タカサキさんで 柳さんを聴く『コインランドリー ブルース』

久しぶりにお店に並んでいたと言って、家人が買い求めた、山形村の、高崎 寛之さんが出荷しているシラヒラタケ。

一昨日は、それを煮込んだシチューを夕食にいただいた。

で、おなじ苗字の女性が、柳ジョージの『コインランドリー ブルース』(1985年発表) をカヴァーして、You Tube 動画に投稿しているのに気づく。

けっこうお若い御方と拝察するけれど、よくもまぁ、こんな(失礼!)歌をご存知のことで。

なかば埋もれた曲を、しかも、女声で聴けるとは、なんという望外なことか。

たまには、こういう事が起きてもいいよね。

では。

戦争と平和、と言うけれど『パリス、テキサス』

〈戦争〉の反対語として、〈平和〉が在る思考態度。

80年くらい前の4年間で、あれだけ徹底的に粉砕され、武装解除された記憶があれば、仕方がなかったかも知れないが、

要は、平和を語る際には、対極として戦争というものが必ず持ち出されてくる現象が、そろそろ不思議に思われてもいいんじゃあないか?

戦争が無ければ平和、というのも、ひどく乱暴な話でしてね。

戦争の反対語は、せいぜい、〈和平〉、すなわち、戦争を終わらせるための行動、に過ぎない、というのが今日の主張です。

『パリス、テキサス』(監督 ヴィム ヴェンダース)は、1984製作の 仏独合作映画。

題名は、テキサス州にある街パリス、に由来するので、パリス、と英語読みするのが適切。
ただし、日本では、もっぱら〈パリ、テキサス〉で通る。

或る家族の離散と、再会、そして……、を描く旅物語。

僕にとっては、作品そのもの、脚本(サム シェパード)、演出、撮影、音楽(ライ クーダー)、役者(ハリー ディーン スタントンら) のすべてが良く出来た映画。

こういう主題に触れてこそ、(あえて格好をつければ) 平和、なんてものを考えさせられる。

作品の冒頭、クレジットの文字が、鮮やかな赤であるところなんか、フランス映画の匂いがして、実に美しい。

では。

苦渋と軽妙『真夜中のカーボーイ』

米映画『真夜中のカーボーイ』(監督:ジョン シュレジンジャー) は、日本では、1969年10月18日に公開された。

今頃の季節に。

僕は、かつて縄手に在った松本中劇で、この作品を観た憶えがある。

年齢的に、封切りではあり得ないはずから、おそらくはリバイバル上映だった。

街角の広告看板のデザイン(写真)から、てっきり西部劇と思って入った、というのは前にも書いた。

題名が、カウボーイでなく、カーボーイとなっているから、そこで気づけばよかったんだが、これ、現代のニューヨークで生きる青年ふたりの物語。(ただし、車絡みの内容でもない)

おかげで、このころ売り出し中の、ダスティン ホフマンの演技をはじめて、ティーンエイジャアの時季に観られたのは儲けもん、だったと思っている。

映画を観た後、三日は、劇中では足の悪い設定の、ダスティン ホフマン風の歩き方を真似ていたくらいでしたから。

リアルタイムで、その役者の旬につき合えるのは、キネマファンにとっては至福なこと。

ストーリーは、都会(ニューヨーク)の底辺で、売春夫とそのポン引き稼業をしてでも生きていこうとする二人組(ジョン ボイドとホフマン)の、なんともやるせない話。

そこへもって来て、実に軽妙で明るい曲調のカントリー『Everybody’s Talkin’』(by ハリーニルソン)をサウンドトラックで使う、っていうのが、実に洒落ていて、そういうところに〈ニューシネマ〉の皮肉な主張があった、と評論家風に言っておこうか。

では。

来年の花を。

明日、あるいは一瞬後には、生死もわからないのが、生き物のさが。

でも、頭の中では、自分の終末はなんとなく先に延ばして、来夏の花を準備している。

ひとつ。

素晴らしいブルーの朝顔が咲き誇っているお宅に気がついた。

晩秋の来る前にでも、タネをわけていただきに参りたい、などと思案中。

そうやって、4種類の朝顔を庭に咲かせてみよう。

ついては、配置や採光、見せかたのバランスを念入りに考えなくっちゃ。

ふたつ。

マリーゴールドが、次々と枯れ初めている。

種子(子孫) を残す大仕事を終えたのだ。

そこからタネを採って、どう保存しておいて、春にどうやって播こうか?

(マリーゴールドは、野菜につく害虫の忌避植物として植えてるんですが、本当に効いているのか、実はわからないまま)

では。

漱石先生の 秋。

夏目 漱石 (1867~ 1916年) は、俳人としても一流だった。

小説家として名を挙げるもっと前から、秀句を多く詠んでいて、俳壇的にも、それなりの地位を得ていたらしい。

明治32(1899)年。

漱石 32歳。

第五高等学校(後の熊本大学)の英語教師として、熊本に赴任して 3年が過ぎる(最後の年)。

妻帯して、やはり3年目だったが、家庭生活には不穏な暗い影が落ちつつあった。

 

阿蘇山あたりに遊んだ時の句と思われるものを、いくつか拾う。

灰に濡れて  立つや薄と  萩の中

行けど萩 行けど薄の 原広し

野菊一輪 手帳の中に 挟みけり

 

変わり映えもしないまま、さつまいもは何時収穫したらいいんだろう? と思案しては、こんな曲を聴いているのが、萬年の秋。

では。