閑散,のしあわせ。

一昨日、アベちゃん(仮名、職場の同僚)が来て、

― ロートレック展、行ってきましたよ。

ほほぉ、それで、どうだった?

彼、スマフォの画面を取り出して、

特別気に入った素描を何点か、見せてくれる。(この展覧会は、写真撮影が許可されている)

― これはね、このマントのボリューム感、そこがいいです。

ふむふむ。
画用紙への素描と、石板への描線はまったく別で、後者は、一本で決める、というテクニックだもんね……などなど。

― でも、いちばんよかったのは、場内に人が少なかったこと!!
これが、東京だと、幾重にも観覧者の列ができて、自由に動けませんから。

― まったく、そうだよなぁ。
観客よりも、展示を監視している係員(なぜか女性) の数が多い.、とかだよね。

とにかくも、人混み皆無の、自由気ままな回遊

これが、ご当地開催の、いちばんの旨味なのだから、

松本市民には、どうか、ロートレックに熱くなることもなく、ソッとしておいてもらいたい、と願うばかり。

では。

カフェは,必要だった、

先日ご紹介した、職場でご一緒している彼氏にとっては、切実に。

最近の、非番の日における行動の一端を話してくれて、

……材木屋さんの不要物置き場の中から、

欄間などを見つけたので、貰い受けると、

それを、なじみのカフェ(どうやら、オーナーが、大工仕事との兼業らしい)に持ち込んだ。

欄間は、さらに彫りと表面磨きを施す必要があるらしいのだが、

1,500円也、で買い取ってもらえた。

そのお金を握りしめると、

次に、これまたなじみの寿司屋に出向き、(おそらくランチタイム)

それを代金にして、から揚げをこさえてもらう。(その店のから揚げは絶品!!)

贅沢な食事の後は、某公園へと足が向く。

そこで、いつの間にやら寝入ってしまい、寒さで目が醒めた……。

― お金を倹約して、かつ、美味しいものを食するには、それなりの努力が必要なのよ、と彼。

こういった話は、妙に筋の通った説得力があって、

僕は、感心しきりであります。

では。

やはり,カヴァー曲『青春の影』(1974年)

僕にとって、チューリップのこの曲は、

やっぱり、そして、どこまでも、カヴァー曲なんだろう、と思う。

『The Long and Winding Road』(by The Beatles  1970年発表) の。

原曲のリリースから 4年後……の。

ジョー氏が、会話の中、青春の影に言い及んだのだったが、

氏には、チューリップのベスト盤(CD)をいただいた恩義があるものの、

この考えは、変わらない。

ここ30年で、なぜにチューリップが僕の中で退色したかと言うと、

強引に結論づければ、

柳ジョージが、ラブソングも歌ったのに対し、

チューリップは、ラブソングしか歌わなかった、その事に在る。

これが、キャンディーズならば、恋の歌だけでいいんだけれど。

で。

ジョー氏へのお詫びにと、原曲のピアノカヴァーを。

では。

 

プロテストソングそのもの『Blackbird』(1968年)

この曲は、ビートルズのアルバム『The Beatles』(168年発表)に収められた、

2分あまりの小曲。

実は。

この曲が、リトルロックハイスクール事件(1957年) と呼ばれる、

米国の高校における、人種差別と隔離策に触発されて、ポール マッカートニーが創った、という裏話をつい最近になって知った次第。

学校から排除されたアフリカンアメリカンの女性を擁護し、その解放を願う、

純然たる、人種的な差別を問うたメッセージソングなのだ。

けっして激烈ではなく、美しく穏やかな旋律と曲調が、

かえって、事の重要さをこころに届ける、そんな趣き。

ゆえに、美なるメロディを楽しむのはかまわないとしても、

漠然とした〈援歌〉とみなしてはいけない。

これは、同じ作者による『Let It Be』(1970年)が、

亡き母への追想と思慕を綴ったものであって、

宗教心や人々の苦悩への共感を、漠然と歌うものではないと同じ……。

では。

なぜ,カフェに居るのか?

職場の同僚に、カフェまわりをしている(らしい) 御仁がいて、

先日は、きのうは、どこどこに行って、誰々と話し込んでね、とご報告してくれる。

そもそも、僕の辞書には、〈喫茶店〉〈茶店〉しかない。

それが、カフェになると何が違うのやら、皆目わからん。

で、その使途とは、待ち合わせの場所にする、友人知人との談義、あるいは、次の仕事までの時間つぶし、それくらいしか思い浮かばない。

同僚によれば、そこでは他人との出会いがある、とのことだが、

かつての栄華(のように聞こえる)に関する昔ばなし、羽振りの良さなどを聞いてなにが面白い?、と訊くと、

そうやってご高齢者の話を聞いて差し上げる、ということ。

でもさぁ、松本あたりの政財界の(☜加筆)、裏事情を入手したところで、今のあんたには、どうなるものでもないだろう、と突き放しつつも、

ますます、出かけていく気が知れない。

僕の偏見によれば、上に記した目的以外で喫茶店に出向くのは、時間の使い方をほかに知らないがゆえの、時間浪費に過ぎず、

それならば、室温15℃を確保した自室で、

読んだり描いたり(書いたり)していたほうが、よっぽど楽しく、息抜きになる。

ただひとつ。

そこのオーナー(マダム)や、そこに集う誰かさんの気を惹きたい、というのであれば、

それはそれで、至極健全な目的だ、と共感できる。

では。