老いることとは、

肉体的に、いろんなところが衰えてしんどくなること。

たしかに、それはある。

でなけりゃあ、あれほどTVに、非科学的なもの言いで、健康や美容効果をまくしたてたコマーシャルがあふれるはずがない。

30分以内で注文すれば、とは、まるで、詐欺商法のタイムリミット方式ではないか。

(いや、詐欺のほうが真似たのだろう、オペレーターへつなぐには……、などと言うから)

だが。

ああいった乱暴な宣伝に飛びついてしまうのは、実は、精神が病んでいるからなのであって、

老化とは、ある種の精神疾患である、と考えざるをえない。

加齢がすすむと、かなりメンタルヘルスが変調、変質する(個人差はある)。

高齢者の行動を観察したり、自身の精神活動を冷静に振り返れば、これはもう、

僕のなかで、否定できない定説となった。

だから、〈老醜〉とは、精神が病むことについて言うのです。

我が物顔の身勝手な走行への怒り、

老人を介護する側のフラストレーション、

これらすべては、相手が健常なる精神の持ち主と、勘違いしていることに発する。

現代では、〈老成〉は幻想であって、

介護されて、それを感謝する高齢者が稀少であることを知らないと、

けっして高齢者を巧く扱えない、と思われる。

(年齢が上がるほどに、ありがとう、をしなくなるのが、一般的ですがね)

では。

ようこ,だったら……。

(画像の版権帰属先:オフィス ウエストウッド)

― 山本 陽子さん、亡くなっちゃったねぇ、と家人。

最近、『〇〇の部屋』に出たばかり、と付け加える。

― あれって、いまはメッタにお目にかからない往年の芸人を出演させることで、高齢の好奇心を誘う番組だから、そこに登場したら、いつ死んでもおかしくない、ってことだね。

― なに言ってるのよ、司会者の〇〇さんがそもそもご高齢だから、呼ばれる人もその年代、ってこと。

(そんなこと言って、登場したガチガチの厚化粧を笑ってる)

そして、その日。

職場へ行くと今度は、ルノアール氏が、

山本 陽子が亡くなった、と 四度も声をかけてきた。

彼にとっては、沢口 靖子に比肩するほどの、絶世の美形だった (近年の姿は知らんとのこと) らしいのだが、

僕にとっては、まるで、代表作や、はまり役が思い浮かばない女優さんなのだ。

そこで、

― ようこ、といったら、僕には断然、松山 容子ですよ、一択で。

と応えておいた。

では。

☞ 記事中の固有名詞をご存知ないお方は、ご自分の〈若さ〉に感謝すべき。(特記)

他人事ゆえの、好き勝手。

高宮の、イト〇ヨーカド〇が、来年1月をメドに閉店、と聞いた。

僕の記憶では、20世紀末にオープンしているから、25年くらいしかもたなかったお店の寿命。

グループの、コンビニ運営会社からは、俺たちが稼いで食わしているのに、図体ばかり大きくて利益を損ねている、と思われてきたんだろうし、

株主からは、不採算部門を切って、今出てる膨大な利益を散らすな、

と強烈な圧力がかかっていたから、当然な経営判断であって、むしろ遅すぎた感はある。

こういう局面では、もはや消費者の利便の観点などは、どこかに吹き飛ぶのが、高度化された資本主義なんだ。

で、あいかわらず、近くて、便利、といったコピーを掲げているから、

コンビニで不足をまかなってよ、ということなんだろう。

じゃあ、残ったハコ(建物) はどうするのか?

僕からしたら、駐車場はふんだんにあるし、市街地の、ほとんど中央に位置するから、

現在地に建て替えが予定されている市庁舎の、

住民サーヴィス部門だけでも、ここへ入居したら?、と思うが、

地方政府の発想は、そんなにスピーディーではあるまいから、まぁ、無理か。

せめて、お隣の、ド〇キホーテに頼み込んで、こっちに移ってもらう?

とにかく、前向きになりたいよね。

では。

インターネット時代ゆえの孤立、

というか、蚊帳の外に身を置く、といった趣きのお話。

東京へ行って電車に乗ったりすると、車中の約9割くらいは、

思いつめたような顔で、じっとスマフォに見入っている、あの有り様。

僕にとっては、ほんと、ゾッとする光景で、

こういう景色に囲まれる日常ならば、すぐに、そこから降りてしまいたくなる。

といっても、ウェブでつながる世界からは、恩恵も得ているので、ますます逃げ出せなくもなる。

新聞は止めて久しく、週刊/月刊誌には、最近とんとご無沙汰。

給油待ちのガスステーションの待合で、手に取るばかり。

TV画面にしたって、出勤前の、時計代わりにぼうっと見るくらい。

他方。

日々起こる出来事を、丹念にインターネット上で捕捉しようともしない。

おかげで、小澤 征爾氏のご逝去を、一週間ほど経ってから、知った。

個人的なつき合いもない御方なので、訃報を逃がして日を重ねても、別にどうってこともないけれど、

小澤氏が、松本の街を本拠に、ずっと定期的な公演を持ってくれたおかげで、

ふさわしい会場としての、市民芸術館も成ったわけだから、

あれだけの、にぎにぎしい新体制発表会を観られることについては、

山雅ファン&サポーターとして、

氏に、深く感謝しなければならない、と思う。

享年88。

ご冥福をお祈りします。

なにか曲を、

で、ブルーベックとデズモンドによる演奏。(jazzです)

鳩が、青く見える、からの、タイトルなのかしら?

では。

この熱心を見習え。

― ねぇねぇ、これ聞いてよ。

昨日、入っていたんだけどねぇ、と言って家人が、

固定電話の留守録をひとつ、再生してみせた。

……(こちらは)総務省、電波監理審議会です。(何十分後に?)この通信を停止します……、とかなり早口にまくしたてていて、

画面には、問い合わせ先を思わせる電話番号があった。

発信元の局番をみると、81 から始まっているので、

― なんだこれ、海外からの電話だね。

他人をダマすならば、総務省を名乗りながら、外国経由で着信するようなのは徹底度がアマい。

かつ、言葉の調子があまりにも余裕がなくて、一本調子。

というわけで、高齢の主婦ひとりをダマすことさえに失敗だ。

やるなら、もうすこし、細部にこだわってもらいたいもんだが、

でも、日頃、電話料金を滞納気味にしているお方、または、あまりにも生真面目な人には、本当らしく聞こえて、折り返し電話してしまうのかも知れない。

このほかにも、アンケート調査に見せかけて、それに引きずり込むような着信は、しばしば。

こちらは、音声の頭が切れていて、入り方が唐突で、お話しにならない。

しかしまぁ、ダマすほうは、それはそれは(あまり無い)智恵を絞って、新しい手法の開拓に忙しいに違いない。

こういう熱心だけは、見習いたいものだ。

では。