みそぎは 勝手にやってくれ。

経営上の失敗や損失、組織をゆるがすような事態の発生に対し、役員階層がみずからを断罪してみせる。

そのこと自体には、大株主ならばともかく、部外者がとやかく口出しすべきでもない、と思っている。

経営判断のひとつとしてやってもらえばいいこと。

好き勝手にしたら良いのであって、あぁ、そうか、とまづはリリースを読み下す。

だから、俺たちが騒いだから、こういった形で責任が取られた、と思っている者があったら、それも、大きな勘違い、あるいは、慢心。

そんな外部のチャチャによって判断が左右されるとしたら、経営者としての資質を疑う。

決意表明には、いささか食傷気味、ってのが、ホンネでして。

ゆえに……、

❶臨時取締役会の決議による退任ならびに処分、とだけのリリースでよかった。

❷今回の降格に、経営責任を引っ張り出してくるのならば、トップリーグから 2回降格しておきながら、その時はなぜに、同様な処断がおこなわれなかったのか疑問に思う。

そこには、おそらく、トップリーグでやれたことはご褒美で、2部ならばそこそこやれるはずなのに、という変な自負が、山雅と、それを取り巻く大方の共通認識として在ったはず。

成功体験によって、眼が曇ってしまった、ということではないのか?

2部がよくって、なぜ、3部がダメなのか、そこらへんを単に気分で語っていたら、来季苦しみますぜ。

クラブ収益規模、というのは、リーグにとどまるに際し、一定の蓋然性はあったものの、決定的な要因にはならなかったのだから、今回。

文句を言ってるファン&サポーターこそ、そこのところ分別ができているの ?

今回の処分によって経営層は、1年での復帰が叶わなかった時の進退を、みづから決めたことになった。
逃げ道を絶つ、ってんなら、けっこうだが……。

❸でだ、責任を言うのであるならば、残留するはずだったのに、そうできなかったことの中身をこそ語れ。

勝てなかったことがすべて、なんでしょうが、では、なぜ勝てなかったのか?

その要因を、玉ねぎの皮を一枚一枚剥いていく作業は、それこそ、クラブ山雅の中でやってもらう仕事でありましょう。

……、とまぁ、そんなところが感想。

この先も、当方は、ピッチで表現されたゲームとプレイの部分について意見を吐くしかないわけで、それこそが、健全なかかわりかた、と考えてます。

では。

年のいそぎの,バイシクル。

神社仏閣に詣でるような信心もなく、挨拶に回るようなつきあいも無くなってずいぶんと久しい僕なので、
あまり変化のない年末年始を過すことになる。

この寒い中、大掃除など狂気の沙汰で、ご勘弁。

ただし、一緒に過ごそうと、息子が家族で泊まりにやってきてくれるから、愉しみのひとつとなればと、バイシクル印のカード(トランプ)を、ひと箱新調した。

それが萬年式、年のいそぎ(支度)のすべて、といえる。

年中無休の職場ゆえ、年末年始も仕事にでかける。
だから、ますます非日常な生活からは遠くなって、ありがたい。

非日常から日常への復帰、が、けっこうしんどいのだ、僕にとっては。

……とか好き勝手をやっていると、同じように、無休の職場で働きながらも、家事の切り盛りを引き受けている家人から、
私だけが、とクレームが入るに違いないので、こういうことは、きわめて小声でつぶやくに限る。

いつ聴いても、バッハは、静謐でいい。

Silence  Of  Sound、とでもいっておきましょう。

では。

静かに眠れ 『Dance With My Father』

意気消沈した僕を慰めようと、(ブログを読んだ) 娘が、幼な子と撮った画像を50枚、家人のスマフォに送ってくれた。

今回は、優しい心根への、アンサーソングみたいなもんです。

ルーサー ヴァンドロス (1951~2005.7.1)が、脳血管障害で倒れる直前に、ヴォーカルを録音した曲。

享年54で亡くなる2年前の、2003年に発表された。

父さんと踊る

まだ無邪気だった子供のころ
父さんは 僕を高く差し上げると
母さんや僕と一緒に踊ったんだ
そして僕が眠りに落ちるまで ぐるぐるまわってくれた
それから 階段を登って 僕を寝室に運ぶ
そう、たしかに愛されてるって 僕にはわかった

もしも また 一緒に歩いたり 踊ったりできるなら
僕は 決して終わらない曲をかけよう
父さんと また 踊れたら とどんなにか願うことか

母さんと意見が合わなくなると
僕は 父さんのところに 駆けていく
すると 父さんは僕を笑わせて 懐柔するんだな
で 結局は 僕を 母さんの言ったことをするように仕向けてしまう

そんな日は  僕がベッドに入った夜に
父さんは シーツの下に 1ドル札を置いていく
僕は 父さんが僕の前からいなくなるなんて
ゆめゆめ思わなかった

ひとめ 父さんと逢えたなら ステップを踏めたなら
一緒に踊れたならば
僕は 決して終わらない曲をかけるんだ

時に 僕は ドアの外にたたずんで
母さんが 部屋で 父さんのために泣くの を聞く
僕は 母さんのために祈ります
僕のためなんかよりもずっと ずっと

毎夜 眠りに就く時に こんなことばかり
僕は 願っているのです

では。

無題 ……。

数時間の眠りから戻ってきても、やるせない心は変わらない。

ホテルの23階から、9歳の少年が転落して亡くなった、母親の女性は、無理心中したかった、ともらしている……。

若い命がこういったかたちで現世を終えることのないように、というのが僕の祈りの一部であるから、そんなニュースには、すっかりやられてしまった。

某クラブの経営責任とか、28日になって届いた喪中葉書とか、そんなことはどうでもよくなって、キーボードを打つのが嫌になる。

というわけで、今日は、ひたすら快復を待つばかり。

では。

虎の尾を踏むのか?『Bridge Over Troubled Water』(1970年)

車中、この曲をCDで聴いていたら、隣から家人が、歌詞を知りたい、と言う。

つれあいの、こういったご要望には応えなければならない。

義務感といえばそれまでだが、以前、ブログでやったのはデータが消し飛んだこともあって、ここらで一回は記録しておこうかと、といった塩梅。

激流に架ける橋のように

くたくたに疲れ切って
自分を ちっぽけに 思う時
君の眼にあふれる涙を
僕が ぬぐおう

僕は君の味方
苦しくて
友人がひとりもいない時でさえも

激流に架ける橋のように  僕が身を投げ出そう

意気消沈してしまい
宿る家もなくて
夜のとばりが 辛く降りる時
僕は 君を慰めよう

そして 支える
闇が 立ち込めて
苦痛が そこかしこにあろうとも

銀髪のおとめよ  漕ぎ出だせ
船出の時は 来た
君に  時は輝きはじめ
すべての願いが 叶えられるのを見届けよう

君に 友が必要なら
僕が すぐ後を進んでいこう

激流に架ける橋のように  僕が身を投げ出そう……

伴侶にプレゼントしたジョシュ グローバン(1981~ )のCDを紛失されたことが、いまだ大いに不満な家人。

ゆえに、止せばいいのに、ジョシュによるカヴァーを、敢えてここに引っ張り出してくる。

こういうのを、虎の尾を踏む (= 危険を冒す)、と言うんですな。

では。