変わることなく聴いてやる〈Back in The U.S.S.R〉

Back in The U.S.S.R

ビートルズ、1968年発表の 2枚組アルバム『The Beatles』の冒頭に収まっている曲。

〈ソ連邦に帰国して〉

マイアミ(米国)から、BOAC(今は亡き英国の航空会社)機で出発すると、

機上、膝に紙袋を抱えて、それはひどいフライト。

昨夜は一睡もできなかったけれど、

こうして、やっとこさ、祖国ソ連に帰国して、なんとラッキー……、

と、ソ連のビジネスマンが、自国を讃える。

歌詞の中で、各地の女性を採りあげてあって、

そこでは、ウクライナは ユークレン、グルジアを ジョージア、モスクワは モスカウ、と英語読みで押し通すのは、興味深い。

かの時代、世界は、冷戦中。

東西陣営が対立し、ソ連は東の親玉。

そんな状況を、リアルタイムで見聞きしているのは、現在、アラウンド50歳以上の皆々様に限る?

カーテンの西側に居て、東を礼賛風につづった皮肉、あるいは、まったくの無思想。

歌詞には、新味はないけれど、

チャック ベリーの、Back in The USAのパロディをやっちゃえ、だけで、これだけの作品を創れるところが、出色の才能です。

人気の絶頂にあったビートルズであったからこそ、俺たちにはなんでも歌えるぜ、という自負もあったのでしょう。

これを、軽快なロックンロールに、彼ららしいコーラスを乗っけた曲、というんだろうが、

僕など、通ってた高校の音楽の授業が、なぜか自習の時間となった日、

クラス委員みたいな級友が、じゃあ、今日はこれ流します、といってクラスで聴かされたのが、

このアルバム〈The Beatles〉だった。(僕は初聴でした)

天候のためだろうか、なんだか陰鬱な曲調に思えてしょうがなかった記憶がある。

たとえ、その後に、オブラディ オブラダが続いても、です。

たしかに、たしかに、優れたバンドには違いないが、

このアルバムに到達してみてはじめて、

このグループの力量は、

ポール マッカートニーの音楽的素養とセンス、

それと、プロデューサーのジョージ マーティンの、クラシック音楽の造詣、

これらふたつに大きく依存していたことがわかる。

でなけりゃあ、これほど多く、出来の良い楽曲は生み出せなかったことが。

なにも無理して、ここ2年あまりやってる戦争を引っ張りだす必要もないけれど、

かつての我が祖国ソ連は、いまもあまり変わらない?

では。

ほとんど,デジャヴの公式化 (鳥取戦レビュウ❸)

〈もっと懐疑的になろう〉

先の記事で取りあげた、4 – 3 – 3 (守備時は、4 – 2 – 4 へと変容)が、

まるで、新たな基軸のように、喧伝され、認識されそうなんだが、

実際は、従来も多分に観察されてきた、あるいは、プレイヤーの機転によって表現されたであろうこと

たとえば、山本 康浩のサイドプレイヤーとの連動、

ファーストディフェンス時の 最前線プレイヤーによる遺漏なき連携、

加え、菊井 悠介に高いポジションを与えること、など。

……それらを、システム的な観点から、オーソライズしたようなものなのだ。

そこへもってきて、スコア(4 – 0) がスコアだったから、

新システム = 絶対的な手当てのように受け取る向きもあるやも知れず、やっかい。

ま、このへんは、

最近、ガンズ諸氏は、ずいぶんと(成功には)懐疑的になっていて、単純で、しあわせな救済策、とは考えないだろう。

相手の出方、得失点のあり様によって一変するサッカーにおいて、しかも、実力伯仲のこのリーグにあっては、〈打ち出の小槌〉的な道などあるものか。

だから、仮に、これを採用し続けるにせよ、毎ゲーム、それをより高める努力が重要であり、状況によっては、棄てることもあるに違いない。

〈単純は、時として有害です〉

鳥取ファン&サポーター諸氏は、

今節のゲーム結果を受けて、どうチームを見なしているんだろうか?

