無題。(2025.11.5宮崎戦レビュウ)

一度は追いつくも、その1分後に突き放され、そのまま……ジ エンド。

スコアは、1 – 2 。

晩秋の小瀬の趣きもあって、

なんだか寂しいゲームでした。

昨夜の準備と運営に携わっていただいたすべての皆様に深く御礼申し上げます。

 

……その場その場で、余裕もなしにあくせくやってるんですけどね。

定番的な、決め手、決め技を持たないサッカーは、観ていて辛いです。

対し、宮崎は、ツートップが、ここぞで、十八番のシュートを決め切ってますから、

究極は、その差が、勝敗を分けました。

まぁ。

今持てるカードと連携で、これから 4ゲームをマットウしましょう。

ここまで来たら、できない事をあげつらっても、要らぬ雑音に過ぎません。

数値的にプレイオフ圏内確保が消滅した途端に、

指揮官指弾のキャンペーンにいそしむような、

某新米(メディア)とおんなじに思われても心外ですしね。

ただただ、滝 裕太の怪我が心配です。

では。

忘恩の見苦しさを超えて。(宮崎戦プレビュウに代えて)

あれ?

今晩対戦する宮崎って、ヴァンラーレじゃあないし、グルージャでもないし。

それからやっと、テゲバジャーロが出て来て、大変に失礼なことをしているのだが、

すぐに思い出せないネーミングは、

やはり、どうにかならないものかね、と八つあたり。

ともかく。

こんな形容で申し訳ないが、我がチームには、悔いの残らないゲームを、と願うばかり。

この場合、ファン&サポーターにとっての悔いかどうか? は、ニの次の話でいい。

公式サイトの鹿児島戦の〈フォトギャラリー〉をみたら、

ゲーム後の挨拶の中で、ゴール裏観客から糾弾があったのか、

それに応えている大内や、黙して聞いている選手数人の姿が写っている。

だいたいが、2度は(ゴールの)歓喜を味わわせてもらっておきながら、

その恩義も忘れ、

頭を下げにきているチームに向かい、

こともあろうに、穏やかな会話もままならぬ場で、

負けた腹いせをぶつけている者は、一体、何様のつもりか。

だあれも、君らを、ファン&サポーターの代表に任じていないのだよ。

遠征費用の金返せ、とでも言っているなら、少しは、同情するがね。

 

山雅の公式サイトの責任者に申し上げたいのは、

言われっ放しの選手を見せるリアリズムをおこないたいのならば、

同時に、文句言ってる輩の、ヨシヨシしてもらいたい賎ましい姿をも、あからさまにすべき。

見せる価値もないのはわかるけど、なにごとも、フェアにいきましょうや。

 

……好きで、甲府くんだりまで参戦するファン&サポーターへの義理は差し置いてもいいから、

くれぐれも、自分(の価値)と、家族のために戦おう。

松本山雅の選ばれた戦士たちよ。

ひと言だけ。

ゲームラストの25分間で、ピッチに、インフォーマルなリーダーシップ(実質的キャプテンシー) をどう残すのか?、がポイント。

そこからさかのぼって、スタメンを編成でしょうね。

では、小瀬で。

惰弱を演ずる力。

惰弱(だじゃく)。

辞書をひくと、

〈意気地がないこと〉〈決心がつかず意思が弱いこと〉〈体力が弱いこと〉。

ま、好印象の文脈中では、決して使われないけれど、

一般的に流通している価値や評価について、うじうじと

まづは疑ってかかる僕にとっては、それほど嫌な言葉でもない。

80数年前、日本人全体が惰弱であったならば、あのように大風呂敷をひろげた戦いには没入しなかったろう。

その民に、敵への投降を禁じ、死ぬ決意を強要するような国家は、百害あって一利なしであるから、

いっそ滅びてしまうほうがよい。

事実、1945年8月15日に、それまでの日本は、ある部分で滅びた。

けれど、その滅び方が、他者、すなわち、主に米国都合だったがゆえに、

その滅亡をキチンと評価できず、いまもその後遺症で悩んでいる。

いや、その悩みを感じていないことのほうが、たちが悪い。

……横道に逸れた。

ジョー氏に、ポール ニューマンの出演作で、お薦めはある?、と訊かれた。

彼、〈ハスラー〉を観て、この男優に開眼したらしい。

― そうねぇ、〈評決〉〈明日に向かって撃て〉あたりかな、と応えたが、

翌日になって、〈スラップショット〉を追加した。

ほんらいならば、〈スティング〉を推すべきだったか。

どれを観ても、それほどハズレはないだろう。

彼は、逞しさ、と同時に、〈惰弱〉を、いとも自然に、スマートに演じられる役者なので、僕は好きだ。

秋(あるいは冬?)の陽光が差し込む法廷で、

陪審員に向かっておこなう、弁護士としての最終弁論の場面は、秀逸。(評決)

