なんにも無いの,そこは?

この前の土曜日。

午後をかけて、脱炭素ムーヴメントに、ささやかな抵抗を試みていた。

伐採した庭のモクセイの枝とか、そこらでかき集めた落ち葉を、猫の額の畑で、燃やし、燻り咽びながら、灰にしていたのだ。

あぁ、これで、ゴミの類いは一段落、とりあえずはなんにも無くなった、と独り言。

そしたら、『襟裳岬』(1974.1.151発売) の歌詞が浮かんできた。

へぇー、そこって春になってもなんにも無い場所なのかね?、とか考える。

だいたいがですね、襟裳岬の位置も満足に言えやしないことを、自分に恥じないと。

北海道をざっくりひし形とみなすと、最下端の頂点が、襟裳岬。

帯広市から、ほぼまっすぐに南下した、大地の行き止まり。

と言っても、こちとら、その距離感さえ解からないもんな。

せめても、春の季節感を、と思い、グーグルのストリートビュウを視たところ、撮影が、盛夏の8月。

暦だと、明日が、立春。

今はただ、太平洋の波が岸を洗う荒涼を、せいぜい想像するのみ。

では。

臨戦 2022 ❻ (それぞれの帰還)

これは、旅の終わり、はたまた、旅の始まりか?

まぁ、どちらでもいいや。

かつて、サマーセット モーム (1874~1965) の『人間の絆』(1915年発表) のことで、ひとつの逸話がありまして、

僕の中学の担任(だったと思う)が、話してくれたんだが、

本屋でたまたま、若い女性が店員に、― あの~、〈人間のはん〉、は文庫版で在庫ありますか?、と尋ねている場面に出くわした。

どうも話が通じていないようなので、傍らから、― 失礼ですが、それ、人間のきづな、のことかな?、と口出ししてしまったよ、と。

昔は、それほど馴染みでなかったけれど、ここ10年でもっともポピュラーな単語になった言葉。

さて、モームのあの小説、原題は、『Of Human Bondage』であるから、たとえ断ちたくても、そこからは逃れられないような人間的しがらみ(因縁)、といった辛い趣き、響き。

それを〈きづな〉としたのは、けっこう巧い訳出だけれど、我が身を束縛するもの、という切実さは、邦題からは消えてしまった。

飯田 真輝氏 ! が今回、松本山雅の新役職(CB2) で働くにあたっては、〈Bond〉が持つ、切りたくても切れないような深い関係、松本と山雅には、そんな気持ちを持って進んでいただけたら、と勝手に願う。

昨季の終わりごろだったか、飯田には、守備コーチとして戻ってもらったら?、とは、チノ氏の提案だったっけ?

コメントを読むと、あれが、ついに本当のことになっちゃった。

さらに、同日、アカデミー分野についてのリリースが出た。

岸野 靖之氏が、ダイレクターとして、新加入というか、ご復帰。

栃木シティFCのほうはそれでいいの?、と心配になってしまうんだけれど、とくかくお帰りなさい !

ユースの育成によって、トップチームを下支えしてもらえるとは、なんとも朗報。

というわけで、球春の2月、そのはじまりは、こんな曲を聴きながら。

では。

結局は バルカンだって …

…、エネルギーの話が根っこに在り、というお題。

― バルタン星人とはね、シルビー バルタンからもらった命名なんだよ。

とルノワール氏に言っても、彼、すこしも信用しない。

当時の円谷プロの人が明かしているから本当なんですが、これには他説もあって、〈バルカン半島〉からいただいたという発言もあるらしい。

紛争の火種が存す、ことからの連想でしょうか?

半島、とはいうものの、その広さは、日本の2倍弱で、ミャンマー国土の大きさにほぼ匹敵。

その中に、領土の全部または一部を持つ国家が13個もあるから、東南ヨーロッパ(地域)と呼んだほうが、より正確な理解だろう。

シルビーバルタンの生まれ故郷ブルガリアは、そっくりバルカンに含まれるから、ここにも、バルタンつながり。

今回、緊張が高まっているのは、バルカン半島からは黒海を隔てて北方のウクライナとその周辺。

ここへ相当な軍隊を集結することで恫喝にかかっているロシアに対し、米国が制裁を科す、とか言って脅し返す。

けれど、飛ぶ鳥後を濁す投げやりさで、とっととアフガニスタンから撤退してしまった身勝手さ。

そいつを見せつけられた欧州各国にしてみれば、もちろん、USAをアテにできるわけがない。

だから、NATO、なんて米国都合の言葉は、マジメには出て来やしない。

ひたすら、EUとしての結束、それを前面に押し出してロシアに対抗しようとしているが、どうやら国ごとの思惑もあるようだからイマイチ強烈さに、乏しい。

思惑の根源は、その国が、ロシアに資源をどの程度頼っているか?ということ。

軍事衝突、ということばかりに目がいってしまうが、要は、政治経済的な自立の引っ張り合いっこが、正体。

欧州各国からすれば、ロシアからの天然ガス依存体質から抜け出すことが、できることのほとんど全てなんでは?

