早過ぎないか、金木犀。

三日前くらいから、庭に周ると、金木犀の香りが感じられる。

それにしても、9月中旬にその香が漂い始めるとはチト驚く。

僕の感覚では、ここ松本ならば10日ほどは早過ぎるんですね。

もっと秋がひんやりしてから楽しみたい、という身勝手なんです。

それだけ、今年は寒暖の差がくっきりとしているのかも知れません。

そして、毎年のこと、この曲を思い出します。

では。

風について。

坂口 安吾(1906~1955年)に、『風博士』(1931年発表) という短編がある。

6,000字、つまり、400字詰め原稿用紙で、15枚程度の小品。

この作家の名を、世(といっても文壇の世界)に知らしめた作品、と解説されている。

あっけらかんと人を喰った道化的な作風は、今でも新鮮で、読ませる。

ただし、これを書いている作者が、物語の語り口のようなサーヴィス精神に富んでいた、とは考えないようがいいだろう。

堀 辰雄(1904~1953年)の諸作品は、さて、いまでも読まれているのだろうか?

まぁ、その作物をほとんど読んだことのない僕が言えることでもありませんが。

代表作に、『風立ちぬ』(1938年刊行)がある。

その題名は、ポール ヴァレリー(1871~1945年)の詩、『海辺の墓地』(1920年)の一節から、採られたもの。

   風 吹き起こる…… 生きねばならぬ。    (鈴木信太郎 訳   筑摩書房版)

この墓地には、現在ヴァレリー自身も葬られている。

当時、先祖たちが眠る墓石群の中、太陽光の真下で、地中海を見下ろしたヴァレリー氏の、白昼夢にまどろむ姿が偲ばれます。

で、風に関する断片の寄せ集めは、この曲で終わるんであります。

では。

もうひとつの 1966年。

明日対戦する、東京ヴェルディは、その後ろに、1969、と続く。

ヴェルディ(当時は読売サッカークラブ)の創設された1969年は、昭和にすると、44年。

1月早々、全共闘らの学生が占拠していた東大安田講堂を、大学側の依頼により警視庁の機動隊が投入されて、封鎖解除した年。

60年代は、まるで世界の終わりみたいに、世相や事物が沸騰していたんだろうか。

……さて、昨日、1966年について書いのだが、さらに、この曲だけには言い及ぶべきと考え、未練がましくここに追加しておきます。

以前、山崎ハコのカヴァーで採り上げたやつを、やっぱりオリジナルで。

『今夜は踊ろう』(1966年10月15日発売)、荒木 一郎 作詞作曲、そして歌唱。

今回聴いてみて、実に丁寧、かつユニークに作り込んでいることを、しきりに感じている僕。

荒木 一郎は、『最も危険な遊戯』(1978年公開、松田 優作主演)において、犯罪組織の手先として行動する、悪徳刑事役をこなした。

茫洋の下の陰険、そんな性格表出が魅力の俳優だ。

星の光がステキな……、という歌詞を、〈ホッシ― の〉と歌うところ、なんともお洒落、と思いますが、いかが?

では。

1966年 を記憶しておく。

この国の音楽シーンでは、ビートルズ(この年、来日公演)と、加山 雄三が人気のほぼ絶頂にあった、と書き留めたいがゆえの記事なんであります。

『夜空の星』は、『君といつまでも』の裏面に収められて、前年12月5日にシングルレコードとして発売されています。

編曲は、寺内タケシが担当。

若大将シリーズのひとコマをカットした動画を観ると、あぁ、出演者の多くが、ここのところバタバタと他界しているなぁ、そんなことばかりです。

では。

謳う資格を とやかく言うな (ラグビー代表アンセムに寄せて)

2019年の、列島をおおったラグビー観戦熱は、一体どこへ行ってしまったのか?
…とは、ある先輩の言葉。

― 町内会の役員会ね、ラグビー中継をTV観戦するとかで、議題消化もそぞろに散開ですよ、ったく。

と、当時、近所の山雅サポーター(役員のひとり) から愚痴を聞いたことがある。

地方都市の、そのまた辺境に住むオッサンや爺さまを虜にするなんて、サッカーのナショナルチームでもなかなかできないのに。

……、そう思っていたら、どうもラグビー業界は、ここ2年を、次なる始動のアイドリングの時期に当てていた模様。

この4月には、日本代表メンバー(候補)が招集されて、6、7月には国際マッチがおこなわれた、と聞く。(いままで知りませんでした)