願わくば、彼らがひたすら〈精神論〉に走らないことを祈る。

つまり、プレイヤーには、気迫、勝利への意志が足りなかった、とかの結論だ。

でなくて、むしろ、サッカーの方法論と、技量が議論されることを。

(競技者ではない)観戦者が、目の前で起こる事象を直観する際には、

ほとんどみづからの経験によって内面化された規則性に囚われてしまう。

この、いわば、超思考的な制約を、僕らは、たいてい忘れてしまう。

(☞ 超思考的とは、相手の心情をうがつ時に、自分の感じ方を深く投影している、と気づかないこと)

特に、不都合な事実(敗戦など) について、

自己の心象を、あたかも、プレイヤーの心もちとして決めつけておいて、

そして、批判しやすい。

……以上、いま時点での、考え方ふたつを整理しときます。

では。

やっぱり前方向だよね (鳥取戦レビュウ❷)

ゲームの総評。

前半に 2得点したので、

そのままゲームを支配できたら、後半も 得点可、と期待できた。
(そのまま逃げ切りをはかるサッカーでもないし、山雅)

特に、後半のなかば、鳥取側にいったんは傾いたゲーム潮流を、引き戻したのが奏功。

80分過ぎのゴールは、終盤に得点する割合が高い山雅の、データとおりの姿。

❶前志向の、細かいゲームワークのいくつか。
①上手くコントロールされた、連動による最前線からの追い込み。

②中盤では、相手が後ろ向きでボールを受けようとする瞬間を狙い、後方からボール奪取を試みる(4点目は、安永のそういうプレイが起点となった)

③自陣深くのスローインでは、(競らずに) 近くの味方にそのまま渡し、前方へパント気味に蹴り出させる。

④サイドバックは、ムダに後方へボールを下げず、タッチアンドゴーを使うなどして、前へとボールを運ぶ。

⑤縦パスによる中央突破であろうと、クロスからであろうと、ゴールマウス正面から、シンプル(ファーストタッチ)に、シュートを撃つ。

前へ、という姿勢をいちばん強烈に感じさせたのは、センターバック 2試合目の 宮部 大己。

プレイからは消極的なものが一掃され、サイドプレイヤーへのボール供給に冴えを魅せた。

にばんめは、樋口 大輝だろうか。(プレイエリアがとにかく広いのが、彼の武器)

❷4 – 3 – 3 というけれど。 (スタイルはシステムを選ぶ)
初期的、ボール保持時には、それでいくが、

相手がボールを持った状況では、4 – 2 – 4に変移して、前線からのディフェンスをおこなう。

スリートップに、菊井が加わり、4人で、相手のパスコースを限定する。
その際は、中盤は、ダブルボランチに。

ボールを手中にすると、ワンアンカー(米原☞安永)となって、

これができるには、特に、米原の成長(ボールの動かしの沈着、視野拡大、ヘディングの強み) が大きいと診る。

加え、山本 康裕が、右サイドで攻撃参加をする。

前半38分頃の、山本、樋口、そこへ村越が絡んで、右サイドを侵入していく連携は、このゲームの魅せ場のひとつ。(後半にもあった)

山本の、執拗なサイドバックとの入れ替わりによって、

最終的に菊井のシュートまでいった一連の攻撃は、山雅の定番のレベルに到達した感がある。
(大宮戦では、藤谷との間でこれをやることで、ゴールに結実した)

……かような、前志向と、出来る限り高い位置からの攻撃の発動

これがこの先、筋金入りのホンモノに成り得るのかどうか?

それを証明しなくちゃならないのは、特に、

沼津(次節)、福島(7月)、琉球(11月)、岐阜(9月)、奈良(9月)、これらとの対戦。

あぁ、精進は続きます。

では。

あっけらかんの 4ゴール (2024.6.8 鳥取戦レビュウ❶)


画像版権帰属先 ☞ ラムズガーデン

アウェイ鳥取の地で、4 – 0 の勝利。

まづは、現地参戦のファン&サポーターの皆様に感謝申し上げます。

……DAZN画面のこっちでは、

確かに勝ったんだが、見事なゴールの数々もあってか、

なんだか狐につままれたような非現実感がぬぐえない。

いやいや、それでもそこには、確かな勝因がありまして……、

❶ガイナーレの攻守切替えの遅さに助けられるも、その緩慢に下手につきあってしまうことをしなかったこと。
87分に 2ゴールとは、セレブレーションに時間を費やすことなく、ゲームをひたすら遂行したことの象徴。

