やはり,ワンチャンスだった (FC大阪戦プレビュウ❶)

前節にケリをつけ、次に進むための総括から、はじめよう。

八戸のゴールは、〈やはりワンチャンス〉であった、と。

シュート数、山雅 17本 (枠内 3 )、八戸 10本 (同 1)

つまり。

山雅の攻撃を、圧迫と奪取(タックル、クリア) によって寸断し続け、

終盤、ついには、ゲームをとおし枠に飛ばした唯一のシュートで、勝ち切ってしまう。

ゲームをどちらが握っていたのかは、両者の視座によって、異論も出るだろうが、

肝心の勝者がいづれかであったのか?……からすれば、

ゲームは、八戸のものだった、という結論で良い。

さて。

今節の相手、FC大阪。

❶前回対戦の振り返り
前半戦は、雨中のアウェイ。

9枚のイエローと、2枚のレッドが提示された。
(佐相のレッドは、突っかけられた相手ゴールキーパーの演技賞、と診るが)

雨とピッチの状態から(だろう)、山雅はパス仕立てのサッカーを棄てた割り切りのゲーム。

その結果として、ゲームは、相手の土俵に乗っかった様相を呈し、

たとえば、シュート数、クロスともに、倍を打たれているから、

スコアレスドローは、山雅にとっては、ある意味、救済だったのかも知れない。

❷前節八戸戦からの学び
乱暴な話になってしまうが、前節を、大阪戦の予習とみなしても、そう外れてもいない。

システムの相違(3バック ☞ 4バック)はあるけれど、

FC大阪は、八戸同様、カウンター攻撃が十八番のサッカーで、かつ、八戸よりかは、前進(攻撃)において強力。

左サイドの駆け上がりが、特長。

さらに、全得点の40%を、セットプレイからあげている。

これは、鋭いカウンターによって敵陣に侵入すると、

攻撃の多くが、ワンタッチやクリアによって、ボールが。相手ゴールラインを割っていることが察せられる。

コーナーキックは、リーグ3位。 (山雅はリーグトップ)

さぁ、こんな大阪の男たちと、どう戦う?

では。

寝苦しい夜分の夢に起こされて。

たしか、日付けが変わった頃だったか、と思う。

今引き抜いたティッシュペーパーが、最後の1枚だった。

といった、舌打ちしたくなるような場面があらわれると、

その後に、

あの八戸戦は、失点シーンから観始めたのではなくて、

正しくは、

あの失点シーンまで観て寝落ちした、に訂正してもらわないと困る、という注文が舞い込んだ。

さらに言うなら、

念のために、ゲームを、後半開始から 82分まで観返した上で申し上げるが、

あのゴールを〈文字通りワンチャンス〉としてしまっていいのだろうか?

という問題提起があります。

その 37分間をとおして、

山雅が、能動的な崩しをできたのは、52分に、

米原☞菊井☞安藤で創った、マイナス折り返しのシーンのみ。

他方、八戸は、全時間帯において、オリオラ サンデーが起点となって、落ちることなくプレスをかけ続け、

前からのプレスを交わされて 1列進入されても、山雅には、ボランチの前でボールを持たせる、あるいは、サイドバックの前でボール保持することを強いていて、

最悪、クロスが入ったとしても中央を締めている。

ただ、52分のあのしかけだけが、八戸の前プレスをはがせた効果的な崩しだった。

ちなみに、後半、山雅のプレッシングは、絶望的なくらいに効いていない。

行っていいのか、と悩みながら迷っている浅川の姿が、そこにはあった。

是非とも、萬年氏には、同じ時間帯を観返していただきたい。

自分のゴールに向かって背走を強いられたのは、どっちのディフェンス陣であったのか?

サイド並走の、一対一勝負のシーンを作っていたのは、どちらだったのか?

ハメられてボールロストしたのは、どちらだったか?

最後のクオリティに欠けるプレイは、どちらに多く在ったのか?

縦ポンに走ったのは、どちらだったのか?

