ひめくりを また一枚の 春来たり

いつの頃からか、年賀状のようなモノは別にして、正月の決まり事やらを、出来る限り生活に取り込まなくなった。

晴れの日を否定はせぬが、祭りのあとの引き潮みたいなムードを感じることが嫌なんだろうな、と自分のココロを推しはかっている。

あるいは、日常生活にまた戻るエネルギーをあらかじめ惜しんでいる、のかも知れない。

そう言えば、もう、帰省する処もなくなった。

年末にささやかな馳走が並ぶのはよいが、正月に餅など食さなくとも一向に平気。
思うに、できたての餅を美味しくいただいた経験がないのも大きな理由か。

ご幼少の頃、母が、餅に出来た青かびを包丁でそぎ落としていたのを想い出す。

昨日から今日にかけて、ただ日めくりを一枚……、そんなのが理想です。

コロナ禍で苦しむ方々には誠に申し訳ないのだが、余儀なくされたルーチンを素直に受け入れてしまえば、それはそれで、静かで、落ち着いた内省的な生活が実現した。

結局、世の中は他人にゼニを使わせてナンボ、といったカラクリと限界があからさまになっただけ。
で、この環境下、お金の使わせ方があらたに考案され続けている。

ここ一年の変化は、決して非日常でもなく、これからしばらく先のスタンダードと考えよう。

同名曲は、ルイ アームストロングの歌ったやつが有名だろうが、萬年はどうしても、サム クックのほうに肩入れしてしまう。

『What A Wonderful World』を、こういう顔ぶれで演っているのは嬉しいね。

では。

年末おっくう、の結末。

おっくうは、漢字で書けば、〈億劫〉。
は、非常に長い時間のことを表わし、その億万倍が、億劫。

なので、それはそれは気の遠くなるような長い時間のこと。

そこから、どんだけ時間が経過しても、どうしても手をつけたくないこころの姿勢を、おっくう、と呼ぶようになった。

で、近年、なにかにつけておっくうな気分に悩まされる。

けれど、それに流されるわけにもいかないから、ものごとを、15分ぐらいづつ小間切れにしてやっつけてしまおう、と考えることにした。

たとえ15分でも、少しづつ進めていけば、一週間もあれば済むだろう、くらいのココロだ。
もともと怠惰なところへ、えいやっ!、と一気にやるエネルギーが乏しくなったため、そういう道を選ぶわけだ。

始めは15分だけでも、と思ってやっていくうちに興が湧いて来て、あるところまで終わる、というのが実体に近い。

この手で、数十枚の年賀はがきを、3日ほどかけて作成した。
喪中はがきを集め、差出リストを最新にするところから始め、作業をすこしづつやって、29日の午後2時前、つまり回収時刻前に、市中のポストに投函した。

このタイミングで差し出せれば、日本のたいていの地には、元日の配達になるだろう。

今回は、エクセルを使う。
テキストボックスや図の挿入のやり方を思い出しながらの作業。

―なんとか、発信しておきましたからね、と家人に報告すると、

―年賀の宛名書き、あなた、はじめてやってくれたわよね。

ありがたいお言葉をいただいて、年末における億劫の克服がひとつ終結したのであった。

で、月曜日と雨の日は、なにもする気が起こらない、という曲を聴いている。

では。

『捲土雷鳥』の体現 (2020シーズン振り返り)

 

リーグ戦の幕が下りてから、10日が経った。

〈捲土雷鳥を求め続けたシーズン〉
今は、年初に定めた合言葉を、なんとか示してくれた我が山雅であった、と総括している。

トップリーグへの返り咲きという目標が、たまたま途中で、指導陣交代と前期の苦境からの挽回、というように再設定されたんだが、〈捲土雷鳥〉のこころは、それなりに全うできた、のではないか。

失敗や事故をいかに切り抜けてみせるかこそがプロの仕事、と思っている萬年からすれば、現指導陣とプレイヤーは、プロフェッショナルであることを証明してくれた。

そのことを、誇りに思う。

〈捲土重来のあかし〉
たとえば、リーグ後期だけの戦績をみると、山雅は、第5位だった。

前期が19位であったから、その改善度を、19 − 5 で、〈14〉で示す。
これは、リーグ22チーム中のトップ。
以下、山形〈13〉、群馬〈12〉、琉球〈7〉、水戸〈5〉と続き、これらが挽回度におけるベスト5。

参考までに、失速度のワースト3は、北九州〈▲18〉、京都〈▲12〉、町田〈▲10〉。

(もちろん、徳島〈0〉、福岡〈3〉、長崎〈0〉の変動の少なさは立派。
これは、年間を通じて安定してトップ競争をしていたことの証拠)

〈挽回の手法とは?〉
柴田氏は、布さんが打った碁盤上の布石を、ご破算にすることなく修正をかけていく方法を選択した。
(過密日程では、スクラップ&ビルトの余裕もなかったはず)

