ものを言うこと。

半世紀前に、ひとりの文筆家が、こう記したー。

ものを言ふというのは本来は言ひたいことがあるから言つたのであり、

言つた以上はその責任を取るのが常識だった(by 吉田 健一)

どうやら当時、世の中が、すでに、そうなってはおらずに、

言いたいことよりも、言って得になることが重要視されたり、

言ったことに責任を取るなんてのは損だ、という風潮があったから、

こういう言葉が、吐かれた、と思う。

それから。

ずいぶんと時間が経ちまして、

一個人のつぶやきさえもが、これだけおおっぴらに、大勢の耳目に届く今日。

注目されたいだけのために発する言葉が、あまりにも、飛び交い過ぎている。

では。

檀香梅の花に寄す。

― お医者さんからね、肺がんのステージ4、と言われても、その大変さがわからないから、こっちがすこしも落ち込んでなくて、かえって、びっくりされたの。

進行の程度が、10段階の 4つめ、くらい、と思ったらしい。

いやいや、ステージ4 とは、もはや他の臓器にも転移していて、外科的な手術ができない最終的な段階です。

― そうだってね。
一般健診で見つかるまで、自覚症状が、ぜんぜんなかった。
いまも痛みはなし。ただ、お薬を飲んでいる。最近は、いい薬があるみたいで、いままで言われてきた生存率にも変化が出ているとか。

― 薬の副作用でね、手指の皮膚が、あかぎれのように割れて大変。
いまさら、指の中で、親指の働きが大きいことを実感したわ。

私も、中指骨折してはじめて、親指と人差し指が、8割方重要、ってわかりました。

― 大きな救いはね。一昨年に、〇〇さん(ご主人の名)が逝ったこと。
これが、逆だったら、〇〇さんを看る人がいなくなっちゃたから。

脳血管障害で倒れて以来ベッドで、9年間、奧さんが自宅で介護していたのは、

かつての僕の中学時代の担任。

折をみて、自宅に見舞っていた。

さぁ、春になったことだし、

彼岸だから、ご霊前に花でもと、あらかじめ連絡した時に、

病気になったことを、ご本人から知らされた。

電話の向こうが、案外明るい声で、かえってこっちが救われた気分になったんだが、

この日もやはり、明るく応対していただき、上がり込んで1時間ほど話した。

帰り際に、お庭の檀香梅から切り取った小枝を、いただく。

また、うかがいます、と辞したが、

一期一会、という言葉が、胸に去来した。

では。

まったりと信頼と自治について語る (長野戦の余韻)

南長野で感じた、

杓子定規に事をやるのが、あまり賢いとは言えないお話。

つまりは、実効性を欠く、という。

僕は、このゲーム、ビジターS(指定)に席を取ったのだが。

そこから出入りするのに、柵の出口ふたつに、それぞれ係の方がいて、ひとりひとりのチケットをチェックしている。

QRチケットなので、画面を出したり、みせたりが、実に煩わしい。

しかし。

考えてみると、S席も、フツー席も、ビジター側は完売しているのだから、

間違ったチケットで他人の席を占めようとすれば、おのずからトラブルになる。

ゆえに、

そういった場合のイレギュラー対処だけでいいはず。

JRですら、いまや、指定席の改札は、そういう方式ですよ。

せいぜい観客の良識と、自治能力に任せておいて、異状にだけ対応すればいかが?

券チェックに要する運営ボランンティアのマンパワーは、他で運用できるのに……。

ま。

パルセイロさんの場合、バックスタンド席を、かたくなにミックス(ホームビジター混合) としない〈思想〉をお持ちであるから、

つまり、観客を信頼しないのが、運営の前提らしいので、

こういう提案には、将来も乗ってこないか。

いやいや。

深く考えればですよ、

ビジター全席を指定席化し、かつ、バックスタンドをアウェイ観客に開放しないことによって、

山雅ファン&サポーターによる応援の、濃密化と迫力増を図ってくれたのかも知れません。

次回対戦、に備えて。

では。

知らないことはわからない。【霧訪山……】

最近、それに似たような経験をした。

某図書館は、特定のテーマによる展示において意欲的で、

おそらく月ごとに、展示物が変わる。

先日訪問した際は、〈霧訪山〉について。

塩尻市に在る、ひとつの低山に関し、いろんな角度から興味深く説明がほどこされている。

僕は、この山の名を知らないので、

その読みを、展示の文章中に探してみた。

が。

〈ふりがな〉を打った箇所が見当たらない。

ついに観念して、職員の方にお尋ねしたのだった。

自分にとって、当然にちかいくらいに自明のことがらだと、

無意識に、万人も知っているだろうと思い込む。

たとえば。

そこの組織や地域にあって、ごく当たり前の、つまり、根底的なルールというのは、文章化されていないし、だあれも、新人にこれを教えないことが多い。

それとは反対に、

~じゃあないですか?、と、

あんたも当然知っているだろうが、と言われると、反発を覚えるのもたしか。

知らないことは知らない、と自然体で返せるようになりたいものだ。

ところで、さっきの霧訪山ですが、
この地域の、どのくらいの人が、その読みを知っているんだろうか。

では。

たったひとりの鎖国。

たしか、あの物語。

某Eテレで、アニメーションで放送してると思うけれど、

小学生が、その劇場版?(実写で)を観ていたので、しばらく一緒に画面を眺めた。

『銭天堂』というタイトル。

その駄菓子屋のおばさん役。

― そうそうあの女優さぁ、テンカイなんとか、っていうんだろう?、と家人に訊いたら、

あまみ、と読むのよ、とのご返事。

知らなかった。いい加減な、僕の知識らしいや。

ところで、この女性の話す語尾が、〈~でござんす〉

レトロ感を出すための演出でしょうが、

~でござります、をこうやって訛るのは、

江戸の遊里あたりか、あるいは、渡世人の業界ことば。

それもわからないで、次世代に伝わるわけだ。

ま。

〈ヤバイ〉を、一般の子女、相当年配なご婦人にいたるまでが発するご時世だから、

どうしようもありませんな。

ジジイが、ひとり鎖国をほどこして文句を吐いてると、

よしなぁ、と言われそう……。

しかし。

あまみさんとやら、役柄からすると、ちと美しすぎはしないかぇ?

では。