得点王のいない風景 (2023.7.22 八戸戦レビュウ❶)

ラインメール青森の地から、夏休みを使ってやって来た小学2年生と、このゲームを観戦。

サッカーは30秒で飽きた、と減らず口をたたくので、
ならば、ゲーム結果はどうだったの?、と突っ込みを入れたところ、

山雅が、3 – 0 で勝ったんじゃァない、と返された。

観ていないようで、それなりにゲームを楽しんだ、と引率者として思うことにした。
ねぷた仕込みのリズム感で、ペンライトをかざして踊ってもいたから。

さて。

〈快勝〉に水を差す気は毛頭ないけれど、
両者の地力差がベースに在るから、山雅が、やるべきことを手を抜かずやれば、こういうスコアは、まぁ、順当。

できることをフツーにやることの難しさ、を今さらながら感じますが、

ゲーム終盤に得点を重ねたこと、これが、今節最大の価値であって、

終了のホイッスルが鳴るまで勝負に集中する、そういう姿勢から滲み出たスコアでもありました。

ゲーム開始前、スタメンにも、ベンチにも、堂々のリーグ得点王の名(小松 蓮)がないことに、スタジアムには、ざわめく雰囲気もあったので、

サッカーは、11人でやるもの、という当たり前のこともまた、身に染みたゲーム。

すべてが良かったわけでもないが、やるべきこと、やりたいことが、それなりに突き詰められてきたのが、後半戦への光明かな?

これから8月にかけて、対戦相手に難敵がズラリと並ぶ恐ろしさと、厳しさ。

愛媛、鳥取、富山、鹿児島、今治、とか、ウソだろうくらいに……。

けれど、この勝利で、なんとか頭(かしら)を上げて、チャレンジの夏に向かう気力が湧いてくる、そんなゲームでありました。

……、と印象論過ぎる振り返り、です。

では。

ウオーターメロンで,夏季ユニを。

あまり言いたくもないんだが、

夏季限定ユニフォーを着用したゲームでの勝率、これがかなりヒドイのが、いままでの実績。

記憶上、あの 2018シーズンでさえも、だ。

― ならば、言うな、とお叱りを受けそう。

けれど。

いろいろと情報をつけずに、もっと思い切ってシンプルにやるか、通年用ではできない冒険をすべき、と言いたいのが、今回。

たとえば……、(スケッチ画を参照あれ)

❶黒のポロシャツ(襟付き)に、フレッドぺリイみたいに、襟と袖口にアクセントのライン(緑?)を入れて簡素に、パンツは白、ソックスは黒。イングランド風。

❷アウェイ着用も視野に入れて、ライトグリーンの地に、黒ストライプをあしらう。(向かって左)
watermelon (西瓜) にちなんで、とか。

…… アディダスさんに頼み込んで、フレッドぺリイ社と(柄で)コラボしたら、

結構、良いセールスになるのでは?

街着としも堪えられる、そういう発想をこそしましょうよ。

― 上のリーグに上がったらやれ、ですって?

ならば、ハービー ハンコック作『Watermelon Man』(スイカ売り 1962年発表)でも、どうぞ。

では。

夏の夜に連想する…… (八戸戦プレビュウ❷)

岩上 祐三 (from 群馬)、瀬沼 優司 (from 栃木)が、共にレンタルで、sc相模原へ加入。(7/19 リリース)

懐かしい名前が、3部リーグにやってくる。
つくづく、このリーグは、タフなものになりつつあります。

……、てな事を横目に見つつ、

先夜は、〈ひもかわうどん〉なるものを初めて、いただいた。

薄くて、幅が 2センチの麺で、これが売り。

桐生界隈 (群馬県)では、郷土料理扱いらしく、その形状から、きし麺(名古屋)の流れを汲むようだ。

で、うどんを食しながら、八幡屋磯五郎の缶を横において、

― おいしいのは、うどんです、と呟いた、とは、ウソで、

八戸戦について、ますます思いをめぐらしておりました。

ヴァンラーレは、その右サイドを使った攻撃性が、かなり高い。

しかも、そこでの突破をゆるせば、コーナーキック(or セットプレイ) による被弾も在り得るから、厄介。

となれば、そこを捻じ伏せるのは、順当にいけば、下川 陽太らになるはず。

山雅の左サイドが、どういうセットになり、どういう連携で魅せるのか、

こここそ、ゲームの要所。

(昨日、たまたま、左サイドを担う山雅プレイヤーにお逢いしたので、奮戦をお願いした)

ひもかわから、しもかわを……、

といった、まことにお寒い連想で、恐縮です。

では。

点と線。(八戸戦プレビュウ❶)

毎ゲームは、一回こっ切りで、勝ち負けが決し、完結する。

これが、点。

けれど、創り上げたいサッカーを、シーズンをとおして追求するところに来季以降があるはず。

一本の線を、キチンと貫きたい。

前節、福島戦、山雅のボール保持率は、54%。
シュートは相手の倍、 15本。
ゲームの、ほぼ80%は、自分たちが率先して動かしていた。

にもかかわらず、攻めあぐねが災いし、福島の焦眉であるセットプレイでゲームを落とした。

ボールを、こっちが握ればその分、かえって失点を招く、という皮肉はサッカーにつきもの、とは思うが、

現山雅流を突き詰めるには、そのチグハグをどうしても乗り越えなければならず、

今節対ヴァンラーレ戦は、ある意味、そういう宿題に答えを出すための好機、と考えよう。

3バック。
ボール保持平均が、ここまでで、44%
けれど、ゲーム当り攻撃回数 129と、リーグ第1位。
で、ショートカウンター攻撃への傾注が、リーグ断トツに高い、八戸。

……、となれば、これはもう、前節のあり様をトレースするようなもの。

ボールをつないでゴールに向かうことについて、
逃げも隠れもできない山雅が浮き彫りになる時……。

そして、順位的には、ひとつ上に居る相手。

さぁ、入念な準備で、テスト用紙の前に座ろうか。

では。

国破れて 山河在るのか?

杜甫(712~770年 唐の詩人) は、

唐王朝が、安史の乱(755~763年) によって混乱し、衰退の入り口に立たされた頃、

国の体制がズタズタになっても、山や河はあいかわらず、もとのまま。

街には春が訪れて、草木が茂っている……

、と詠んだ。(『春望』757年成立)

有名な、国破れて山河在り、とのくだりで始まる、五言律詩です。

 

けれど今、東欧の、黒海の北方辺りでおこなわれている戦争をみていると、

ふたつの国が、戦いによって、ともに疲弊した場合、

じゃあ、自然はもとのままで、そこに在り続けるんだろうか?

自然環境と生物を根こそぎにできるような兵器が、当事者に所有されてしまったのだから、

杜甫みたいに、悠長に、ことを嘆いていられないほど、

ひとつ間違えれば、ひどく危うい世界が待っている。

戦争を始めた側のおもわく、

つまり、数日内での首都キエフ陥落、および、傀儡政権の樹立はとうに失敗したのだから、

すくなくとも、侵略者に、もはや〈勝ち〉はあり得ない。

こうなると、真の勝者とは、

これこれこうなったら戦いを止めるのだ、というビジョンをハッキリと持っている方に違いない、と思われる。

では。