……これらを、ヴァンラーレ目線に立ってみるべきです。

攻守でゲームをコントロールしていた八戸が、その数分前から、

ちゃくちゃくと最後のクオリティへと詰めて、波状攻撃をした結果の、

なるべくしてなし得たゴールではなかったか。

さらに、収穫として、ひとつの気づきがあります。

それは、負けるべくして負けているな、ということの痛感。

アンチ霜田といったフィルターを排除して観ていても、

あの 37分間には、両者の差が著しく横たわっており、

八戸ファン目線に、かつての山雅をみる視点を重ね合わせると、

いかに八戸がゲームをコントロールしていたのかが、腑に落ちる真夜中。

たまに、無料配信のゲーム後コメントを読みますが、

今回のは、特に違和感が強烈で、

大内、常田コメントと、監督のそれの乖離が大きいことに失望。

先ほど申し上げた、小生の所感と似たことをプレイヤーが発言しているのには少々びっくりですが、

さらに監督が、ゲームをコントロールできていた、と考えていることに二度びっくりで。

チーム内におけるコンセプト浸透が、実地にどうやって落とし込まれているのかが、おおいに気になるところです。

…以上、皮肉めいてしまいましたが、

サッカー批評は、他競技にくらべ、雑多な観方が混在するゆえに、不毛な議論を感情的に戦わすにはうってつけの場にもなりやすい。

しかし、この感想は、決して萬年氏を貶めるものではありませんので、

ご気分を害することの無きように願います。

この私も、一応は、山雅応援の心持ち、使命感だけは持ち合わせていることだけは申し添えます。

……寝苦しく、混沌とした意識の中、

〈袖を引っ張ってくれる者を持つことで救われる〉

そんな言葉が、ブログ主の頭の中をよぎる夢見ではありました。

では。

あの試合運び,では……(2024.7.6 八戸戦レビュウ)

本日(7/7)、息子家族がやって来て、共にした夕食の席。

あの試合運びをしてたら、勝ちはないわ、が息子のご感想。

彼、ちょうど、

セットプレイの跳ね返りを、再度入れたボールに合わせた

八戸の、文字通り、ワンチャンスヘディングゴール(78分)の直後から観はじめて、そう思ったらしい。

なるほど、と感じるものがあるので、

0 – 1の敗戦を、その言葉をまんま借用して、評しておきます。

八戸は、3バックの布陣を、あえてピッチ左右前後いっぱいに拡げ、

そうすることで、相手にボールの獲りどころを絞らせないようしておいて、

いざ、ボールを手に入れるや、速く一気に、相手ゴールに向かう戦略を採る。

〈前後に速い〉とプレビュウに書きましたが、帰陣も、やはり素早かった。

こういう相手なので、

パスによる侵攻が、もっぱら端正、淡泊だと、その守備網になかなか穴は開きませんでした。

ファーストディフェンスもあまり効果を生まないし、

もし、サイドから侵すのならば、もっと相手守備を、左右に振る手間をかけるとか、

あるいは、

引き出した相手ディフェンスのその背後に、こっちのプレイヤーが入っていき、

そこを起点に、ゴールマウス中央にボールを持っていって、そこから撃つ……、

そういう工夫が、ほとんど印象に残らなかったのは残念です。

マトモに打てたシュートが、ありませんでしたよね。

失点から終了までは、20分近く残されていたので、やりようはあった、と思うのですね。

手こずりはしたが、決して、球際で劣ったわけでもなく、

また、つながらないパスワークが散見されたので、

きっと、ミスを糾弾するような浅薄な議論も湧き出るでしょうが、

それと、失点や敗戦を、原因と結果として、ひもづけするような内容でもありませんでしたから、

そんな箇所をつついてみたところで、生産的でも、ありゃしません。

……つまり、こっちのリズムに変調を起こさせたり、正攻法を発動させないようなやり方を採ってくる相手に対し、

では、どうやって、それを、うわまわる狡猾な(=賢い)手を、開発するのか?

折り返して、残りは、18ゲーム。

対処的なサッカーで押して来るチームはけっこうありますから、

そういった課題に、面と向かわないといけません。

今節は、コーナーキックなどセットプレイに、もっと相手を出し抜くアイデアを注入してもよかったか。

90分フルタイムを、走り切れているので、そっちの体力はいいとしても、

そこにプラスして、

90分間、途切れることの無い〈頭脳的な体力〉が必要なんでしょうか?

では。

剛直に押し込めるか (ヴァンラーレ八戸戦プレビュウ)

ひとつのデータ。

〈無失点試合率〉山雅 ☞ 26% (5ゲーム)  八戸 ☞ 32% (6ゲーム)

〈無得点試合率〉山雅 ☞ 11% (2ゲーム)  八戸 ☞ 47% (9ゲーム)

ここから、

両者、失点率はほぼ同等だが、得点力になると、断然、山雅のほうに傾くのがわかる。
(山雅が得点できなかったのは、対大阪、対福島の 2回のみ、これらとは今月のホーム、夏限定ユニで闘う日程!!)

