開幕前 言いたい放題❶ (リーグのイジメ)

リーグ戦の幕が上がれば、消し飛んでしまうことでも言えるのは、たった今。

だから、言おう。

その第1回は、慈悲深く見えるが、かえって、冷たいリーグのこころについて。

昨年の今頃、学年のはじまりを9月あたりに持っていけばよい、といった議論が降ってわいた。
よく考えるとわかることだが、この変更は、日本の社会的な活動の枠組みから変革していかないと達成できない。
特に、経済面での、決算のような時期のくくりだ。

COVID-19に便乗する、浅はかで次元の低いアタマが言い出したことだが、その後どうなったやら?

お話しかわって、実はJリーグにも、これと同じ考え方がチラホラする。

ここでは、リーグ秋春制(秋はじまって春に終わる)の、逆を志向するような態度。※ただし、萬年は秋春制反対論者。

具体的には、春浅き北国では降雪やピッチ状態から、その地でのゲーム開催を出来る限り先送りしよう、というやり方、がそれ。

当のご本人からすれば、配慮をしているつもりなんだろうけれど、

日本列島が南北に長いのはわかりきっていて、なおかつ、スタジアム設備の後進性は今のところどうしようもないのだから、小手先の発想で平等をめざすと、かえって、公正を欠く。

例えば、今季初参入のブラウブリッツなんか、それで、ひどいとばっちりを喰っている。

ホーム開幕が、第5節とは、あんまりじゃあないか?

それまでのアウェイ選定は、北関東(群馬、栃木、千葉)と若干の配慮もあるが、第4節は、北九州だとよ。

これは、モンテディオ山形も同様な事情。
こちらは、ホーム開幕戦が、第4節。
それまでは、町田、東京、松本とドサまわりが続く。

この2つのチーム、開幕の数節をいかに傷を負わずに切り抜けるかが、大切。

山雅ファンとしては、実質的なホーム開幕が第4節にずれ込んだ2018年が思い出されてならない。

あのシーズンの初勝利は、リーグも6分の1が過ぎた、第7節のホーム大宮戦でありましたなぁ。

さらに、昨季第41節、雪中、氷点下の、ホーム東京ヴェルディ戦。

あれが心地良い、とは口が裂けても言いませんが、松本に住む限りしゃあない。

Jリーグを地域密着で展開する覚悟ならば、でき得る限り、地元の生活の中で、ゲームを開催すべきでありましょう。

本来、サッカーとは、かなりの悪天候でもやる競技でしょうに。

では。

Thank You !! 太郎。

いろんな制約下、スタジアムで闘うプレイヤーを勇気づけるには?、と考えたあげく、昨季は、ゲートフラグを掲げることにした。

それは、#8 杉本 太郎。

(萬年にとっては)残念ながら、彼は、アビスパ福岡へと、関門海峡を渡っていった。

新天地でも、#8 を背負うと知って、非接触が徹底されていたために入手できなかった、その自署をいただこうと思い立った。

で、この度、ゆうパックが無事に松本福岡間を一往復して、ゲートフラッグにサインが入って、手許に戻ってきた。

ありがとう、杉本 太郎。

来季こそ、トップリーグで再会したいものだ。

そう、今はただ、決意するだけ。

どうなることかは皆目わからん、というのがホンネなんだけれど。

ま、礼状を書くことにします。

では。

 

 

同じ時代を生きたのに (ひばり論)

美空 ひばりが亡くなったのは、1989(平成元)年6月24日。

享年 52歳。

当時、萬年は、早朝のパン屋でアルバイトをしていて、BLTサンドイッチ用のトマトをひたすらスライスするのが、仕事のひとつだった。

その翌朝だったろうか、一緒に働くご婦人(おそらく60歳超)が、目をうるませ、

―ひばりが逝っちゃった、悲しい……..、
と語るのを、トマトを刻んでいる背中に聞く。

あぁ、美空 ひばりと共に生きてきた、といえる世代が在るんだ。

当方は、同時代に生きた感が皆無。
なので涙ひとつこぼれない、ってのに……。

逝去の痛みを、はたで見ていて新鮮に感じるほどに、美空 ひばりの偉大さが、ちっともわからなかった萬年であったし、これからもそうだろうな、と思う。

10歳そこそこでデビュウした頃のひばりの歌唱を聴くと、とにかくやたらと上手い。

早熟な子の才に出逢った時の、背筋がゾーっ、とする感じが襲ってくる。

年齢を加えるにつれて、果たして、ひばりの歌唱力が深まっていったか?

