ひたすら自己貫徹。 (福島戦プレビュウ❷)

両者が、いわゆる注文相撲に走らず、

要は、特段の対処型サッカーを採らない限り。

思い描けるゲーム様相とは……、

山雅が前線から強圧をかければ、

福島は、基底からボールをつなぎ、

中盤に空いたスペースでボールを受けるか、

または、そこで、ボールを奪うなりして、

相手のプレスを交わして、即反転、

中央突破の縦パスを鋭く入れて、前線の3人は相手ペナルティエリアへと一斉に侵入する。

対し、山雅は。

最前線と2列目以降が連動することで、中盤をコントロールして支配。

アンカー深澤を中心に、執拗なボール奪取を敢行、そこから、サイドへと展開して、中央で勝負をかける。

あるいは。

福島がペナルティエリアに侵入したところを、逆手にとる格好で、

ロングフィードにより、前線プレイヤーが、居残る相手ディフェンダーと勝負する。

……こんな感じだろうか。

もし、福島が、ロングボール多用でくれば、セカンドボールを拾いまくろう。

つまり、こっちのやることは、いままでとそう変わらないのであって、

相手の裏狙いのロングボールにも臆することなくラインを下げずに、

奪って縦に速く、を繰り返す。

で、相手の縦パスがスパンッと入った瞬間は、

相手のスリーバックに対し、3人のセンターバックプラスの、数的優位をどうやってつくるか、そこを工夫でしょう。

おそらく、左右サイドバックらの上下動を、バランスをとっておこなう(片方は居残る)こと。

さらに。

岐阜戦の、特に後半は、意識してやったことですが、

福島は、タッチラインに近いサイドは使わないので、こっちは、サイド ツー サイドで、ピッチを広く使い、クロスを多く、忙しく、入れることで、相手守備を〈疎〉にしたい。

僕の、きわめて信頼性に欠ける胸算用だと、

ゲームの入りに留意して、3点ゲットは、マストか。

では。

ポイントは〈守備〉である (福島戦プレビュウ❶)

福島のサッカーをざっと眺めると……、

システムは、4 – 1 – 2 – 3 。

そのうち、1 – 2 の部分は、#10針谷を底に、2列目が開く、逆三角形を成す。

このトライアングルは、山雅とほぼ相似である。☜ここがポイント

第7節終了時点で、

得点は、13位。(ゴール数10は、いわき、新潟、岐阜と並ぶ)、山雅は 9位 13ゴール。

失点は、20で、40チーム中で最多。山雅は、失点 8。

シュート数は、19位 (山雅は、20位)

被シュート数は、全体の多いほうから 2番目。山雅は、少ないほうから 18番目。

ボール保持率は、51.5% (リーグ 17位)   山雅は、43.0%(リーグ 37位)……。

ここから浮かび上がるのは、

前線に3枚並べているとおりの、

かなり攻撃のほうに振ったスタイル、ではある。

そして、

失点が多いから、守備に脆弱性を持つ、あるいは、守備は二の次にしても攻撃に軸足を置きたいサッカー、とも言えようか。

ただし、福島と対戦するにおいては、事はそれほど簡単ではなくて、

山雅からして、いちばんに締めてかかるべきポイントは、

中盤エリアで、いかにボールを相手に奪取されずに、むしろ、こっちが奪って、前進するのか?、ということ。

スタッツとしての、福島のタックル数は多く、リーグ3位 (1位は山雅)で、

2列目と、アンカー的な #10のところで、それを、かなりこなしている事実を指摘したい。

つまり、福島の攻撃は、多く、中盤のボール奪取からスイッチが入り、カウンター気味攻撃へと移る。

だとすれば。

福島攻撃の起点を、山雅のスリーボランチのところで、まづは、潰さねばならず、

ここでの攻防、要は、ボールの奪いあいと回収で上まわるという〈守備〉こそが、勝利への出発点となるだろう。

では。

夏目漱石とピアノ。

明治42 (1909) 年、6月 21日(月)。

職業作家一本の生活となってから 2年が経ち、

当時、42歳であった夏目 漱石は、

この日の日記を、

雨。とうとうピヤノ(原文のママ)を買ふ事を承諾せざるを得ん事になつた。

……と始める。

つづいて、ピアノの値段が、四百圓。(☜当時の、現在だと600~800万円に相当)

奧さんからは、

その購入資金には、『三四郎』の初版二千部の印税を充てたらどうかと提案され、いやいやながら、〈よろしい〉と承諾した。

子供がピヤノを弾いたつて面白味もなにもわかりゃしないが、何しろ中島先生が無闇に買はせたがるんだから仕方がない。(原文)

……と愚痴をこぼして、日記を終えている。

中島先生がどういう人かは知りませんが、

漱石が、この時、我が子に与えるピアノにあまり価値を見い出していなかったことだけは、知れる。

で、今回は。

漱石先生へのあてこすりでもないけれど、

高名なピアノ曲を、フジコ ヘミングの演奏で。

モーリス ラヴェルが、〈亡き王女のためのパヴァーヌ〉をピアノ曲として発表したのは、1899年。

だから、漱石には、聴くチャンスがあった。

が、この作家が生前、この曲に接した、という話は、僕の知る限りでは聞かない。

では。

町の新顔 〈New Kid in Town〉

ジョン デヴィッド サウザーが、一昨年9月に、78歳で亡くなったに際して、

はて、彼に、(ブログで) 弔意をあらわしたのかどうか?

こういう記憶が怪しくなるのは、僕のまわりで、訃報が多くなったせいとしておこう。

サウザーが、ジェームス テイラーに、曲とコーラスを提供した、〈Her Town Too〉を、

僕は、テイラーのアルバム〈Dad Loves His Work〉(1981年発表)で聴いていたが、

この曲に、サウザーがいちまい嚙んでいるなんてことは、長い間知らなかった。

アメリカの、さして大きくもない町に生きる人々について、

静かに、坦々とつづる、その語り口は、サウザーならでは、です。

今回は、イーグルスのメンバーとの共作〈New Kid in Town〉(1976年発表)を、

2008年に、セルフカヴァーしている動画を見つけたので、それを。

R.I.P. ジョン。

では。

さて、10,000人のチャレンジ (岐阜戦レビュウ❷)

北ゴール裏同志 チノ氏の感想だと、

この特別リーグで、山雅はEAST B に入って、恵まれた。

要は、対戦するに楽しみなチームばかりである、と。

まったく同感。

僕の身勝手な注文では、 北海道といわきの代わりに、FC横浜と相模原でもよかったんだけれど、

各ゲームが、チーム強化にとって効果的ならば、ありがたい。

こういう前提のなか、

対岐阜戦は、彼我の特長が露わな、観る者を飽きさせない好ゲームだったと思う。

このことは、特に、強調しておきたい。

球際厳しく走り倒すスタイルを重ねる中、

ここ2ゲームでは、ファールが 6個におさまっている。
(むしろ、こっちよりも相手のファールが多い)

さらに。

不可解なジャッジに対しては、キャプテン#8が、冷静に対応しており、

クリーンなサッカー、と評していい。

……であるから、

ゲームMVP 小田 逸稀が、僕らにチャレンジしたところの、

10,000人で満たされたアルウィンは、

チームがこういうゲームをやっている以上、正当だ。

たまたま、当日。

僕は、職場の同僚ご夫妻と観戦できたのであったが、

自分でできる緑化作戦は、つづけて行くつもり。

では。