COVID-19との一年。

この流行り病とのつきあいも、一年あまりが過ぎた今。

ひとつの備忘録として、書きつけておきたい。

COVICD-19による国内の死者は、8,938名。(3/25現在、厚生労働省 発表)

この数字は、感染して亡くなったすべての人をカウントしたもの。
COVID-19が直接の死因となった人に加え、感染がきっかけで持病が悪化したことで亡くなった方、他の病気で命を落とした人を全部含む。

いままでの(季節性)インフルエンザによる死者は、2000年以降、だいたい2,000~3,000人で推移してきた。
ただし、この数字は、インフルが直接死因となったケースの合計に過ぎない。

これに、インフルエンザの感染がきっかけとなったが、持病とか別の病気によって亡くなった人を加えると、おおよそ、年間10,000人くらいらしい。

……、となるとですよ、死という最悪(だろう)の結果からみると、その数字は、旧来のタイプとほとんど変わっていないんだな。

これを、どう評価するか?

日本は、よくできているんでは?、と公言する政治的なリーダーが出て来てもよさそうなものだが、そういう議論はなかなか聞けない。

まぁ、そういうことを言った日には、猛烈な批判を浴びるに違いないが。

〈気の緩み〉とかいう、情緒的な煽りにはうんざりはするけれど、結局、この国では、誰が先頭に立ってやったとしても、たいして変わらない施策をやるのではないか。

政府の無策や無能を言っている側にも、おそらく画期的な代案がなさそうだし。

ひたすら気持ちの引き締め、それだけで押し通せる国って、かなり特徴的な部類だろうな、と思っている。

では。

光と影の共存を (千葉戦レビュウその❸)

ゲーム評もこれで4回目にもなれば、書く本人も食傷気味。
ならば、読者にしてみたら、さぞやうんざり、かと。

まぁ、今回で締めますので、御つき合いのほどを願います。

さて、〈月影〉といえば、月の光。
〈人影〉は、人間の姿。
ここで、かげとは、光の源や光線、物体そのものを指す。

他方、〈物影〉とは、光が遮られて暗く陰になったところ。

かように、同じ言葉〈かげ〉が、光明と陰影の双方に使われるのが、日本語の絶妙さ。

光陰矢の如し、ではないが、光と影は互いにかならず寄り添うことが、僕たちの祖先にはごく自明の悟りだったんですな。

で、山雅の攻撃においても、光と影を共存させよ、というのが、その❸末尾の論旨なのでした。

ボールホルダー、あるいは、それと密接に動くプレイヤーが脚光を浴びる〈光〉とするならば、もう一方にはかならず、黒子のように、相手の注意をそらす、惑わす役割の〈影〉を引き受けるプレイヤーが必要。

クロスとは、ディフェンダーの首振り角度を最大にすることで、視野のスキを衝くやり方。

これと同様、黒子が動くことで、相手ディフェンダーの注意を拡散させるか、デイフェンダーを誘き出すことでスペースを創り出すことをしないと、堅い守備網に穴は開きません。

皆が一斉にボールに集まってもダメ、皆が同じようにボールにアプローチしてもダメ。
密集における事故のような得点ばかりを狙うなら、別ですがね。

ここらへんの陰日向の役割をキチンと与えること、引き受けること、それが、チームとしてまだまだ詰められていないのを感じます。

光と影の役割分担を、あらゆる攻撃パターンの中に織り込む。

それも、あたかもオートマティカリーに、何人かが幾重にも連動して動かないと、寄って集って来る守備の傾向があるJ2では、突破がむずかしい。

まづは堅く守ってボール奪取即カウンター、を基軸とするならば、速さ鋭さをひたすら追求すればいい。

けれど、堅守はそのままで、最終ラインから組み立てていって、どこかでスイッチを入れる攻撃に着手している以上、効果的な攻撃発動の方式に、とことんチャレンジしましょうよ。