いや、決してそうは思わない男が、ここに居る。

むしろ、人生の早い時期に完成してしまったそのままでいてくれたなら。

などとは、身勝手の注文なのは、わかっちゃいるんだが……。

では。

ゴージャスな午後を (全豪オープン)

― 残業になりますが?、とメールすると、

― 了解です。私は、午後セリーナとなおみのゲーム観戦、と家人から返信。

― それは、ゴージャスな午後!!、と返しておく。

ここのところ、拙宅の居間における殺人は、ひと休み。

かわりに、午後から夜にかけて、テニスのゲームが延々と続いているのだ。

帰宅すると、ジョコヴィッチが、準決勝を闘っていた。

息子に風貌と雰囲気がよく似ているからだろうか、男性プレイヤーでは、家人のもっともお気に入りらしい。

ジョコちゃん、とか画面に向かって呼んでいる。

確かに、すべての部分でクオリティが高く、クレヴァーなテニス。

これと言って弱点のない、好選手だと思う。

それに比して、錦織 圭君にはひと頃の輝きがなく、心配ではあります。

しかし、あまり熱心に観ていない者の偏見なのかも知れないが、
テニスの試合は、観客が入って盛況であっても、無観客でも、プレイヤーのパッションに、あまり落差や変化を感じない。

なぜだろう?

では。

敢えて 規律違反の肩を持つ。

部屋に入ってくるなり、ソファーでまどろんでいた萬年に向かい、家人。

― ねぇねぇ、1億円もらっている柏木に声をかけられるクラブがあるんかしら?

―そりゃあ、おまいさん、値切るっ、て手もあるわけだし……。

昨季はたしか、10試合そこそこの出場だったから、契約のテーブルではダンピングの交渉があるに決まっている。

ひょっとしたら、いまやトップリーグ中位に甘んずる浦和が、今回の騒動を、人件費削減の好機のひとつ、ととらえても不思議ではない。

無名なサッカーファンがひとり、こういった無責任なうがちに走るのはカワイイもんだが、しかし、マスメディアの論調は、今回もヒドかった。

たとえば、指揮官ロドリゲスは〈とても受け入れられない〉と柏木を論断、といった見出しで煽るわ、煽る。

読んでみれば、監督は、柏木の今回の行動は受け入れられない、と発言しているのであって、彼をチームの一員として受け入れない、つまり、その人格を否定しているわけでもなければ、戦略的な要員(カード)から排除する、とも言ってはいない。

それをあたかも、現場トップが追い出しにかかっているような印象を植え付けようとする。

チーム規律への違反は、浦和というクラブが淡々と処分をおこなえばよい話。

尾ひれをたんとつけて印象を操作、しかも、他人(チーム関係者)の口を借りる形で柏木を糾弾するメディアには、不快感がつのるばかり。

さらに気に喰わないのは、キャンプで同宿していたチームメイトが、規律違反の行動を、チーム上層部に通報したらしい、ということ。

願わくば、それが事実でないことを祈る。

友人であれば、まづは当の本人のところに行って、おい、あれはまづいんじゃあないのか?、きちんとクラブに報告すべきだろう、くらいの忠告ができないかい?

それなりの知名度があるとは言え、所詮は20、30歳代の若僧の発想なのか。

級友の行為を、すぐに教師に言いつけるような幼児性まる出し。

まぁ、柏木のことを友人と思っていなければ、仕方がないけどね。

では。