塩尻峠の陥穽(落し穴)。 

長い年月をかけて、塩尻峠(国道20号)は、まことに走りやすいカーブの道へと整備された。

僕も、岡谷や下諏訪に出向く時には、

その道路づくりの恩恵に感謝しながら、クルマを走らせるのだが、

実に気持ちよく運転できる道となった、まさにその故に、

この峠では、岡谷、塩尻の両方面から走行する車両について、

スピード違反の取り締まりが、毎度お決まりの地点で、おこなわれる。

検挙された車の横を素通りする際、ドライヴァーの心情を思うと、まことに同情の念に堪えない。

と同時に。

あれが自分でなくてよかったと安堵し、もっと謙虚に!!運転しなくちゃあ、と思う。

だいたい取り締まりとは、危険な箇所でよりは、捕まえやすい場所でやるから、

上り坂の、これから直線になるあたり、つまり、漫然とアクセレレーターを踏みたくなる処、と相場が決まる。

そういう意味で、現在の塩尻峠は、比較的安全に、検挙件数を稼げるポイントだろうが、

実は、もうひとつ。

この峠道に特有な、走行レーンの在り方が、

ドライヴァーのおおくの、バッドハビット(悪しき慣習)を助長していて、

それが、取り締まりでお縄を頂戴してしまう要因になっている(と思う)。

つまり。

ドライヴァーが、左となりに〈登坂車線〉が連続するものだから、

〈走行車線〉を、〈追い越し車線〉と、勝手に決めつけて走行している

すると。

自然と、速度が、時速65キロを超過し続ける。

だから、よほど遅くない限り、

そうですね、制限時速の50キロメートルで走っている場合は、

堂々と、走行車線を走るべきであろう。

気を効かすつもりで、登坂車線にレーンを変える必要など、一切なし。

路を譲る、その要らぬ配慮が、他者の被検挙を招来しているかも知れませんぞ。

では。

数年ぶりのルートビア……。

すくなくとも、ここ2年ほど。

ご当地松本では、お目にかかれなかったもの。

それは、〈ROOT BEER〉(ルートビア)

樹の根っこから抽出した液に、炭酸を混ぜ込んであるシロモノ。

ビアといっても、アルコールではなくて、清涼飲料のカテゴリーに入る。

萬年が、飲する唯一の、ビールなんだが、

松本の街から消えて、少々寂しい思いをしていた。

ところが、今日。

娘が、フツーに、市内某所の店頭に並んでいるやつを、購入してくれた次第。

なーるほど。

そこになら、在るわな、と勉強になりました。

これから、しばしばお世話になりますか。

では。

新味なきことを,恥じる。

― なんだよ。
山際 淳司流の評論から、一歩も踏み出していないなぁ、この投稿。

と、つぶやいては、(他人様の) スポーツ評論を読んでいる自分に気づく。

アスリート本人へのインタビュウを織り交ぜながら語る、スポーツ物の多くは、

1980年代、『江夏の21球』(by 山際、1981年発表)で開発された、

心理面の丹念な分析、ひとつの〈ストーリイ〉の読み取り(実際は創作)、多分に情緒的な筆致などを、ほぼ踏襲している。

あれから、45年。

半世紀近くが経っても、〈山際式〉を乗り越えるような、新型の評論は現れない。

……と嘆いてみたところで、

自分にしたって、

当日の天候、風物の移り変わり、自分の体調、そんな書き出しで始まる、

藤原 定家風な日記と、

そうは変わらない関心と気分で、ブログを綴っているではないか。

定家の『明月記』は、1180年から1235年の間に記述されているので、

なんだよ、もう、800年前の手法に縛られたままなのだ。

それを、小学校時代から、なにかにつけて刷り込まれて育つ日本人。

さらに。

自分の意見を偉そうに語っている、その語り口は、

なぜに、こうも、風流と品と礼節に乏しいのだろう、と他人を責める。

こういうのは、

吉田 兼好『徒然草』の、俺の慧眼で世を語ってやる、という見下した態度、

そのままではありませんか。

徒然草は、14世紀半ばの成立(伝聞)。

こっちにしたって、7世紀前に、随筆として語られた悪口、批評の思想を、ほとんど出ていない。

あぁ、何をか言わんや。

それでも、厚かましく書くんですけどね。

では。

なぜ? 給食のがいちばんなのか。

彼の中では、

学校で、給食に出るカレーが、いちばん旨い、のだそうだ。

家で、食卓にカレーが登場しても、

そう言い切ってしまうのが、この 10歳の徳性の高さだろう。

今から、

他人におもねる、なんてことを武器に人生をやりくりするようでは、先が思いやられるではないか。

その母によれば、

給食のカレーが美味しいのは、大量に調理するからだ、とのこと。

なるほど、その論法によると、

母によるカレーの上位に、母の母が作るカレーが、(彼によって)ランクインするのは、まことに理にかなう。

なぜならば。

祖母カレーのルーは、

○○ゴールデンカレー 大人の甘口と、○○バーモントカレー(甘口)を、ちゃんとブレンドしたものであって、

双方ともに、学校給食のそれとは、まるでけた違いな大量製造なのだから。

……しかし、ですよ。

なにかと強い味方のカレーというメニューが、

ココ〇チだと、トッピングをちょっとおごったら、2,000円……。

そういう世の中になったのか、という諦め。

では。

東京スカイツリーが,いまひとつな理由(わけ)。

電波塔として使うならば、都心の真々ん中だと、送受信状態が芳しくない。

それと、所有者である、東武鉄道さんのエリア(縄張り)を考えれば、

やはりあの辺、浅草界隈が、その立地として、手頃なんだろう、とは思う。

地上 300~400mの高みから、

大都会東京の眺望を楽しめるのは、素敵には違いない。

が、惜しまれるのは、ただひとつ。

その〈東京都心〉の光景が、

― あぁ、あれはなになに、あそこはどこどこ。

と、公園や建築物の具体名をあげて、観られないことなんです。

東京タワーを中心とした、あのなにやら完結したような世界には及ばないことが、

今回、初めての登塔だったけれど、知り得たことでありました。

ま、チャンスがあれば、一見の価値はあるかも。

では。