ツバメ去りて 秋を知る

相方は今年も、

熟れつつある無花果(イチジク)の実のことで、野鳥らと争奪戦に突入した昨日今日。

僕は時々、その戦果にあずかって、くちばしが一刺し二刺したやつを、フレッシュでいただいているのだ。

先月25日あたりに、職場の軒下で子育てをしていたツバメたちが、その巣からいっせいに姿を消した。

きっと、もっと大きな群れへと合流し、南方への渡りに備えるためだろう。

僕の知っている限りでも今年、3~4羽のヒナが落命しているが、それでも多くの次世代を成長させて旅団に加え、南国に向かう。

で、隣家で営巣していた家族はどうかと観察しているんだが、こちらはまだ巣を後にしてはおらず、拙宅の上空をさかんに飛び交う。

頭上高く、あるいは、僕の腰くらいの高さで、僕の立っている数メートル先を滑空しているさまは、長距離飛行のトレーニングに余念なし、とみえる。

そうこうしているうち、もはや、季節の中には秋が紛れ込んでいて、雲は空に筋状に乱れているし、月見草の花が、目につき出す。

   ツバメ去り   空に残るる  ひっそりの月  萬年

彼らの長旅の無事を祈る、そして、互いに生き延びていれば、また来年。

別れの曲、『ラ ゴロンドリーナ』(メキシコ民謡、つばめの意) をたむけに。

では。

暑さを楽しめ『Thunder Road』

ほんの数キロ先では、物凄い夕立で道が泡立つ。

ところが、拙宅の周りに来ると、空からは一滴も落ちてこない。

あるいは、その逆だったりで。

夏の盛りの午後。
雲と雨は、不思議なありさまで地上に届いたり届かなかったり。

夏を楽しめ、と若い世代に葉書を書き送っている手前、こちらもせいぜいそのように暮らしたい。

ブルース スプリングスティーン(1949年~ ) のアルバム『Born to Run』(1975年発表)の中で、どれか一曲を選べと言ったら、ラストに収まった『Backstreets』になる。

けれど、こんな空模様を考えて、今回は『Thunder Road』に。

アルバム冒頭に置いた、という重みのある曲です。

雷鳴の道

玄関の網戸がパタンと鳴ると、そのドレスが目をかすめる

ラジオの曲に合わせ踊りながら、ポーチを横切って来るメアリー。

ロイオービソンは、僕のような孤独な連中に向けて歌っている

そう、今夜共にいたいのは君、僕を家に追い返さないでおくれ

ひとりで自分と向かい合うことは とうていできそうにないんだ……

と、恋人を誘い出すシーンから始まる歌詞。

その中には、卒後式に着たガウン、が出て来るから、おそらく、この6月にハイスクールを終えたばかりの若者なんだろうか。

最後、

さぁ、メアリー、車に乗り込んで

敗残者であふれたこの街を  僕らは出て行くんだ

勝利を手にするために……

スプリングスティーンのコンサートでは、歌詞を暗記した観客が、歌手と一緒に歌う、ってのが定番。

いかに詩が重んじられているか、ということの象徴でもありますが、2018年にはこの曲に啓発された同名の映画が公開されていることを知った。

亡くなった母親が、この曲がお気に入りだった、という設定らしい。

テーンエイジャーの頃に、ブルース スプリングスティーンにハマった母とは、米国式の、それこそ鉄板な世代論ですなぁ。

機会があれば、観てみましょうか。

では。

もうひとつの プロテスト。

7月と8月、祝日がどうもカレンダーと違っているぞ、というのは何となく気づいていた。

きっと、変更が印刷期限に間に合わなかったんだろうなくらいに思っていたが、
今日昨日から4連休、そして、8月には3連休になってることを、今頃になって切実に知った次第。

