時は どこへ赴くのか?

『Who Knows Where the Time Goes?』(1967年)は、
サンディ デニー (1947~1978年)が作った曲。

もともとのタイトルは、疑問形による否定構文だから、
〈時がどこに行くのか、誰にもわからない〉……か。

☞ 昨日よりインターネット接続不良のため、この記事は中途で投稿されてしまいました。改めて再投稿しますのでご容赦ください。(11/21 20:20)

では。

 

舞台裏がよっぽど面白い。

芸術家の楽屋は、醜いものだ

……は、当のご本人が語っているはずだけれど、誰の言葉だったっけ?

たとえ芸術家で無くたって、表裏に一分のブレもないような人格はそうそう在るとも思えないから、舞台裏の醜悪/醜態は、彼等の専売特許でもあるまい。

生れてこのかた、私は一度も偽証(=ウソ)したことがありません、と心底言える人格などいるんだろうか。

(僕の中では、『罪と罰』(ドストエフスキー、1866年)の登場人物である娼婦ソーニャは稀な例外だが、その個性にせよ、作者の創作した人物)

さて、リハーサルのほうが、コンサート本番よりも数倍魅力的な動画をみつけたので、今回はそれをご紹介。

芸術家の舞台裏のほうが、面白い、ってわけです。

ジェイミー カラムとルーマーのふたりがヴォーカルを採って、それに、スイングルシンガーズがバックコーラスをつける、といった構成。

『Tiny Dancer』(by エルトン ジョン)の、クラシカルな選曲も萬年好みです。

おそらく、スイングルズの誰かが撮っているんですが、殺風景なアパートの一室に、ヤマハのキーボードを持ち込んで演ってる雰囲気が、実にいいなぁ。

では。

熱いココロ,醒めたアタマ (新潟戦それから)

― 降格を、まるで瀕死のことのようにガタガタ言っているのは、山雅のことだと見境がつかなくなるような、ほんの一握りなんじゃあないの?

……、とは娘の言葉。

ポール サイモンじゃあないけれど、惚れ込んでしまうと、クレイジーにもなるだろう。(Still Crazy After All These Years)

2年前にはJ1に居た山雅が、まさかこの位置で苦しんでいるとは!、といった論調もあって、それはそれで、ありがたいお言葉。

けれど、ここ数年で J1に2度上がった、とは言うものの、1シーズン限りで即降格。
とてもとても、トップリーグのチームとしての風貌を得たわけでもない。

だから、2部にあっては、そこそこの上位に居ていいチームが期待はずれの降格圏に、が正確なところ。

いや、2部に居たって、毎年、毎ゲーム、アップアップでやって来たのだ。

この大変な時だからこそ、俺が行って応援しなくちゃあ、とアルウィンに足を向けるお方が、いまだに 7,000人超。
某公共放送でオンエアされたにもかかわらず、だ。

こういう方々は、山雅がどのリーグに参戦していてもやはり、現場で後押ししてくれることだろう。(もちろん、この規模がそのまま続くとは誓えませんが)

なぜなら、大方のファン&サポーターは、時々における山雅の不足と苦悩の中身を理解していて、それを克服した光景を見届けたい、と願っているからだ。

さて、新潟戦の引き分けによって、落ちる確率は、95%くらいには高まった。

でも残りゲームがあって、そこに数%でも可能性が在るならば、ココロ熱く共闘するのは当たり前。

でも、他方、アタマのどこかで醒めていて、チームの現状や行く末を見つめることも、必要。

何故かというと、参戦リーグが下ればクラブ存亡の危機、なんていう単純な考え方の裏返しとしての、J3 であれば無双できるだろう、という見込みもまた、妄想だから。

まして、J3を、〈底〉と言っているようでは、しっぺ返しを喰らいますよ。

現況の戦いぶりだと、J3リーグだって簡単には乗り切れないだろう。

だからこそ、残り4ゲームは、シーズンの区切りや総括として、チームの集大成をこそ、目指すべきでありましょう。

それが、来季どうなろうとも、プラス要素になって戻ってくる。

J3になったら、すべてご破算にできると思うのが見当違いであって、しかも、クラブにかかわる全員がお手上げのバンザイをしないかぎりは、山雅は続いていくのだから、次なる手も着々と備えないと。

精神論を全否定はしませんが、オール オア ナッシングの考えは、クラブの生存と存続を危うくする。

ですから、新潟戦。
ゴールキック19本と何本かのフリーキックにおいて、割り切りの徹底をみせたことを評価するとともに、ゲーム後、左足をきっちりとアイシングしていた榎本 樹の予後を、ずいぶんと心配しているのです。

これだけ頭角を現せば、どこかからお声がかかりはしまいか?、というジレンマを感じつつ……。

では。

アメトラは シーラカンスなのか?