更に、この7月に、来年1月に開幕する2022季国内リーグは新装なってご登場、とのリリースがあった。

18年間運営してきた、ジャパンラグビートップリーグ(TL)に替えて、〈ジャパン  ラグビー リーグ ワン〉(Japan Rugby League One)に再編される。

参入チームの呼称も変わり、24チームが 3つのディビジョンに分かれて、総当たりのリーグ戦をおこなう。

デビジョン1に 12チーム、ディビジョン2と3には 各6チーム、と頭でっかちの構成。

(どのチームをどのデビジョンへ編入するかの評価は非公開だったようで、ここら辺、かなり急いだ仕事の感がありあり)

いくら名前や体裁を変えてみたところで、すべてのチームが、100%企業のラグビー部である実体には変化がない。

したがって、ホーム&アウェイ方式を採用し、地元の結束(One!)と一体感の醸成、と謳ったところで、8割方のチームが、首都圏に集中している現況。

このあたりの事情を突破してリーグを盛り上げていかないと、その先にあるナショナルチームの活況も生まれない、そんなふうに診ています。

ラグビー合宿の聖地、菅平高原を近くに擁する上田市さんよ。

ここはひとつ、、この先、プロ化に進みたいであろうラグビー協会に取り入って、年間を通じた特定チームの招聘プログラム(準本拠地化)なんかを画策してみたらどんなもんでしょう?

さて、極東の某国などまだまだ及ばない伝統と実績を誇るのが、イングランド。(この競技の祖国ですから、当たり前?)

ここのナショナルチームのゲームアンセムとして歌われるのが、
『Swing Low, Sweet Chariot』(静かに揺れよ 愛しい馬車よ)

この曲はもともと、19世紀後半にブラックアメリカンのグループが広めた、ゴスペルの名曲。

イングランドのファンが採用した詳細は知らないが、1980年代から、このならわしが定着したようだ。


靜かに揺れよ 愛しい馬車※よ
故郷に戻るため 私を迎えに来ておくれ (この2行が歌詞の中繰り返される)

ヨルダン川の向こうに  何を見たかって?
それは  私に従い来る 天使の軍勢 

友よ 先に  たどり着いたなら
私も来ると 皆に告げておくれ

時には浮かび 時には沈むのが人の世
けれど魂は いつも 天を目指すのさ

輝かしい日が 来れば きっと
救い主が  私の罪を洗い流してくださるだろう……

旧約聖書、列王記下 2章11節。
預言者エリヤは、弟子エリシャの眼前で、火の馬が曳く戦車に乗って天に昇っていった。死を経ずして天に挙げられた、という。

※馬車(チャリオット)とは、馬に曳かせた戦車のこと。映画『ベンハー』には、この戦車によるレースが描かれている。

キリスト教の中で育った者なら、この曲の詞がこの出来事を下敷きにしていることはわかり切ったことだから、イングランドの人々は違和感なく受け入れたはず。

ところが、2年ほど前になって、イングランドラグビー協会は、同国のラグビーファンは、この曲の、由来や歴史的な背景を忘れ去って使用しているので、使用の是非について調査する、との声明を発した。

要は、奴隷としての苛酷な境遇からの救済を求めて生まれ、歌われてきたという事情に配慮もせずに使うのは、いかがなものか?、という提議か。

ここには、かつて宗主国として奴隷制度に深くかかわったという、加害者の自責心が在ることは確か。

時流に乗った提案、とは言える。

けれど、この論法でいくと、この曲を歌えるのは、アフリカなどからやって来た奴隷の子孫のみ、となってしまうし、奴隷制度糾弾の観点からしか、曲を扱えなくなりはしまいか?

曲なんてもの、一度世に出たら誰のものでもない共有な財産だろう。(著作権関係の話は別にして)

まぁ、クリスチャンでもなく、奴隷制度とは無縁と思っている東アジアの端っこに住む黄色民族は、二重の意味で、こういう事案には、いつも無頓着。

だから、某Jクラブのファンサポーターが、この曲をアンセムとして何の違和感もなく取り入れる。

無知なる者の幸福、ってことでしょう。

では。