当方の知らない間に、国会議員の方々、祝日の切り貼りにいそしんでいたわけか……。

まぁ、エッセンシャル ワーカーなどと、言葉の上では持ち上げられている僕のような者にとって、連休はほとんど他人事の世界なので、そう騒ぎ立てるほどのことでもない。

仕事量に多少の波が生ずるくらいかな。

エディー コクラン(1938~1960年)の、『Summertime Blues』(1958年発表)は、夏休みにも無縁で働きつづけるテーンエイジャーのグチを歌った曲であるから、これも、立派なプロテストソングと言えなくもない。

サマータイム ブルース

大騒ぎしたいし、叫びたい
たいした稼ぎにもならい ってのに
この夏は働きづめなんだ

恋人とデートの約束をとろうとするたんび
〈ダメだ、若いの、今日は残業だぜ〉ってボスはぬかす
一体どうしろ ってんだよ、まったく

夏の憂鬱には 効く薬なんかなさそうで

〈今度の日曜に車を使いたけりゃ、金を入れてくれないと〉
って 母さんと親父に言われる始末

ボスには病気を口実に 仕事を休んだのさ
そしたら

〈あのな 仕事をしないやつに車は使わせらないな〉と来たもんだ

2週間ほどくれないか
バケーションを楽しむのさ
そして この苦境を
国際連合に持ち込んでやる

地元の議員に電話して訴えたらね
先生 こう言うんだな
〈助けてやりたいけれど、君、まだ選挙権がないんだろう?〉って
あぁ、夏の憂鬱は 直りそうもないよ

エディーは、21歳で交通事故死した。
もし生きていたら、いくつになるまでこの曲を歌っていたんだろうか?

では。

やっとこさの RAZUSO更新。

物事をうしろに引き延ばす性格を、なかなか克服できないでいる。

先日の、水戸戦の会場でやっと、今季のRAZUSO会員を更新した。

3,000円の少額ではあるけれど、ユース年代の育成に少しでも役立ててもらえれば本望。

北信越プリンスリーグでは、松本山雅 U -18 、現在10チーム中の第3位につけて健闘中。
2位の金沢U18から、8位の新潟明訓までが、勝ち点6のなかにひしめいていて、混線模様のまま。リーグ戦の半分を消化している。

これから一箇月、準備を怠らずに、次節8/28の富山U18との対戦に備えてもらいたいものだ。

うだるような夏を、やっつけてしまう気持ちで乗り切れ。

では。

たまにはプロテストする。

ゴルフやボクシングなんかの、プロとして認定されるために受けるテストのことではなくて。

世の中の大勢や体制がおかしいんじゃあないか?、と抗議する歌、プロテストソングを、たまには聴いているというお話。

プロテストソング、と言っても、結局は聴く方がどう捉えるか?、のことなので、たとえば、ビートルズのエリナ リグビー だって、そういった趣きで受け止める向きもあるかも知れない。

今回は、『Waiting on the World to Change』(世界が変わるのを待っている)。

ジョン メイヤー(1977年~)が、2006年に発表した3作目のアルバム『Continuum』の冒頭に、収められている。

2008年当時、僕は富士市(静岡県)に単身赴任していたが、このアルバムをば、殺風景なアパートの部屋でよく聴いていた。

僕や友人たちは皆
定見もなく なんにもできはしない と思われている
世界とそれを牛耳る者たちが すべてを悪いほうへと導いていて
それを乗り越え叩きのめすのは  とうてい無理と感じる

体制を打つのは むづかしい
そういったところから離れた場所にいる僕たちであれば なおさらのこと

だから 世界が変わっていくのを待ち続けるんだ

僕らに力があれば
隣人たちを 戦場から戻すこともできるし
クリスマスを家で一緒に祝えるだろう
ドアに黄色いリボンを掲げることも要らない
テレビを信じてみたところで
映っているものしか見えないし
好きなように情報が捻じ曲げられているんだぜ

戦いはとてもフェアでないことは承知しているが
そんなことは かまっていられない

いつか  僕らの世代が  大勢を占める日が来る

だから 世界が変わっていくのを待ち続けるんだ

もちろん、プロテストなどと構えたりしなくとも、ステキな曲に変わりはないことが、こんなカヴァーを聴くと実感されます。

では。