あこがれの。 (いわて戦プレ・プレビュウ)

あぁ、あこがれの地、岩手よ。

なんですね、僕にとっては。

できれば現地参戦、とは思いましたが、

そっちのほうは、アウェイツアー参加の京子さんにお任せするとして、

今回の対戦を前に、こころを彼の地へと向けたら、たまらずに、

盛岡出身の作家、石川 啄木 (1886~1912年) の歌集『一握の砂』(1910年 刊行) を、駆け足で再読してしまいました。

短歌形式の中で、際どい抒情をおこなおうとなったら、百年前は、こういうのがモダンだったんでしょうか。

よりそひて
深夜の雪の中に立つ
女の右手(めて)のあたたかさかな

ここに、どの程度の虚構(ウソ)が紛れ込んでいるかはともかく、ぎりぎりで上品さを保つ表現が、憎い。

こういう美点は、同年生まれだった、萩原 朔太郎(1886~1942年) の詩には、残念ながらありません。

で、かの宮沢 賢治(1896~1933年)も、やはり、岩手(花巻市)のご出身。

なんとも贅沢な、郷土の文学者たち、ではありませんか。

僕が、青森市の親族を訪ねるのはだいたいが、夏の8月。

帰途は、東北道をひたすら南下するんですが、季節がらか、右手に仰ぐ岩手山は、いつも、頂上が雲の中。

通過する度に、ここらのインターで降りて、イートハーブの風土を味わってみたいものだと思いつつ、いまだ果たせず。

でも、考えてみれば、

今回参戦したところで、自宅 to スタジアムの往復のみで終わり、

盛岡冷麺さえ、楽しめなかったんでしょうがね。

では。

ベリーで,もめる。


ミヤマウスユキ草 (エーデルワイス) の花。

ブログを読んだ家人から、クレームがついたんである。

曰く、熟したジューンベリーの実は、酸いこともなく、甘い、とのご指摘。

で、さっそく庭に出て、紫いろに熟れたやつを選んで、ほうばってみたら、

たしかに!、甘い甘い。

どうやら、がさつな僕であるから、急いて、いまだ熟さないような実を食べたんでしょうね、きっと、と、この一件を落着させた。

過ちを改めるに、ためらってはなりません。

したがって、読者諸氏よ、食べごろのジューンベリーの実は甘い、

と、ここにお詫びして訂正いたします。

さて。

息子宅の敷地には、他人の背丈以上のジューンベリーが、ひとつ植わっていて、

数日前、その実から作った、自家製ジューンベリーのジャムをいただいているのです。

ブレッドに塗り挿むなどして、これから、ゆっくりと楽しもう。

では。

読み終わりが 始まり。

探し物をしていた二階で、たまたま見つけたのが、黒田 三郎 (1919~1980年) の詩集。

我が身には、購った記憶がなかったので、後で息子に訊くと、

僕のやつだよ、確か、父に勧められたんじゃあないかな?

ほほぉ、そうでしたか。

 

たわむれに、並んでいる詩のタイトルをすこし、書き出してみたら……、

美しい日没

月給取り奴

しずかな朝

夕方の三十分

九月の風

顔のなかのひとつ

夕焼け

僕を責めるものは

洗濯

秋の日の午後三時

夕暮れの町が

小さなあまりに小さな  ※詩集〈小さなユリと〉(全篇)

 

これだけでも、この詩人の在り様があらわになるけれど、

その詩風は、後世にけっこう影響してるんだ、と気づかされた。

黒田 三郎は、詩論(『詩人とことば』) の中で、

……北原白秋の詩からはことばの感覚的な美しさを除くと、何にも残らないような気がする。……

と書いている。

詩中で使う言葉に、過重な陰影を与えることをとことん嫌う黒田らしいなぁ、と思う。

けれど、言語表現に手が込んでいようと、あるいは、平明であろうと、

詩を読み終わったところから、読み手の中で何かが生まれ、行動が新たになること、そんな変化を起こさない作物は、

いまの僕にとっては、〈詩〉とは呼べない。

だから、黒田 三郎の詩は、いつしか僕を満たさなくなった。

同じように、洒落た表現には出合えるものの、小さな感覚世界に閉じこもりたい、短歌という作物、もそう。

馬鈴薯の花咲き穂麦あからみぬあひびきのごと岡をのぼれば     (白秋)

