見せないものを 見たくなる。

週末のゲームが飛んでしまった山雅ロスの心情を、

すこしでも埋めようとして、

昨11日の練習風景を、SNS上で、

しかも、 10数分も公開してくださるとは、広報ご担当者のお仕事には、感謝申し上げたい。

観た限りでは、

ベーシックな身体づくりや、

コンパクトなスペースにおける、トランジッション(攻守切替え)の反復だから、

原理、原則の作り込み。

本当に重要だと思う。

……とまぁ、御礼を言っておきながら、

ゲームでは、同ポジションに、せいぜい2枚を選抜して配置するのだから、

誰と誰との、具体的な攻守におけるオペレーション、戦法を、

僕らの目の届かないところでは、必ずや創り込んでいて、

それが今度のゲームでは、表現されるに違いない、と思うことにいたしましょう。

では。

Our Home……。

 

週末が近づいたからだろう。・

今朝(金曜日)出社したら、複数の方々から、

アルウィン使用停止の件について、話しかけられた。

こういう健全な関心を寄せていただけることは、まっこと有り難いこと。

― うーん。施設管理者(長野県)にしてみれば、屋根(架台)について、まづは、スタジアムのすべてを精査するのでしょうしねぇ、と僕。

― でも、ホームが使えないのは、ダメージでかいでしょ。

― (移動と観客収入にとっては相当マイナス)、

けれど、アウェイのほうが、チームがノビノビやれるのでは?、なんてね。
かならずしも、ホーム声援が、チームを後押ししているのか?、疑問でもありますし。

今季ここまで、アウェイ勝率は、ホームのそれの半分の 20%であるから、

アウェイ絶対的に不利、と言いたいが、これも途中経過なんで、

終わってみれば、どっちかに優位性がハッキリ出るとも思われない。
(2024季は、まるで双子のように、ホームアウェイ勝率が 40%で合致)

今季は、いま時点の全体勝率が、30%程度だから、

そもそも議論にもならないか。

『Our House』(1970年9月発表)は、

クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング (略して、CSN&Y) の楽曲。
書いたのは、グラハム ナッシュ。

どちらかと言えば、凡庸な曲だと思うけれど、

彼らが寄って創りあげると、ここまでに聴くに堪える出来となる、という見本。

 

悲観的にも、楽観的にも、どちらにもならない、なれない気分で、聴いている。

ここでは、Walk Off The Earth によるカヴァーで。

 

では。

高齢化時代の終わり。

先日。

人口統計について、論説を読んでいた。

時代が明治に変わった頃(=江戸末期) 、日本の人口は、3,000万人強。

これが、太平洋戦争(80年前)の頃に、5,500万人になった。

この増加は、

出生率は変わらずに、長生き(延命)するようになったため。

そこから、〈人口爆発〉(特異な事態) が起きてしまって、倍以上の人口を抱えることに。

社会や経済も、しかたないから、それを容れる規模にまでしてやってきた。

だから、人口減少の局面となったら、

いろんな方面で、設備過剰に陥り、滅びていくものの手当てに頭と手がまわらない。

災害復興の遅さは、被害の大きさゆえ、というよりは、

原状回復に力を投入しても、将来に期待できないから。

いまさら、でかいショッピングモール作って、どうするんだろう。

で。

現在、高齢化、高齢化と騒ぐのは、

ベビーブーマー世代(1946~64) を先頭に、多量にこの世に生まれてきた人々が、やがて死に絶えるまでの間のことだから、

これから、せいぜい半世紀間の我慢、我慢。 (☜ これは僕の推論)。

それ以降は、

新しい人口階層、動向の時代が、おとづれるのだ!!

それが、生産や需要が、今よりずっとシュリンク(縮んだ)した世界だとしたら、

テーマ〈持続可能〉は、人類の勢いが消えれば、人類が跡を絶てば、地球上に、自然とそなわるのだから、

ほおっておいても実現する。

ある学説によれば、人類は、耕作に手をつけた時点から、地球の自然環境にダメジを与えてきたという。

自分たちも、この地球も、ともに生き延びたいとは、我らの虫のよさに過ぎない。

では。

ピンチは活かすためにある(福島戦レビュウ❷おしまい)

かつての上司(有能だった)は、

できない理由はいいから、どうやったらできるようになるかを、A4一枚にまとめてレポートせよ、と終始オーダー。

これが、最良の訓練だった。

小学校3年生が理解できる平明な日本語で表現できなければ、結局は借り物で、

自分の思想になっていない、と同様に、大切な教え。

さて、ゲーム。

我らについては、ボールを握る主人公になれず、戦い方がぼやけてしまった。
(シュートモーションは8回、クロスは後半挽回して 19本)

