数年ぶりのルートビア……。

すくなくとも、ここ2年ほど。

ご当地松本では、お目にかかれなかったもの。

それは、〈ROOT BEER〉(ルートビア)

樹の根っこから抽出した液に、炭酸を混ぜ込んであるシロモノ。

ビアといっても、アルコールではなくて、清涼飲料のカテゴリーに入る。

萬年が、飲する唯一の、ビールなんだが、

松本の街から消えて、少々寂しい思いをしていた。

ところが、今日。

娘が、フツーに、市内某所の店頭に並んでいるやつを、購入してくれた次第。

なーるほど。

そこになら、在るわな、と勉強になりました。

これから、しばしばお世話になりますか。

では。

新味なきことを,恥じる。

― なんだよ。
山際 淳司流の評論から、一歩も踏み出していないなぁ、この投稿。

と、つぶやいては、(他人様の) スポーツ評論を読んでいる自分に気づく。

アスリート本人へのインタビュウを織り交ぜながら語る、スポーツ物の多くは、

1980年代、『江夏の21球』(by 山際、1981年発表)で開発された、

心理面の丹念な分析、ひとつの〈ストーリイ〉の読み取り(実際は創作)、多分に情緒的な筆致などを、ほぼ踏襲している。

あれから、45年。

半世紀近くが経っても、〈山際式〉を乗り越えるような、新型の評論は現れない。

……と嘆いてみたところで、

自分にしたって、

当日の天候、風物の移り変わり、自分の体調、そんな書き出しで始まる、

藤原 定家風な日記と、

そうは変わらない関心と気分で、ブログを綴っているではないか。

定家の『明月記』は、1180年から1235年の間に記述されているので、

なんだよ、もう、800年前の手法に縛られたままなのだ。

それを、小学校時代から、なにかにつけて刷り込まれて育つ日本人。

さらに。

自分の意見を偉そうに語っている、その語り口は、

なぜに、こうも、風流と品と礼節に乏しいのだろう、と他人を責める。

こういうのは、

吉田 兼好『徒然草』の、俺の慧眼で世を語ってやる、という見下した態度、

そのままではありませんか。

徒然草は、14世紀半ばの成立(伝聞)。

こっちにしたって、7世紀前に、随筆として語られた悪口、批評の思想を、ほとんど出ていない。

あぁ、何をか言わんや。

それでも、厚かましく書くんですけどね。

では。

なぜ? 給食のがいちばんなのか。

彼の中では、

学校で、給食に出るカレーが、いちばん旨い、のだそうだ。

家で、食卓にカレーが登場しても、

そう言い切ってしまうのが、この 10歳の徳性の高さだろう。

今から、

他人におもねる、なんてことを武器に人生をやりくりするようでは、先が思いやられるではないか。

その母によれば、

給食のカレーが美味しいのは、大量に調理するからだ、とのこと。

なるほど、その論法によると、

母によるカレーの上位に、母の母が作るカレーが、(彼によって)ランクインするのは、まことに理にかなう。

なぜならば。

祖母カレーのルーは、

○○ゴールデンカレー 大人の甘口と、○○バーモントカレー(甘口)を、ちゃんとブレンドしたものであって、

双方ともに、学校給食のそれとは、まるでけた違いな大量製造なのだから。

……しかし、ですよ。

なにかと強い味方のカレーというメニューが、

ココ〇チだと、トッピングをちょっとおごったら、2,000円……。

そういう世の中になったのか、という諦め。

では。

東京スカイツリーが,いまひとつな理由(わけ)。

電波塔として使うならば、都心の真々ん中だと、送受信状態が芳しくない。

それと、所有者である、東武鉄道さんのエリア(縄張り)を考えれば、

やはりあの辺、浅草界隈が、その立地として、手頃なんだろう、とは思う。

地上 300~400mの高みから、

大都会東京の眺望を楽しめるのは、素敵には違いない。

が、惜しまれるのは、ただひとつ。

その〈東京都心〉の光景が、

― あぁ、あれはなになに、あそこはどこどこ。

と、公園や建築物の具体名をあげて、観られないことなんです。

東京タワーを中心とした、あのなにやら完結したような世界には及ばないことが、

今回、初めての登塔だったけれど、知り得たことでありました。

ま、チャンスがあれば、一見の価値はあるかも。

では。

松本生まれの短命県人……。

朝食のテーブルで。

目玉焼きに、

あらかじめ、その元味を確かめることもせずに、

無造作、無批判に、醤油をかけているので、

― なんにでも機械的に醤油、というのは感心しないなぁ、と意見すると、

― だってさ、僕、松本生まれの短命県人だからね。塩分濃いのが好き。

10年前に、松本市で出生した小学生四年生は、自虐的に、こう応える。

ちなみに。

青森県の平均寿命は、男 79.27歳、女 86.33歳で、両者ともに全国ワースト1位。(2022年時)

参考までに、長野県は、男 82.68歳(全国 2位)、女 88.23歳(同 4位)。

……これだけみると、なんだよ、男女で、2~3歳の違い、と考えがち。

僕からすると。

今や、〈長寿〉は、それほどの善とも思われないし、

ヘタに長生きして、生活動作もままならなくなり、そこへ認知症も交じれば、要介護の身の上。

わがままな人間性がむき出しになって、自分だけを診てくれの身勝手。

仕事だからつきあってはくれようが、誰からも愛されなくなる人生。

だから。

そこへいって、2年、3年の長生きを競ってどうするのさ。

だが、しかし。

〈平均寿命〉(0歳児の平均余命)の短さには、もっと重い問題があるらしい。

たとえば。

青森県は、

どの年代でも死亡しやすいが、特に、

40歳台(男性)、つまり、働き盛り世代の死亡率が、きわめて高く、

長野県の同世代のそれと比べて、死亡率は、1.4倍、という。

生活習慣病(がん、脳卒中、心臓病)の死亡率が高く、

さらに。

ここへ来て、自殺率が、全国1位(ワースト)に転落。

小学生に聞くと、県をあげての短命県返上の取り組みがあって、

TVCMもよく流れているもよう。

……喫煙率、飲酒率、運動不足、朝食抜き、塩分多い食事などなどの。

― でもさ、将来、青森が長寿で、長野が短命の時代が来るかもね。

たしかにね。

始まった努力が結果に結びつくならば、彼のいうとおりかも知れない。

では。