だんだん効いてくる死。

フリートウッドマック (1967年~ ) は、まったく本腰を入れて聴いたことの無いバンド。

だから、アルバムの一枚さえも持っていない。

でも、ラジオからその楽曲が流れてくると、ハッとして手とこころを休めて、それに聴き入ってしまう、そんなグループ。

僕にとって。

こういう言い方は、最高の褒め言葉なのだ。

そのメンヴァ―のひとり、クリスティン マクヴィー (1943年 ~ 2022年11月30日) がつい最近、亡くなった。享年 79歳。

彼女が創った『Songbird』(1977年発表) は、エヴァ キャシディ (1963 ~ 1996年)がカヴァーしているのを聴いて知ったけれど、実に美しい曲。

でも、今回は『Say You Love Me』(1976年発表) のほうを聴いてみる。

儚い歌詞を、淡々と軽快に歌う。

特に、リフレインの旋律に触れたら、作者の逝去がじわじわと効いてきた。

ご冥福を祈ります。

では。

急に思い立つ ベスト 5曲。

ジョン レノン (1940 ~ 1980年12月8日) の作品について、ここらで、自分なりのベストファイブくらいを書き留めておきたい気分が、急に来たんです。

まづは、結論から。(順位には、ほとんど意味なし)

1) Help !

2) Sexy Sadie

3) Strawberry Field Forever

4) Happiness Is A Warm Gun

5) In My Life

ビートルズ時代、ジョンとポール マッカートニーがそれぞれ創った楽曲は、何故か?、レノン = マッカートニー、と共作のような名義になっているんだが、この五つは、レノンの独創と考えていい、と思う。

2番目の〈セクシーセディー〉

この曲は、マハリシ ヨギ (ヒンドゥー教における超越瞑想の唱道者、組織の創立者) に対する失望を歌っている、と解説される。

グループ内での妥協の産物として、ふつーのラブソングとして創り込んでしまう手腕が、にくい。

では。

12月のルーティン『ThanksGiving』

一年最後の月になると、引っ張り出しては、聴いているのが、

ジョージ ウイントンの、『December』(1982年発表) 中の曲たち。

このアルバムが世に出て、今年でちょうど、40年だ。

僕の場合、知って30年以上が経ってしまったが、いまだに、ここへ戻って来たりしている。

師走、などといって、喧騒の中に暮らすのは極力避けて、ひたすら冬ごもり、というのも、やはり無理。

なので、せいぜい曲の中に浸るんですが、なぜか、亡くなった方の仕草が急に想い出されなどして、なんとも。

では。

行く汝(なれ)に とどまる我に 冬の雨 (契約満了始まる)

(註:タイトルは、漱石先生の句のモジリです)

高卒は3年、大卒は2年、採ったらそこまでは面倒みるよ、が山雅式だと思ってきた。

高身長(181㎝) の体幹も出来てきて、プレイに攻撃的な雰囲気が備わってきた山田 真夏斗が 3年で契約満了か……、と惜しまれる。

ボランチ出身の監督からは、いろいろ教えてもらったことだろう。

とすると、大野 佑哉(阪南大) は、ディフェンスの要と評価され、山雅で成長した結果、どこかから声がかかったか。
相模原戦でも、船山 貴之とやりあって遜色なかったし。

なら、野々村 鷹人(流経大) は、あと1年やってみて、背番号#44のうち、4がひとつとれたら順調ということ。

ラストゲームの起用からすると、村山 智彦、パウリ―ニョ、中山 陸あたりが満了(レンタルバック) かな。

……、と考えをめぐらしていたら、

名波監督退任のニュースを、明け方の寝起きに知る。

指揮官については、2年契約をベースに、戦績上々であったりすると、それを再更新、というのがいままでのやり方だろう。

結局は、2部復帰ならず、が満了の決定的要素だったとは感ずるが、満了に至る内情は知る由もなし。

ただこれで、3年で3人の監督を使い果たしたことになって、まるで、神戸在の某チームと同じような、腰の定まりの無さ。

それが原因か結果なのか議論はあろうが、指揮者短命のチームは、パッとしない成績なんですよね、いままで。
(註: 2022季山雅の戦績は、決して悪くもなかった)

一般的な仕事にしたって、

ご本人がネを上げさえしなければ、(支援を前提として) 3年はみっちりやらせるのがフツーだと思っている僕からすると、サッカーの指揮官は、どうもひと味違う職種なんだ、といまさらに思う。

成功するまで辞めなければ失敗はなし、とは別の世界らしいや。

けれど、各人にとって、終わりは、次の仕事のはじまり。

山雅への貢献に感謝しつつ、次ステージでの飛躍と健勝をお祈りします。

そんなで、『We’ve Only Just Begun』(僕ら始めたばかり、1970年発表、ポールウイリアムズら) を静かに聴く、冬の日。

では。

思いっ切り演ってくれ『Stand by Me』

チュービスト (チューバ奏者)の御方から、ご厚意でコンサートのチケットをいただいたのは、かれこれ、2年前のこと。

その方が所属している楽団の演奏会のやつだったんだけれど、COVID – 19の自粛騒ぎによって、結局は、中止になってしまった。

その後も、演奏会は復活していないようだ。

あれから、それなりの月日が経った。

だが、僕たちが、現在やらされている、この流行り病対策は、だらだらと惰性化していて、とても科学的でもないように思われるし、

ただあるのは、ワクチン打って、のそれだけ。

なにかにつけて制度的にも手厚い保護を受けているご高齢の者は、大人しく粛々と、その勧告に従っている。

けれど、一体この先、どれだけワクチン打つのかいな?、とその胡散臭さに気づいた者がだんだんと増えているから、接種率が一向に高まらないようだ。

という僕も、繰り返される〈波〉議論にうんざり。

ワクチン漬けの乱暴さを疑っている者のひとりだから、舞い込んで来た接種勧奨の葉書は、そのまま打っちゃってある。

さて、名曲『Stand by Me』(1961年発表) は、僕のそばに居ておくれ、と訳したくなる。

けれど。

動詞 stand には、~の側につく、~を支持する、という意味が込められているらしい。

となると、〈僕を支えておくれ〉くらいの気持ちで聴きたい。

ブラスには、たまった憂さを、楽しく吹き飛ばす効能があるようです。

では。