週末が,またやって来る 『Another Saturday Night』 

サム クックが、1964年に発表した曲。

今から、60年前に作られた作品を、

クラシックなポップス、として聴いている僕は、もはや、古色蒼然、クラシカルな人間だ。

他愛もない歌詞、軽妙な旋律と、テンポの良いリズム。

それらの絶妙なマッチングに、自在な歌唱を乗せる。

天才を感じさせます。

(サム クックに、ハズレはないんですけどね。)

……土曜日がまた、やって来ても、

僕には、誰もいやしない

給料出たばかりで、金なら自由になるんだけれど

話し相手がほしいのに、なんともヒドイ過ごし方。

ひと月前にここへ来て、たくさん女をみたけれど

ひとりもモノにできないのが、いまの僕の境遇なのさ。

ともダチのひとりが 俺には美形な妹があってな、と

会ってみたら 僕には無理だ その妹、

フランケンシュタインという名の猫にそっくりなんでね。

自分のまわりが見えない奴には タフな世だが

カネを使いたくなるような女に 逢えないのなら

この街を吹っ飛ばしてやるさ。……

と言う訳で、今日は、もう週末。

では。

『焦がれる心』。

きのう、帰宅するなり、家人が、

― 京子さん(仮名)からのライン、
いつも唐突で、こっちが(情報を)知っていて当たり前、と思っているんだから、と少々おかんむり。

許可を得て、メール文面をのぞくと……、

☞ 反さん 心のかたすみでちょっと期待していた、寂しい

☞ 清水出身だもんね 仕方ないか 反さんバイバイ

☞ 清水GM

……ほお。

でも、これだけでも、事情はだいたい察せられた。

京子さんは古参サポーターのおひとりであるから、仲間内のネットワークで想いも共有しているはず。

恩義の有る人々をいつまでも大切にする気持ちは、山雅ファン&サポーターの徳性だろう。

でも、僕には、いささか未練がましくて、鼻につく。

まるで、(Jサポーターとして) 幼いころに罹った水ぼうそうのウイルスが、また活発になる帯状疱疹みたいなもの、と思う。

聞くところだと、このウイルスは、ふだんは神経節に潜んでいて、宿主の免疫力が衰えると、元気になるらしい。

(註☞ 反町氏にとっては、過去にないほどに資金力が潤沢なクラブ、けれど曲がり角に来たチームでの仕事で、チャレンジ豊富だろうし、純情なエスパルスファン&サポーターのことゆえに、歓迎されるだろう)

で、免疫力の落ちた?山雅ファン&サポーターには、この曲をプレゼントします。

『Hungry Heart』(焦がれる心、1980年発表、ブルース スプリングスティーン作詞作曲、歌唱)

……ボルチモアでは、女房や子どもと暮らしてたよ、ジャック。
僕は ふと車で出かけると、戻ることもしなかった
どこに流れていくかも知らない河のように
間違った道だった けれど 僕は 進むだけ。

誰もが 焦がれる心で 暮らしてる
金をためて 自分の役割を果たしはするが
誰もが 飢え乾いた心で暮らしている。

女とは キングストンの とあるバーで遭った
恋仲にはなったが かならず終わる とわかってた
持ち物を そっくり分けて さようなら
で、いま キングストンに舞い戻ったってわけ

誰にも ホッとできる場所が 必要
誰もが ホーム ってやつを求めてる
誰が なんと言おうと違いない
ひとりぼっちが好きな奴など いやしない……

けっこう重い歌詞を、底抜けに明るい曲調に乗せて、一気に放つ。
スプリングスティーンが、愛される理由が、ここに在る。

では。

インターネット時代ゆえの孤立、

というか、蚊帳の外に身を置く、といった趣きのお話。

東京へ行って電車に乗ったりすると、車中の約9割くらいは、

思いつめたような顔で、じっとスマフォに見入っている、あの有り様。

僕にとっては、ほんと、ゾッとする光景で、

こういう景色に囲まれる日常ならば、すぐに、そこから降りてしまいたくなる。

といっても、ウェブでつながる世界からは、恩恵も得ているので、ますます逃げ出せなくもなる。

新聞は止めて久しく、週刊/月刊誌には、最近とんとご無沙汰。

給油待ちのガスステーションの待合で、手に取るばかり。

TV画面にしたって、出勤前の、時計代わりにぼうっと見るくらい。

他方。

日々起こる出来事を、丹念にインターネット上で捕捉しようともしない。

おかげで、小澤 征爾氏のご逝去を、一週間ほど経ってから、知った。

個人的なつき合いもない御方なので、訃報を逃がして日を重ねても、別にどうってこともないけれど、

小澤氏が、松本の街を本拠に、ずっと定期的な公演を持ってくれたおかげで、

ふさわしい会場としての、市民芸術館も成ったわけだから、

あれだけの、にぎにぎしい新体制発表会を観られることについては、

山雅ファン&サポーターとして、

氏に、深く感謝しなければならない、と思う。

享年88。

ご冥福をお祈りします。

なにか曲を、

で、ブルーベックとデズモンドによる演奏。(jazzです)

鳩が、青く見える、からの、タイトルなのかしら?

