちた攻撃にやられまくった、という感じ。

チームは、一旦京都に帰って、昨日には来松の、中2日の忙しい移動をやりくりしているのか?

日程的には他人事でもない山雅であるから、フレッシュさの点で、登録メンバーの人選は慎重におこないたいところだ。

ゲームプレビュウならば、8/13の投稿から、両者の立ち位置にそれ以降大きな変化があるわけではないので、詳しいことはそれを読んでいただければ幸いです。

要は、遊びもなく、休むことなく、長短織り交ぜながら、どこからでも必殺のボールが、天地かまわず強力なフォワード陣めがけて入ったり、あるいは、ミドルシュートがペナルティエリアを侵してくる ―  それがサンガの真骨頂なんであります。

これに対して、我がチームに過分な注文をする気にもなれないけれど、ひとつだけ。

攻撃スピードの欠如、というか、前へ向かう場面での無用な息継ぎ(ノッキング)。

それの原因と思われる、攻撃時に散見される逡巡と、離れ過ぎたり、時にかぶり過ぎたりの、プレイヤーの距離感の悪さ、その修正をみたいものです。

実は、あとひとつの期待があるんですが、こっちは、すぐにはできないか。

それは、〈誘うディフェンス〉。
球際に緩い、という定義は、単にボールホルダーに向かっていかないということではなく、ただただ追従的で正直な守りに徹してしまっている、ということではありませんかねぇ。

相手の攻撃陣に、意識的にスキを与えて、喰いつかせることで、当方に都合のよいエリアへボールを出していく。
これの好見本が、たとえば、大分だったり、タイプは違うけれどヴェルディだったり。

いまのセンタバックのセットには、無理な注文かも知れないが、大量失点のひとつの要因は、狡猾さの無い守備にあると思えてなりません。

攻撃を組み立てる際、たまに〈こすい〉パス回しはするんですが、まだ萌芽レベル。

下がってガチガチに固めて守るスタイルに固執するのでなければ、どうしても踏破したいステップでしょう。

ならば、すぐできることとしては、前線プレイヤーのよるファーストディフェンスの工夫。

パスコースを限定するといった連動性で、相手のボールの出しどころを窮屈にする、それが現実的な方策でありましょうか?

ところで、どういう因果か、明日は非番。

ゆえに今夜は、帰宅時間を気にもせず、アルウィンにおります。

では。