久方ぶりの驚嘆。

8年ぶりに、スタッドレスタイヤを新調した。

さすがに、もう限界ですと、かかりつけのガスステーションの担当者から宣告されたのだ。

見積もりと、予算の限界の駆け引きの中で、(B社は断念) Y社の製品を履くことに決定。

最近まで、チェルシーFC(イングランド1部)の、ネームスポンサーだった会社です。

ユニフォームの胸マークからは消えたものの、現在でも、グローバルスポンサーと称し、支援、提携体勢にある。

で、先週。

履き替えてもらって、早速と、自宅へと向かったのだが、

自分がいままで、スタッドレスタイヤ装着で走行した時に聴いた騒音、というか独特のうなり音が、まるでしないではないか!!

帰宅して、スタッドレスに替えたの?、とタイヤを確かめてみてしまうほどに。

外見では、接地面の両端のエッジが、従来より丸みな形状であることぐらいしかわからんが、とにかく、いままでになかった、その静粛性には驚いた。

リーボック社のワークアウト(スニーカーの銘柄) をはじめて履いた時(30年前)ほどのものではないが、それに次ぐくらいの驚嘆、といえる。

これで降雪、凍結の路面で効いてくれれば、文句なし。

こういった製品クオリティー向上の努力は、すなおに、称賛したくなる。

では。

広報まつもと,の話。

ルノワール氏が、

― 広報12月号のおかげで、知人から、SNSでたよりがずいぶん入ってね、

と、まんざらでもなさそうに言うので、

ははーん、松本マラソンのワンショットにでもお目見えか?、と思ったら、そのとおり。

出張所でもらって来て開いてみると、

隣にご婦人、ふたりで並んで、カメラに笑ってらっしゃっる。

聞けば、彼女は同い年。

年齢別(女性)のディビジョンでは、4位入賞の実力者。

― そうなの?、一見、娘さんと一緒で、と思ったよ。

と、あやうく口から出るのを、グッと押し込んだ次第。

平和なことでメディアに載ったのだから、まことにご慶賀の至り。

そこで。

ルノ氏お気に入りの、オフコースのベスト(萬年によれば)、

『眠れぬ夜』(by 山本 潤子 カヴァー)をプレゼントしよう。

原曲を、思いっきりスロウテンポに歌っていて、これも面白い。

では。

萬年の 怨念。

この前の日曜日、久しぶりに、高遠に在る松茸山のオーナー(松本在住) と会って食事をした。

聞けば、10月下旬頃に、

左足の甲と指のひとつを骨折(骨にひびが入る)した、と言う。

それも、萬年の怨念の所為だ、というから、ずいぶんと穏やかでない。

高遠の親戚筋に挨拶にでかけた際のこと。

ついでに、山にいってみようか?、となった。

クマよけの鈴はふたつ身につけて、用意万端。(ちゃんと準備したんだ)

おかげで、松茸を数本手に入れることができたが、途中、イノシシと遭遇した。

不幸にも目があってしまって、追いかけられるハメに。

途中、切り株につまづいて転倒したものの、なんとか逃げおおせた。

帰路、日帰り温泉に寄って、そこで靴下を脱ぐと、

なんと左足が、ひどく腫れあがっている。

すぐにかかりつけ病院の整形へ行って診てもらったら、左足甲部と指骨骨折の確定診断。

湿布にて保存的治療となったが、しばらくは松葉づえの生活。

骨折して、すぐに頭に浮かんだのは、

― 萬年氏に報せもせず、自分だけ(彼女と)松茸採りに来たが、これはきっと、声をかけてもらえなかった萬年氏の怨念が作用して、イノシシに自分を襲わせたのだ、という想念。

たしかに。

秋口から初冬にかけて、今年は叶わなかった松茸狩りのことが、時々は脳裡を去来したことはあったけれど、

まさか、それが怨念に昇華して他人を傷つけるエネルギーになるとは!!、当のご本人も、まったく知らなかった。

待てよ?、するとですよ。

ひょっとしたら、鹿児島と富山の 2連敗は、この僕の怨念が作用しているかも知れないな。

けれども。

クロス30本を投入するゲームを続けながら、それを、勝ちにつなげられないとは、

山雅には、よっぽど、〈運〉というものがないのだろう。

では。

天使は, 静かに微笑んでいる。

数日前のこと。

2歳半の子に贈るには、仕掛け絵本は、どうだろう?

ページをめくると、画が立体として起き上がってきたり、

タグをひっぱると、絵の中の品物が、こっちからあっちへと動いたりするやつ。

そこで。

駅前の丸善なら、すこしはマシな品揃えをしてやしないか、と思い、

夫婦で物色しに出掛けた。

入店して、エスカレーターで2階に上がったところには、テーブルがあって、

これからのシーズンを反映したテーマで、仕掛け絵本が、山と平積みになっている。

そこには、男児 (おそらくは小学生未満、保育園の年長とおぼしき)がひとり。

次から次へと、絵本をあちこちしていた。

夫婦が、どれどれ?、と端から手に取り始めると、そっとそばに来て、一緒にページをめくる風情。

― ここをねぇ、こうすると、ロケットが飛び出すよ。

― ほらね、虹が、つながるんだ。

今が始めて試す手つきではない調子で、それはそれは、丁寧なレクチヤアが続いた。

おかげで、数ある中から、お洒落な、かつ、手ごろな価格の絵本に決まった。

けれど、そうこうするうち時間も経っているから、

一緒に来店したであろうご家族が心配していないか、と気にかかる。

聞けば、母親と同行らしい。

店内を捜して、この子をお返ししなくちゃあ、と家人が、

― お母さんは、黒い服着ているの?

捜しやすくしようと、母親の特徴を聞き出そうとするが、横に首を振っているばかりで、要領を得ない。

本人には、不安で寂しそうな様子が微塵もなくて、

碧いフレームの眼鏡の奥では、つぶらで大きな瞳が、柔らかく笑っている。

すると、売り場のそばに居た、同じような年恰好の子を連れたご婦人が、

わたしがその子が母と一緒になるまで様子をみていますから、という感じで引き取ってくださった。

都合30分も使わず、迷うことなく済んだ絵本の購入。

……あとになって、僕は考え続けているんだけれど、

あのなんとも言えぬ落ち着きと、柔和。

しかも、月曜日のお昼近くに、書店にひとりきり。

たとえ、あの子が、この街のどこかに、実在の人間であろうと、

僕ら夫婦にとっては、遣わされた天使であった、に違いない。

では。

『小倉日記』から。

(ライトアップに浮かぶ小倉城、by ジョー氏)

ジョー氏から、

北九州には、『小倉日記』という名の、有名なお菓子があると聞いた。

1899年(明治32年)。

森 鴎外は、置かれて間もない陸軍第12師団の軍医部長として小倉に赴任し、そこで、2年余りを暮らした。

その地で書き綴っていたのが、『小倉日記』。

後年。

夏目 漱石の葬儀で、芥川 龍之介がその受付を務めていたら、

なんともいえぬ気品をたたえた人物が訪れ、その雰囲気に圧倒された。

この紳士が、会葬簿に記帳しているのを覗くと、

森 林太郎 (鴎外の本名) とあった。

……このエピソードの出典がどこなのか、僕は知れないけれど、

こういった出来過ぎのお話しはやはり、誰かの創造に違いない、と思う。

では。