では、八戸が攻撃していないの?、と思ったら大間違い。

攻撃回数は、リーグトップ。

シュート総数は、山雅(203本)がリーグトップで、

八戸は、リーグ10位(167本)、シュートはそこそこ打っている。

コーナーキック総数をみると、

山雅(114本)は、リーグトップ、八戸は、第7位(92本)。

さらに、

被シュート数では、八戸が、山雅より、ゲーム当り 2本ほど少ない。

要は……、

八戸は、カウンター攻撃を主体にしたサッカー。

反則数が、リーグ 4位であることは、ボール奪取に向かう強い姿勢を表している。

ゆえに、被ファール(怪我)はいやですが、

ボール際で及び腰になると、カウンターを発動されます。

ホーム(敗戦)の対戦では、

ヴァンラーレは、リードしてから、むしろ、攻撃圧や、強度が高まったことが強烈な印象だった。

……となれば、これはもう、アウェイチーム(山雅)が、よほど新奇な策に走らない限りは、

ボール保持が、山雅のほうに傾くのが、自然の成り行きなんだから、

こっちは、終始、ボールを握って相手ゴールへと向かい、攻め続ける。

八戸は、前後に速く襲ってくる。

ならば、それをうわまわる、隙のない剛直さを、青森の地で、披露するしかありますまい。

プラス。

セットプレイにますます磨きをかけて、ゴールをゲット。

このブログでも、4 – 3 – 3 の採用とその運用については、いろいろと議論してはいます。

が、システムは、そのサッカー思想と流儀を具現化するための、単なる〈奉仕者〉に過ぎず、

めざすのはあくまで、豊富な手法による攻撃的サッカーであること。

ここから、目を逸らすと、不毛な議論になります。

では。

好きな山雅で,眼が曇る? (長野戦レビュウ 終了 ❹)

チームスタイルや采配、

それに対しては、BOOをたれたり、毒も吐くが、

究極は、これも、みんな山雅が好きだから……か。

 

こういった免罪符めいた論法は、まぁ、聞いてはおくが、

〈好きな山雅〉のその中身が、現在/現実の山雅とズレていると、いきおい、

かつて観た、あの山雅が、論評の〈分母〉になってしまうから、

なんとも辛いことだなぁ……。

と、普段の 4、5倍は密になった北ゴール裏で湧く野次、わめき声の中で、考えておりました。

ひとつ。
長野戦のボール保持率は、長野に傾き(52%)、

4 – 4 – 2で動かすボールに、次々とプレシャーにいく山雅プレイヤーの姿があった。

これは、相手に、ゴールキックを 20回蹴らせた、

つまり、相手ボールでリスタートをさせる、山雅好みの立ち合いの中で、

我慢して、やらせていたことなんだけれども、

― 好きにやらせるな!、との不満の声が湧く。

相手をはがして前進するために、相手をひきつけたり、寄せたりするためのパスを多用すると、

― 後ろに動かすな、前だろ、前!

……責めたくなる気持ちも、わからないではない。

何故ならば、

シュートまでいかずに挫折するパスサッカーは、弱腰にみえる。

けれども、それらは、

所詮、自分の心情の〈窓〉に制約された意見、気持ちのダイレクトな表明だから、

ピッチ上の意図とはかけ離れた、負の声援となり得ることを、すこしは自覚したほうがいい。

ふたつには、
原因と結果(たとえば失点)の、結びつけ。

これは、人の悟性の基本的欲求なんだが、それをかなり短絡的に、粗雑にやってしまったりする。

たとえば、78分の被弾。

プレイの連続性からすると、あれは山本 康裕の挿し込もうとしたパスがカットされたところが、起点。

ただし、ネットが揺れるまでには、数個のハードルを敷くチャンスがあったわけで、こういうジャッジは、綿密に検証する要がある。

ただ、こういう感情が生じるのは、

多く、詳細などが了解されないスタジアムの、2度見できない、一瞬の時間進行の中でのこと。

吟味もされないまま、粗雑、心象に傾いて湧いてくるのが、ある意味、サッカーの宿命なのかも知れない。

ただし、ここで。

分別をわきまえない周囲からの批判が、

チームの仕事を窒息させるかも知れないし、

あるいは、クラブが、それにすり寄ったり、懐柔しようとしたらロクなことにならない危惧を、

それをもって、後半戦に向けての、現在の課題❹とすることで表明しておきます。

19戦して、7勝6分6敗。

これが、相当に踏ん張っての戦績ならば、

チーム及びファン&サポーターは、技量相応の出来だったと自認して、

その技量を増していくしか、道はありますまい。

付記〉
昨日、ソネさんに、職場で会った際、彼のご説だと、

長野は、ドローで上等の考え方だったんではないか、10月のホームで叩けばいい、と。
でなけりゃ、今季採ったことのない、4 – 4 – 2を試したりするわけがない、と。
……なるほどね、そういう観方もできますわな。

では。