となると、結局は、原子力発電によるエネルギー自立の道が切実となる。

最近、EUが、原子力もグリーンエネルギー(脱炭素)のひとつ、と表明したことはその証拠でありましょう。

2011年の震災、という特殊な事情があるにせよ、いまだに電力政策で迷走しているどこかの国の民にも、これは他人事でない。

この国にいると、原子力発電のとどまることなき増加、という世界的なトレンドが見えなくなる。

脱炭素、はいい。

が、では、電気料金が今の2倍、月5万円以上となり、夜道の街灯がほとんど点かない夜。
暖房を、我慢して入れずに過ごす冬。

そういう生活に耐えられるのか?、ということを僕たちは、マジメに考える必要がある。

特に、ノー原発、を表明している勢力は。

EUの原子力のグリーン認定はけしからん、ということで抗議した、某国の首相経験者5人よ、君たちのことだよ。

ならば、きちんと責任を持てる現実的な代案を示せ。

僕は、きちんとしたコントロール下で原子力を使うほかに途はない、と思う。

では。

臨戦 2022 ❺ (#5よ その存在感で)

新しいチームキャプテンは、やはり、ゲームキャプテンも担うんだろうか?

 松本山雅で

 ずっとやれ

 春から走れ

 勝利をめざし

 選(よ)りすぐりの精鋭たちと

 売り出せ

 過熱のサッカーで

 苦難の道を切り拓け

……つまりは、必 昇!

ところで、3箇月向こうのことなのに、しかも、北と南のホーム動員数(昨季)をそのまま当てはめたところで、十二分なキャパシティーのはずなのに。

ゴール裏だけでなく、特例として、メインとバックスタンドをアウェイ側に開放する、これはわかる。

けれど、ドサクサに紛れて、全席通常の 500円増し、とか。
しかも、通常に近い〈優待価格〉(会員限定)を設けるってことは、アウェイ観客ばかりがボラれる、ということですな。

なかなか、強欲ですなぁ。
北信流、ってそういうことを言うんだっけ?

せいぜい、それまでの 8戦を消化して、互いにいい位置につけていることを願うのみ。

では。

物語がなければ『Brandy (You’re a Fine Girl)』

ブランディ (君は 素敵な女)

ウエスタン ベイには 港がある
日に100隻もの船が 立ち寄るところ
孤独な船乗りたちは ここで時を過す
故郷の話をしながら……

この港街に ひとりの女が暮らしていて
バーで 働いている
船乗が呼ぶ 「ブランディ、もう一杯くれないか」
すると ブランディは ウイスキーとワインを運ぶんだ

船乗りたちは言う
「ブランディ、君は 素敵な娘
どんなにか 良い つれあいになるだろう
そうさ お前の瞳に惚れた船乗りは 海から足を洗うのさ」

ブランディは 北スペイン産の銀で編んだネックレスを着ける
そのロケットには
昔 ブランディが恋に落ちた男の名が刻んである

その男 ある夏の日にやって来た
遠くの国の プレゼントをたずさえて
けれど男は きっぱりと 言ったのさ
この街には留まれない 港は 俺の家ではない、って

船乗りたちは言う
「ブランディ、君は 素敵な娘
どんなにか 良い つれあいになるだろう
けれど 俺たちの人生、恋人、連れあいは 海なのさ」

男が 航海を物語るとき ブランディは 彼の瞳をじっと見ていた
海原が高まり崩れてうねるありさまを聴いて
ブランディには なんとも猛々しい壮観に思えたものだ
けれど男は いつも真実を語った たしかに 彼は正直な奴だった
ブランディは 最大限に理解しよう としていたんだ

夜になって バーが閉まる
ブランディは 静まった街を歩いて帰っていく
もうここにはいない男 けれど 忘れられない
いまだに 男が語る声を思い出す そう いまでも……

1972年に、ルッキング グラス(Looking Glass、バンド名、姿見って意味か) がヒットさせた曲で、最近になって、原曲にかなり忠実に演っているものを見つけたので、ご紹介。

英語〈girl〉は、中学校あたりで〈boy〉と一緒に覚えさせられるので、どうしても、少年の対句として〈少女、娘〉という語感になりがちですが、もっと幅広い年代の女性に対して使う、使える。

だから、ご高齢のお方をも、Girl、とか呼びかけるのを聞くわけで、和訳する時には気を使う単語。

では。