これぞプロフェッショナル、と呼びたいくらいに、たしかに巧いんですけどね。

では。

桑ズミ フォーエバー。

六月は、

いろんな berry (ベリイ) の熟れる頃。

梅雨の晴れ間、照り返しの庭で。

ジューンベリイの実をひとつ、ふたつ、もいでは口に含んでみる。

ごくたまには、しっかり甘いのもあるけれど、

だいたいは、甘味よりかは、飾らない酸味が、口内でまさる。

でも、戯れに楽しむ自然の甘さなら、あくまで、酸味と一体でなくちゃあ、いけません。

松本あたりでは、桑ズミ、と(方言で) 呼ぶ、桑の実もまた、

なんとかベリイ、という英語名らしい。

廃れた養蚕の名残りで、田畑のあぜ道には、桑が、いまも点々と残る地域に住んでいるのに、

実をつけている樹が、なかなか見つけられずにいた。

が、最近、ふとしたことで、拙宅から 1kmくらいの場所で、見つけたんですね。

樹高が 6~7mで、見あげると葉の陰には、何千という実をつけている。

枝を引き寄せて、すこし触れただけで、実がスッと落ちてしまう。

熟し切っている証拠なんだ、きっと。

柔らかい実を手に捕ったとたん、実がこわれて、指先が、出血したかのような鮮やかな赤で染まった。

この色素はアルカリ性だから、酸性の、レモン汁か梅干しで揉めば、中和され、たやすく消える。

それを識っていると、口の周りや手をむらさきにしたままで叱られることもなし。

小さい児が、酸、アルカリ、中和を学べる好機。

でも、今では、やはり廃れた遊びなのかな……。

では。

ナイス ゲーム!! をもっと (讃岐戦レビュウ❷)

今日、職場で。

ヤナさんが、

ナイスゲーム!!、と挨拶がわりに。

たしかにね、率直にチームを讃え、勝ちを喜べばいいんだ、と思いつつ、

帰り際、今度は ソネさんに、(アルウィン参戦) お疲れ様でした、と声をかけたら、彼曰く、

― これで、(ゴールを決めた) 滝 裕太は左で使う、で、決まりですね。

― それも、右インサイドハーフの村越 凱光とセットで、となるかなぁ?、と僕。

村越が中央でボールを受け、それを利き足(左)で、左奥のスペースへ配球、滝を前へ走らせるといった、定型的なパスワーク。

それが、ゲーム中、たしか 3度あって、そのひとつが、先制点に実ったのだった。

さらに、59分の追加点 (by 小松)。

その直前、ボール支配の時間が続き、

住田 将、下川 陽太が、相次いで左サイドからクロスを打っている。

そういう流れから今度は、小松 蓮が、讃岐最終ライン裏へと抜け出すタイミングを狙った、菊井 悠介のクロスから生まれたゴールだった。

1点目は速攻で、2点目は、じっくりと攻めた。

攻撃の引き出しが蓄積されてきたことが証明された、ゴールふたつで、なにより。

……、とこれで終わってもいいんだけれど、ひとつだけ。

今後、勝ちをより確かにするため、

相手が、ツートップ気味になって食いついてきたら、どうするか?、ってこと。

あのゲームの60分以降、讃岐が、その策を採用。

山雅センターバックふたりに対し、相手フォワードふたり、という構図において、数的な優位を保とうとしたため、なんだろうか?、

両サイドバックが、高い位置を採れなくなってしまう。

つまり、サイドからの攻撃が、急に影をひそめた。

ツートップ化と同時に、讃岐は、3バックに変更していて、

相手#10(右センターバック)が、息を吹き返したように、山雅の左サイドにたびたび侵入するようになった。

守りに追われて、攻撃に手がつかず、よって、讃岐にいいようにリズムを渡してしまう、といった印象。

それでも、なんとか凌ぎ切れた、けれど、

センターバックふたりが、同数(あるいは3人) の相手フォワードのファーストディフェンスに曝された場合。

その状況をひっくりかえして、当方に、攻撃の主導権を手繰り寄せる方程式、

(すべてを、蹴り出しで対応するのでなければ)
これは必ず、解いておかなければなりません、山雅。

たとえ、防御率が2点(ゲームあたり失点 1.4 )であろうとも、3点を獲って、ゲームをモノにするために。

では。