ルノワール氏 曰く。

きょうび、アメリカントラディショナルのいでたちを重んずるなんてぇのは、せいぜい戦後ベビーブーマー世代(~1964年生れ)までのお話。

要は、(化石化した)シーラカンス的な存在、なんだそうだ。

半世紀前は、若人の遊び着としてもてはやされたものが、いまじゃぁ、爺いのご趣味。

今の若い世代には、見向きもされない、とか。

確かに。

なんとかビズが定着、タイを締めないのが当たり前になって、レギュラーカラーだと襟がつぶれてしまう首元のだらしなさを避けるため、ボタンダウンシャツが主流だ。

けれど、そこでは、やってはいけない無分別な、襟まわりの配色やら、色ボタンの使用やらが横行しているからなぁ。

……とか、こんな苦言を呈しているからこその、シーラカンスなんだろうね、きっと。

すると、1960年代末におこった、かの国の流行は、みづからのトラディショナル(伝統) からの息抜きだったんだろうか?

人間性というやつに変わりはないが、風俗は生まれ滅びる。ゆえに、風俗は記録して保存されなければならない。 (by 不詳)

では。

【コメント】
☞ルノワール氏より (2021.10.31 13:36)

恋人は底抜けの笑顔で
街角で楽しんだものよ♪
アイビールックの2人連れ♪
byシンシア

アメトラは街着なのです。アメトラスーツを着て自動車で移動ってのは🆖
電車で移動して
街を楽しむのがルーツ
晴れの日のタウンアンブレラ(グリーンのブラックウォッチターン
懐中時計、黒縁のメガネ
は欠かせないアイテム
 ↑
だからシーラカンスなのかも?
シーラカンス は絶滅危惧種
だが生き伸びて欲しい!

足許を見習え (マックイーン流)

最近になって、

アメリカン トラディショナルの着こなしの最高の見本は、スティーヴ マックイーン(1930~1980) だろうな、と思うにいたった。

50歳そこそこで他界したから、若々しい画像しか残っていないことも彼に有利なんだろうが、段返り三つボタンのフランネル スーツを、襟のロールもしっくりと着こなしている姿は、一級品です。

アメリカン エスタブリッシュの出身でもなく、反体制派だったのに。

特筆は、パンツの丈。

それがスーツであっても、綿パンであっても、常に絶妙な短さ、これです。

マックイーンは、身長175㎝ (一説には 177㎝)、ウエイト 73㎏ だった。

アメリカ人、しかもスターとしては、決して押し出しがいいとはいえない体格であったがゆえの、パンツの短さへの配慮だったはずだ。

この身長は、日本人と大差ない。

ゆえに、アメリカントラッドを装うならば、ぜひマックイーンの着こなしを参考にすべきだろう、と、特に、若人にはお奨めしたい。

なお、首が細い若年層の骨格を考えれば、アンソニーパーキンス (1932~1992) の襟ロールの作り方、カラーの高さを取り入れると、破綻がないように思う。

パーキンスは60歳で亡くなっているので、こちらも若々しさに富んだ着こなし例が多い。

まぁ、いちばん大切なのは、上から下までが、傍から見ていて気づまりするようなガチガチ感を避けること。

どこか抜いた肩の凝らなさ、気障りのない平静さ、それが、トラッドの基本でしょうね。

そして、なにかに一段落したら、ニット タイをばグッと緩めて、こんな曲でリラックスしましょうよ。

では。

【コメント】
☞ルノワール氏より (2021.10.26 21:04)

パンツ丈にもこだわりを持つ萬年さん
流石です!
アメトラの基本は
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パンツ裾幅23㎝
3、5㎝幅のマッキン付です
裾がダブルの為パンツ丈は後で修理不可
よって、とても気を遣います。
⭐
また靴によってもパンツ丈は、変わります
プレーントゥ、ウイングチップの場合はタッセルやコインローファーより1㎝長いパンツ丈が綺麗です。
こだわりこそがアメトラの醍醐味ですね。