光と影といえば、思い出すこの曲『Both Sides Now』(1968年発表、邦題「青春の光と影」)。

ジョニ ミッチェル(1943~ )らしい、プライベートな歌詞。

…loveを、与えるともらうの両方から眺めていた私。人生を勝ち負けの両側から感じている私。でも、loveや人生など、なにも悟っちゃいない……

では。

盛り沢山の消化不良 (千葉戦レビュウその❷)

そこには、勝ちにこだわったジェフのゲーム戦略があったにせよ、最終のボール保持率が、山雅65 : 千葉35 は隔世の感あり、が前回のお話。

では、ここから山雅が覚醒するには?、が今回。

メンバー的にいって、一からチームを創るくらいの難事業。
とは思うけれど、このゲームでみえた課題を、期待を込めつついくつか拾ってみます。

❶アンカー平川 怜の旨味とは。
ボール扱いに優れる彼を基底に配し、最終ラインから攻撃を組み立てるやり方。
場数を踏むことで、周囲との連携が深まれば、より大胆なボール配球ができるだろう。
実は、こうすることで、佐藤 和弘を2列目で活かせる、というのが真の狙いかも知れないが、ならば千葉戦の場合、もっと高い位置でプレイしてもよかった。
下に降りてきたのは、平川の孤立が不安だったのかも知れないが。

❷河合 秀人を2列目で使う意味。
ドリブル突破に長けたタレントは何回も縦への突破を魅せた。
ボールを持って競上がり、それをサイドへ配球する姿には、メッシ(バルセロナ)を思わせる。それほどの可能性を感じた。
誰かにボールを一旦渡してから、次には、みづからシュートを打てるところまで行きつけるか?、あるいは周囲が、河合に打たせられるか?

❸トップの組み合わせはどうする?
阪野&戸島だと、どうしてもスタイルが被る部分があった。
両者ともに下りてきて組立てに献身する姿勢もあり、おそらくは起用にはそこまでの期待値も含まれているはずだが、スタートから飛ばす山雅スタイルからすると、ツートップならば、片方は、突っかかっていくタイプ、たとえば、鈴木 国友か横山 歩夢の先発で良くはないか?
あるいは、高さのワントップの下に、3人を並べるのも手。

❹小手川の可能性。
平川に替っての投入で、ゲーム終盤で、中盤より前を増強するため、センターバックふたりと、3人で最終ラインを形成するような配置のプレイだった。
このメンツにあってはやはり、ボール捌きに格段の落ち着きがあって信頼性が高い。
小手川をこうも使うんだ、と感心。
けれど、そうであるならばやはり、小手川は2列目で活かしたいなぁ。
(そのためには、4バックにすることで、2列目を3人にしたい!、4 – 1 – 3 – 2 で)

❺サイドからの侵入は?
このゲーム、クロス28回はよくやったと思います。
が、あれだけガッチリと固めた相手だと、その跳ね返り(セカンドボール)までを想定したやり方が必要でしたね。
バルサみたいに、8人が一斉にペナルティエリアになだれ込め、とまでは言わないが、クリアされたボールの出処に対し、やはりプレイヤーが足りていない。
表原 玄太は、右サイドで活性した動きを魅せていたけれど、あれだけ入っていけるならば、カットインシュートにチャレンジしていい。
(もちろん、果敢な守備は評価しております)
外山と表原は、ともに家族を公式に立ち上げた決意も新鮮だろうから、期待大!
あとは、田中パウロ、でしょうね。

❻で、突破口はどうやって?
で、上のような布陣と運用を段取りして、さて次。
結局は、攻撃の部分の詰め、ということ。
千葉戦でいうと、中を堅く締めた守備に対しては、ペナルティエリアのどこかに手薄なスペースを創らなくちゃならぬ。
コースを空けるために、ディフェンダーを引き連れていく動きが、あまりなかったように思いますね。
これ、ボールを持たないプレイヤーがすべき役割。
そうすることで、シュートコースとチャンスを創るって、やつ。

