旬な攻撃で 相手最終ラインを疲弊させよ (富山戦プレビュウ❷)

もともと、富山は、やりにくい相手だった感があれど。

直近の2ゲームは、〈ヤラレタ〉感がかなり鮮烈。

だから、気合いで勝てるほど、サッカーは簡単でもないが、

たとえ虚勢であっても、気合いを入れたくはなる心情。

同じチームに 3連敗はないだろう、ってココロで。

さて。

ここまで、累計ゴール数は、ともに 35 で、リーグ 1位タイ。

シュート数は、山雅14 本(ゲーム平均)、富山 11本。

なので、富山は、(山雅にくらべ) より少ないシュートでもって得点する。

双方、ボール保持にこだわらない、そして、カウンター攻撃は、どちらかといえばロング。

して、富山は、システム 4 – 4 – 2 の一択。

……、となれば、山雅からすると、

お互いが、一対一のところでガツン! とぶつかり、中盤で、ボール奪取にあくせく、そんな展開に持ち込めれば、チャンスは多そう。

また、前線から富山最終ラインを追いかければ、

センターバックの今瀬、林堂あたりが、山雅ディフェンスラインの後方スペースへとボールを蹴り出すだろう。

で、これをかならず手に入れて反攻、でもいいんですけどね。

陣形をば、縦に間延びさせないで、速攻、遅攻を繰り返す。

ここ数試合で披歴している攻撃圧、すなわち、いまのメンツによる〈旬〉を表現することで、富山のセンターバックをいかに疲れさせるかが、ポイントと考えます。

センターバックの安定が、まづあって、

右サイドは、藤谷、安永の、左は、下川と滝の絡み、

そこへ菊井が縫うように入り込み起点となり、フォワードで完結するような、

緩急つけた魅惑のスタイルで、富山サッカーを置き去りにする。

〈とにかく結果論者〉には歓迎されそうにないけれど、

やはり僕は、ワクワクするサッカーを見せてもらうためアルウィンに行く派、です。

では。

時間は待ってくれるのか (兼 富山戦プレビュウ❶)

シーズン当初。

― 霜田さんに託すならば、少なくとも2年は必要だろう、だから、

プレーオフがあって、3チームが昇格できる2024季まで視野に入れてもいい。

こういう僕に対し、

― でもさ、霜田氏は、シーズンを重ねるごと成績が下降するのね。
山口も、大宮も。

と息子が、強く反論したものだ。

山雅のサッカーが確実に変容しているさまを見るにつけ、

僕は、今でも上に書いたように思っている。(息子もその考えを変えていないだろが)

かつて、霜田さんの指揮下では、多くの才能が開花、輝きをみせた。

けれど、彼らが上位リーグに移籍することによって、もとのチームの力が確実に落ちてしまう。

これ、トップリーグにいないチームの宿命みたいなもんだが、山口、大宮の軌跡をみると、かなり鮮明。
いづれも、当時の2季目のチーム編成が問われる、ってことか。

山雅が若いチームへと変貌すればするほど、さて、来季、このメンツで霜田サッカーを深めていくことができるのか?、が切実になるから、かなり〈あせり〉を感じるファン&サポーターは多いはず。

その中、リーグ戦で、なかなか連勝気流に乗れなければ、なおさらのこと。

しかし、過去3年で、指揮官が3人といった軸がぶれたような現象は絶ちきらないと。

……と、考えを整理しながら、向かう富山戦なんですが、

今節の課題は、勝ち切れないゲームを積んでいる今、かなり明白。

たとえば、前節の鳥取戦。

ボール保持は、60%。

シュート(公式記録ではない)は、10本台の半ば放って、ほぼ同数。

入れたクロスは、32本。

ボールを握って攻め立てるサッカーが、攻撃のどこで上手くゴールに結実しないのか?