霜田サッカーは、

頑なだったかも知れないが、攻撃的姿勢をとおす面では評価できた(守りに入ると脆弱だったが)。
おかげで、僕などは、 4 – 3 – 3 に未練がある。

ボランチは3人、と腹をくくればいいじゃん、と思う。

ゲーム評。

両者ともに、力量表出において、昨季より絶対的に後退した、

ゆえに、総体的(=順位)に低下、つまり、プレイオフ圏は限りなく遠い。

僕の中で、ゲーム評価が定まったから、

プレイヤーコメントを読んだ。

すると、すべてマットウな内容だったので、嬉しく思う。

想来は、(そのために途中投入されているにせよ) ツートップの効用を強調している。

やはり、ビハインドになってからの苦し紛れの手法にすべきでなく、先制狙いの方法であることは明確だ。

馬渡は、自分のミッションは、とにかくクロス投入と言い切る。
あとは中で応答せよ、と。

龍平のごとくに、我慢できずに中の準備を無視したアーリイなやつを入れることもしない馬渡の、この言葉は重い。

陸王は、自分の持ち味は、#10とは違う、と宣言。

いいじゃあない?、こういうの。
今の背番号#20を、半分にすることをめざそうぜ。

つまり。

敗戦後でも、

やってるプレイヤーたちは決して、できない理由探しもしないで、

得点するためにやるべきことにフォーカスしている。

こっちは、それを支援、応援するのみ。

今季の落としどころは、おのずから決まってくるだろうし、

あれもこれもの時季でもなく、

シンプルに、できることにフォーカスしよう。

では。

これほどシュートが遠いとは…… (2025.10.5福島戦レビュウ❶)

DAZNで、ゲームの前半を観た。

(ただし、後半開始~60分はのぞく。おそらくは、観るに値しない)

まづ、福島。

世評を得ている、中央突破の縦パスを見せておいて(いわば、オトリ)、

相手が奪取しようと喰いついてきたら、その後方の、

前線に張るフォワードひとりにロングボールを入れ、彼が相手ディフェンダーと競っている間に、

他の5人くらいが急襲的にペナルティエリアに駆け上がってくる戦法。

実際に、縦パスで迫ったのは、1、2回。

だから、それは、むしろ魅せ球でした。

対し、山雅。

僕は、自分の感性を邪魔されるので、

当事者のゲームコメントは、敢えて読まないことにしてるんですが、どうしても眼に入ってくることもあって、

今節、指揮官は、〈守備的になり過ぎた〉とコメントしているみたい。

つまり、こういうことか。

福島定評の縦パスを、どこで奪取しようか?に囚われ過ぎた結果、

狙う、といえば聞こえはいいが、ボール回しをかえって〈許容〉するハメになった。

たしかに、陣形を組んで、立ちんぼして、網を張っているような態勢。

あまりに対応的に傾いて、自分たちのドメイン、つまり、根拠地(サッカーの芯)を脇に置いてしまった。

ただでさえ、十八番の攻撃パターンが繰り出せないところへ持ってきて、

奪うこと自体が目的になると、

たとえ奪っても、

その後、さて、どうしたいが不透明で、ボール保持をマットウできず、結局は、シュートに持ち込めない。

持ち込めても、脅威的な一打とならない。

こういうと失礼だが、

こうもシュートとは、撃つまでに手間取るものなのか?

素人の浅ましさゆえ、

僕など、あらかじめボールを送るタイミングとスペースを決めておいて、

約束事として、そこへプレイヤーが侵入していく、でもいいでしょうにと思う。

現況、観ていると、無理に困難なところを狙って、人とボールが入っていくように思えてなりません。

そうやろうとしてるが、これが精一杯ならば、責められないかな。

樋口 大輝(右サイドバック)。

前半に、クロス入れた仕事があったっけ。

この程度の出来で先発を獲れてしまうと、今後の成長を危うくしないかい?
(来季は、どこかで修行すべき)

山本 龍平は、左(=前方)を厳しく切られると前進できないのだから、

安永や康裕は、そこを斟酌してパスを出すとか、あるいは、

龍平を囮にしていおて、宮部が外側を突貫するしかないのでは?、

こうなったら、永井 颯太(FC琉球)を獲って、左サイドでドリブルしてもらおう。

……と、毒舌になってしまう。

では。