ワンツーのパスで前へ突っかけるにせよ、最低限のスペースがないとどうしても引っかかってしまう。
鈴木 大輔(千葉)のような老練なディフェンダーに対し、鈴木 国友はまだまだ若く正直過ぎました。

実直に押し込んでばかりではなく、虚を衝く飛ばしや引っ張り出しでダマシを入れる。

または、あの日は雨でスリップリイなピッチだったから、相手が引いているのならば、ペナルティエリアの外からでもミドルを打つ。
それが3本では、少々物足りません。(シュートは計9本)

……、とかなり新たなチャレンジの多かった千葉戦、試行はこれからも続くんでしょうが、特に攻撃面。
あれもこれもではなく、取り急ぎは、定型部分に集中特化。
セットプレイ(含むコーナーキック)、スルーパスとスペースへの抜け出し、サイド侵入とクロスボールへの対応、の三つくらいでいかが?

では。

新・ジェフの正体 (2021.3.21 千葉戦レビュウ❶)

※千葉戦レビュウは、何回かに分けて書きます。

孫子(兵法書)に、
〈彼を知り己を知れば百戦危うからず〉とある。

この言葉の説くがごとく、対戦では、相手のやり方への対処がかなり大きなウェイトを占める、が実感された千葉戦でありました。

ほとんど毎年対戦しているのに、相手メンバーがおよそ知らないメンツばかり。

#10船山 貴之が、終盤の10分程度に、時間稼ぎのカードとして投入されるなんてのは、前代未聞。

チーム状態もあるんでしょうが、新しい世代への転換が図られているのは確かなようだ。

それは、ゲームの進め方にも顕著。

20分に先制すると、それ以降は、自陣で堅く守ることを最優先。
時間を巧く使いながら、あわよくばロングカウンターで追加点、という戦術で一貫。

キャプテンのDF鈴木 大輔は、前半から既に、GK鈴木椋太に対し、ゴールキックは時間をかけるように指示していましたから。

まぁ、よっぽど勝ちたかったんでしょう。

なりふりかまわぬ姿勢は見上げたものですが、あぁ、これって、自分たちもいつか辿った道だったよなぁ、と感慨が深い。

まさか、ジェフ氏と立ち位置がこうも逆転してしまうとは、隔世の感がしきり。

でも、このリーグで戦う限りにおいて、山雅には、こういった単純な先祖返りは、もはや許されないでしょうね。

それにしても、
―#23、#24 、あれはなんなのよ、最低。
外山がボールを追わなかったから、失点したんでしょうに!!、と酷評は続く。

……入籍ハネムーンの外山は、とんだとばっちりで。

失点シーンは、3人が連続で剥がされたうえに、バーすれすれのシュートを叩き込まれたもの。相手をホメるしかありませんよ。

そんな落胆がすこしでも和らぐようにと、こんな曲を。

では。

避けて通れない道 (2021.3.21 千葉戦の印象)

― ゲーム当り2得点なんでしょ?  〇〇〇みたい!!
だったら、たまには、やってみなさいよ。
あれ、単なる努力目標なわけっ?
(註:〇内は、当ブログコードにより伏字とせざるを得ない言葉)

点が獲れない負け試合(0 – 1)。

そこに、ポンチョが防水不良のために、雨にずぶぬれになった不快感も加わってか、お怒り心頭な発言を、聞くハメになった帰宅。

さらに。

― こんな試合を観せられたら、山雅を嫌いになりそう!!

これは、ゲーム直後のスタジアムにおける ご託宣。

これらは、きわめて率直な反応なんだろう、と思う。

けれどもおそらく、〈新〉〈進〉めるためには、通過しなくちゃならない道だろうなぁ、と風雨の中で感じていた。

新しい道は、どうやら平坦でも、居心地がよさそうでもないらしいが、それに、ファンサポーターの〈心〉がいつまで堪え得るのだろうか?

山雅の春は、まだ遠い……。
バスタブに浸かって、ひたすら自問する夕方でありました。

より詳しいレビュウは、続編にて。

では。