花火をのぞけば、これの克服以外に見どころなどは、ありえないでしょう。

では。

マティスには,向日葵がよく似合う…

…などと、呑気なことを言っている初秋。

けれど、この季節になれば、かならず、

どこかでだれかが、先の戦争(1941~1945年)について語るならわし。

300万人の日本人が命を奪われたんだから、それも当たり前だろうが、

あれから、時もずいぶん経って、敗戦時にぎりぎり成人になった者は、生きていて 98歳。

10歳だったら、88歳。

要は、戦争を始めたり、旗振りをした者、参戦し得た者は、ほぼ全員が死に絶えてしまった。

正直言うと、

物心ついていなかったから、生れてないから、俺は知らん、を平気で押し通せる時代がやって来ている、と僕は考えている。

そして、どうしてああなっちゃったんだ?、と責めたくなる行動や態度が、テーマが違っても、今の日本には山ほどある、それが僕らの出発点だ。

自分たちの愚行を棚にあげておいて、過去を一方的に断罪もできません。

戦争、について言うなら、

人類史上、戦争は常在のことがらであるし、

日本のまわりには、油断のならない国家だらけ、という発想でなければならず、

核による被爆を専売事項にして、だからこそ我ら平和について発信すべき者、などといったオカシな自己規定は、もうやめることだ。

かりに、被爆国というならば、それを二度まで投下した米国に対する責任追及がどこかに飛んでしまっているような議論は、いくらやったところで死者は浮かばれない。

日本が戦争を起こしたことが、当然の帰結として日本への核兵器使用になったわけでは全くなかった、ということを、忘れてもらっては困る。

このいくさについては、過去一年だと、

伊丹万作(1900~1946、映画監督) による『戦争責任者の問題』(1946年8月発表)が、興味深く読めた。

短文ですし、青空文庫でもタダで読めますよ。

では。

なぞなぞ交歓。

小学一年生の男児と、夏休みの宿題をやる、涼しい場所を、

こじんまりした村立図書館の円卓に見つけた。

(もちろん、下見の際、職員の方からは許可を取りつけてある)

昨日のこと。

ふたつの椅子を寄せたテーブルの片側で、宿題に向かってしばらくすると、

― やぁ、久しぶり!!、と挨拶を男児に投げかけて、同学年とおぼしき女の子がひとり、卓にやって来た。

夏休み帳を覗き込むが早いか、テーブルから鉛筆を取り上げると、

さんすうの引き算を、両手の指を使いながらすばやく計算し、答えを記入してから、

― 半分やってあげたから、こっちの半分は自分でやってね、ときたもんだ。

― ありがとう。君のは筆跡が違うけれど、まぁ、いいか。
じゃあね、こういう引き算はどうかな?  なぞなぞだけど。

電線に すずめが 10羽とまっていました。これを鉄砲で打ったら、1羽落ちてきました。さて、電線には、何羽残っているでしょうか?

― 10 ひく 1、だから、9羽。

― 残念でした!  鉄砲の音に驚いて、皆逃げてしまったので、0羽が正解。

― では、こんどは私の番。

世界の真ん中にいる虫は何でしょうか?

― (すこし考えるもわからず) 降参。何?

― 答えは〈蚊〉。〈せかい〉の真ん中ね。

― じゃあ、次はこれだ。

男の子にはふたつあって、女の子にはひとつしかないものは?

― (すこし考えていたが) わからない。

そこで、やおら、ノートの余白に、

〈おとこのこ〉〈おんなのこ〉と並べて書くと、黙って、こ (の字)に〇をして見せた。

― ふーん。なるほど。

― 今度、友達にやってみてごらん。

……つむじ風ように襲来すると、さらり、と去っていった女児。

この間、5分もなかった、と思う。

ただし、訊いても、〈ゆいちゃん〉という名前しか教えてくれない、小学一年生なんであります。

では。

この夏に 逝く。

ランディ マイズナー (1946 ~ 2023.7.26) が、亡くなった。

享年 77歳。

日本流にいうと、団塊の世代。

元イーグルス(Eagles)の初期メンバーで、このバンドには、創設された1971年から、1977年9月まで在籍。担当は、ベーシスト。

イーグルスは、もともとリンダ ロンシュタット (1946~ ) のバックバンドとして作られたので、出発からプロモ―ショナルな産物だった。

というものの、聴くに心地よいウエストコースト臭が受けて、70年代からその後、かなりの人気を保つ。

全員がヴォーカリストとして一流であるから、そりゃあ、聴きごたえがあります。

今は、こんな動画で、ランディを偲ぶことに。
メインヴォーカルが、彼。

では。