❶相当なクオリティーを有するプレイヤーを集めた、ということを大前提にして、各個の強みを引き出すような布陣と戦術を採用した。
つまり、個を組織戦略の中へと縛り込まないような、やり方。

❷テクニカルな人材を有する中で、攻撃は、ショートカウンターにフォーカスして、人とボールの動かしを、出来る限りシンプルなものへ整理した。

❸そのために、守備面で、より前線からのディフェンスを構築。
ボールホルダーへの圧力のかけ方のルールと意思統一を徹底したことが、ひとつ。
ふたつめとして、ボランチ(相手攻撃の狩人)的資質と経験を持つプレイヤー(杉本、塚川、前) を高い(2列目)位置に置く布陣を採用。

❹最終ラインは、若手を使い続けるとともに、経験とスピード(橋内)を加味して強固なものに。同時に、守備時の決まり事を明確にした。

❺前と後ろを結ぶボランチに佐藤を配することで、攻守切替えの鋭さと、活発なボールの動きを導入した。

……ゲームを観続けた者としては、これぐらいが目についた内容であるけれど、これらがさいわい巧くチーム内で機能したのだと思う。

さらに、久保田本人の努力があったとは思うが、長期間ゲームから遠ざかったプレイヤーを抜擢して使い、その彼がアシストの仕事をしてみせる、という采配の見事さを特記しておこう。

〈変わるべき 山雅らしさ〉
このカイゼンを、山雅らしさが戻った、というような感想を聞くことがあったが、もともと〈らしさ〉も定義されていないし、さらに、プレイヤーのクオリティーがここへ来て格段に向上しているから、〈らしさ〉さえも変わらなきゃならないはず。

ゆえに、回帰うんうんの意見には、同調できないし、したくもないのがホンネ。

さてと、ここまで挽回してみせたところから、来季の模索が始まっていくという前提、つまりは、〈捲土雷鳥 第2章〉が続くという覚悟で、プレイヤーの出入りを楽しみながら、暮らしましょうか。

では。

中途半端は、最悪。

今年の、第100回天皇杯には、そんな感想をもってしまう。

この大会、いちばんの眼目は、アマ、プロ問わず、JFA(日本サッカー協会)に第1種登録されたすべてのクラブに、出場機会が開放されていること。

ところが、COVID-19禍によってJリーグの日程が変則、過密になったためか、
Jクラブの参加を、J1の1、2位と、J2およびJ3の優勝チームの、4クラブに絞った。

で、秋田と徳島は準々決勝から、川崎とG大阪は準決勝から出場し、
結局は、トップリーグのツートップが、決勝(1/4) (1/1) に残る。

大会には、優勝チームにACL出場権が与えられるという規定があるので、なんらかの形でJクラブを関与させる必要をやりくりするための開催要領だったんだろう。

でも、どっちつかずの中途半端感が、否めない。

そもそも全クラブの参加を否定した時点で、既に大会の本義は消えてなくなる。

であるならば、萬年的には、ACL出場権獲得規定は凍結しておいて、Jクラブを不参加にすべきだった。

そうすれば、JFL以下に属する全クラブの日本一を競う大会となるから、かなりスッキリしたと思う。

主催者としての責務なら、Jリーグは、他にいかようにでも果たせるだろうに。

天皇杯だからこそ、スッキリと上手く生きのびてもらいたいのだが……。

ついでに言っておくと、山雅の歴史(2009年対浦和戦) を忘れているわけじゃあないが、下位リーグのチームが上位に一矢報いることにばかりフォーカスする姿勢は、どうも好きになれない。

では。

すべての山に登るユニ 『Climb Ev’ry Mountain』


(版権帰属先:オフィスウエストウッド)

ご存知、1959年ブロードウェイで初演された、ミュージカル〈The Sound of Music〉の挿入歌のひとつ。

every のその後ろ、mountain が複数形になっていないのに注目。
山々のすべてを登攀し尽くせ、ということではなく、やって来るチャレンジから逃げるないで、と歌う。

2021シーズンのユニフォームのデザイン。

これでもかと〈登攀〉にこだわっていますが、我ら、そのまま山を謳える唯一のクラブ名なんだから、とことんやるべし。

山並みをモチーフにした幾何学模様が好きになれるかどうか、そこが評価の分かれ目でしょうか。

萬年的には、アウェイのほうに惹かれます。
差し色の赤は、ホワイトに良く似合う。

故に、購入するならば、セカンド。

リーグ統一背番号のレタリングとの違和感もないし。

先日の、長野 vs 岩手を観ていて、あぁ、アウェイユニフォーム、オールブラック(あれはアンダーアーマー製)も有りだよなぁ、と思いました。

来々季はひとつ、いかがでしょうかねえ?

夏限定とせずに、通年のサード ユニフォームとしては?
ホームアウェイ関係なく着用可、ではありませんか!

では。