良い意味でも悪い意味でも、今の山雅流サッカーは、こういったゲームの有り様になりやすい。

❷萬年が推奨した〈前志向〉サッカーを貫いたことを筆頭に、

そこには、チャレンジが仕込まれていた。(いままでのやり方のオーソライズ)

それは、次節アスルクラロ戦の予習、という意味でも価値がある(☞プレビュウで)

❸勝たなきゃあなんでもBOOの、(アルウィン名物) 頭脳の退化と硬直化が著しいゴール裏からはきっぱりと解放されて、自由な天地で闘えたこと。

これらみっつの重要度と、寄与度の軽重は、

❷>❶>❸、となりましょう。

では、チャレンジの中身については、レビュウ❷で。

どうやって前へ? (ガイナーレ鳥取戦プレビュウ)


今治戦のゲーム前、数年来の念願、魂込めた署名をいただく。

その今治戦。

今治は、後半になると、ゴールキックをすべてロングにして、山雅のハイプレッシャーを無力化した。

こうなると、最前線から追い込みをかけての攻撃圧を使うことができなくなる山雅。

前々々節の大宮戦。

ここでは、山雅が、大宮の強固な中盤を無力化するために、ロングキックを多用した。

大宮戦の勝因のひとつは、

馬渡、佐相のモチベーションを上手く活かした点にあったと思うが、

菊井を欠いても、それを補って余りある先発メンバーが組めたこと。

アウトサイドに、馬渡、藤谷、山口、佐相を配した、強力な布陣。

その意味で、現在、馬渡、滝が離脱?しているのは、痛い。

……、愚痴で始まってしまいました。

が、鳥取戦のポイントは、現状みられる行き詰まりを打開することを含め、

❶どうやって、最前線からの守備を機能させるのか?

❷サイド攻撃と、縦パスによる中央突破を共存させながら、
どうやって、ゴールマウス正面からシュートを撃つのか?

……この2点に尽きると診ます。

山雅流では、相手がボール保持した、保持させた状態から始めるのが居心地が良い。

鳥取は、リーグで3番目にボール保持をするサッカーを志向するから、その点、やりやすい、とも言える。

これ、決して、奪って反転のカウンター攻撃を狙っているのではなく、とにかく高い位置から攻撃態勢を採りたいのだ。

たとえ、相手がこちらのハイプレッシャーをスカすためにロングボールを、サイドへ散らす戦法で来ようと、

それを回収することを含め、陣形全体を間延びさせずに、相手ゴールにより近い場所から、ボールを持って攻撃にとっかかりたい。

これが今治戦では出来なくて、先制点も、結局は、ロングカウンターによるものだった。(本来の狙いにあらず)

もちろん、カウンターだって有り、だけれど、それを最大武器とはしないサッカーを究めようとしているはず。

では、ボールを手に入れたら、どうやってシュートまで行く?

クロス、シュート数ともに、リーグトップであるならば、

つまり、量はそれなりにこなしてるんだから、次は、クオリティ。

たとえば、サイドからやるなら、相手守備に時間的余裕を与えないようなクロスの投入にチャレンジ。

サイドで、しかたなく後方へパスせざるを得ない状況は観たくない。

そのためには、たとえ、藤谷を左で使ってでも(その場合、右は佐相) 、機会と時間のロス低減を!!

逃げの一手にみえるようなパスワーク、そのズレや齟齬。その印象が、観戦者には、直観として、闘えていないかのような直観として残ってしまう。

さて、クロスの、その先のこと。

ドンピシャで合わせて、シュートができりゃ世話ないが、

クロスだけで終わらずに、ボールをゴール正面で撃てるような工夫、が要る。

それがディフェンダーに当った撥ね返りであっても、中途半端なクリアであっても、こぼれ球であっても、

願わくば、中央で踏ん張って収めた自分のボールでありたいが、

波状的にやって、ゴールになる確率を高めなくちゃあ。

コーナーキックの本数も、山雅はリーグトップ

鳥取の守備がマンツーマンか、ゾーンかは承知してませんが、

その都度、大切に、工夫を凝らして打ち込みましょう。

では。