では。

くどくて,さわやかな曲。

英語 helpless とは?

help (助け) が less (無い、期待できない)、なので、

どうしようもない、お手上げ、孤立無援、やるせない……、そんな時に使うんでしょうか?

(☞ ただし、ネイティヴスピーカーには訊いていません)

この言葉が、曲中で、バックコーラスを含め、55回繰り返されるのが、

『Helpless』(1970年発表)。

クロスビー,ステルス,ナッシュ & ヤング(4人のグループ)のアルバム『デ ジャブ』が初出。

ニール ヤングの,作詞作曲。

……ノースオンタリオには、街がひとつ在って

 うっとりさせる 夢や 記憶が詰まっている。

いまだに 行きたくなる場所なんだな 僕の中で

だって 僕の変化は そこで起こったんだから。

真っ青な窓に  星々がきらめくと

黄色い月が 昇ってくる

でっかい鳥が 空を横切って飛んで

その陰が 僕らのうえに 落ちる

やるせない やるせない  あぁ どうしようもなく。

僕のいうことが 聞こえるかい?

鎖がしっかりと絡まって ドアは閉ざされている。

さぁ 一緒に 歌おうか?

ひたすら やるせない と……。

その2年前、日本では、『悲しくてやりきれない』を、

フォーク クルセダーズが歌い出した。

といっても、僕は、安易に〈同時代論〉など持ち出さない。

ま、偶然似たような曲が相次いだ、そんなこと。

今回は、作者 ニール ヤングご本人の独唱独演で。(1993年の)

では。

身勝手な拡大解釈は,マズイです。

凡そ、文学、絵画、音楽などの作品は、いったん作り手を離れてしまえば、鑑賞する側の特権で、自由に味わえる。

むしろ、創った側の説明などは、うるさくて、不要。

だから、美術展で、解説用のイヤホンを借りて会場を回っている御仁を見るたび、

急ぎ情報を仕込んでいる、にしたって、

せっかく〈画〉そのものに打たれたくて来ているのに、

余計な雑音で、感嘆の眼を曇らしてどうするの?、と思う。

が、しかし。

或る楽曲を、あんまりに身勝手に解釈していることもあって、

おいおい、それは違う、という例を、ひとつ挙げておきます。

早い話が、外国語(ここでは英語)を、日本語に直すにおいて、かなり素養が足りないゆえの、誤訳かな。

〈I Shall Be Released〉は、ボブ ディランが 作った曲(1967年中に)。

ザ バンドの歌唱(演奏)によって名声を得て、多くカヴァーされてきた。

歌詞(英語)をたどれば、これは、

冤罪で刑務所に入っている男の、プロテストそのもの。

たとえば、映画『ショーシャンクの救い』(邦題☞ショーシャンクの空に、1994年公開、米)の、無実の罪で 20年間監獄に居た主人公、そんな境遇が思い浮かぶ。

実際、世には多くあるに違いない冤罪のひとつを訴えようと、ディランが作った。

歌詞の冒頭……(萬年訳出)

とって代わらぬものなどない

行く手は 短くはない とは聞くが

俺は 忘れはしない

ここ(牢獄)に 俺をぶち込んだすべての奴ら、その顔ひとつひとつを。

おれの光がやってくる

西から 東へと向かって

そうさ、俺は釈放されるべきだ

すぐにでも   ただちに

英語は詳しくないけれど、shall、という言葉に、道義的に強い意思が込められていることだけはわかります。

この歌が描く情景を、表現したかったがために、

(ザ バンドで) ヴォーカルを担当したリチャード マニュエルは、、喉から絞り出すようなファルセットを、歌唱法として採ったのです。

結論。

いくら、美しいメロディーラインであろうとも、

漠然とした日常の不自由さ、束縛感。

そういったものからの解放、といったような、

甘え切った心情の表現としては、この楽曲を聴けない。

では。