そうだ。

あの作品は、やはり、この季節に観ないといけない。

と、我ながら、わけのわからんことを言っている。

では。

良いファイトだった (2025.11.2 鹿児島戦レビュウ)

2点先行したものの、

ゲーム終盤に、三つ被弾して、2 – 3 の敗戦。

こういう負け方が続くと堪えるけれど、

たとえば、ルーレットの目が、

27、28と出て、次に、まさかの 29にきた、くらいなことで、

物事の継起になんらかの因果を求めるのは、間違っている。

 

村越、滝の、鋭敏なプレイによる複数得点は、グッジョブだったし、

スタッツのファールが、鹿児島とほぼ拮抗したのは、球際に強く迫る意識がチームに徹底されていた証拠。

さらに、安藤 翼のプレイの、安定した〈懐かしさ〉があったりで、

現在3位、リーグトップクラスの攻撃的チームとほぼほぼ互角にできていたから、

今季、上等クラス、かなり見ごたえのある好ゲームだった。

ただ。

鹿児島には、

ゲームを、同点にしてひっくり返す仕事を、必然のことのように行える、チームとしての根拠(方法論)のようなものがあって、

その部分が、両者の差であり、現状の山雅には、みられないが、

でも、そういう方式、格率は、手に入れたいね。

交代カードを切る時間設定はあるが、

残念ながら、ゲーム進行の時間管理はないとしたら、

唯一、チームに求めるべきは、

勝つためには、保険として、3点は先行しよう、ということに尽きる。

では。

一にも二にもセットプレイ (鹿児島戦プレビュウ)

冒頭。
息抜きに、朗報をひとつ。

10/25 関西大学リーグ1部の、桃山学院大 vs 大阪学院大 戦において、

来季加入内定の、藤枝 康佑君が、

ハットトリックを達成 (ゲームは 4 – 1で勝利)。
それも、先発で出場した 75分間で。

ここまで 18戦(先発 17) 出て、16ゴール。

ゲーム当り ほぼ1得点をゲットしつつ、現在、得点王 (2位は 12ゴール)。

……かように、山雅のスカウトは優秀、良質なタレントを見い出す。

 

さて、対鹿児島戦。

これだけ、蓄積されたスタッツで圧倒的に不利な立場だと、

勝ちにこだわるのなら、

対戦コンセプトは、相手の裏をかいて、勢いを削ぐような〈奇策〉でしかないはず。

我がチームが、採用するかどうか?

坦々とやる未来が見えてしようがない。

が、けれど、念のためにご提案。

スローガン❶〈一にも二にもセットプレイ、三四がなくて、五にセットプレイ〉

鹿児島は 4バックシステムを採用し、

ピッチにプレイヤーを均等に配して、横幅を広く使うことで、

両サイドからの切り込みを武器にして(リーグ随一に強力)、

ボール保持には執着せず、カウンター的な攻撃を発動する。

であるならば、

サイドプレイヤーのところで、

スローガン❷〈戦わずして、優位を獲る〉

つまりは、デュエルで勝負なんて考えは棄て(いまのサイドバックの守備力では勝てない)、

駆け上がろうとする鹿児島サイドプレイヤーの裏を狙う。

頭越しのスカしたようなボールを入れ、

俊敏性に優れた滝、佐相、村越を、ひたすら相手陣内の奧へと走らせ、

ボールとスペースを握り、そこを起点に中をうかがう。

たとえ、

良質なクロスが入らず、中とミートせず、ただちに得点が生まれなくとも、

相手ゴールラインまで迫れば、コーナーキックを得るチャンスはあるし、

深い位置で被ファールとなれば、高い位置でフリーキックを獲られよう。

スローガン❸〈センターバックは高い位置に居残れ〉

出来る限り、彼らの攻撃参加の時間を増すこと。
セットプレイこそ、その貴重な根源。

それと。

相馬さんは、採用システムを几帳面に保持することもしないのでは?

ならば、こっちは、割り切って

5 – 4 – 1の律義なラインを緩めてしまっても、オープンな展開をおそれず、

攻撃のためには、たとえ、みづからの攻守バランスを緩めてでも、前へ進もうか。

では。