感謝を込めての プレビュウ (SC相模原戦)

26日の讃岐戦は、

南長野のスタジアムをホームとして使用できるようになった、との朗報。

彼の地開催にこぎつけるため尽力してくださった人々に、心より御礼申し上げます。

(僕は、なんとか仕事を早く切り上げる算段に着手するが、可能かどうかは自信がない)

この流れだと、アルウィン使用にメドが立たない限り、

残りホームゲームは、南長野をお借りする方向だろうな。(週中とかに)

 

……さて、本日の SC相模原。

順位も、直近5ゲーム戦績の湿り具合も、うちと似たり寄ったり……なのか。

攻撃的なデータは、どれも順位にお似合いの内容。

これも、山雅と同等。

となれば。

それなりの、いわば、凡庸な激戦、となりそう。

だから、

山雅にも断然、勝機があるのです(向こうも、そう思っているに違いない!!)。

相模原市、本日の午後は、曇天の予想。

むしろ、よっぽどの雨となって、

緻密な作戦がおじゃんになり、

野々村の〈頭〉に期待を込める、とか妄想したが、まぁ、無理筋。

今更。

連携の中でこそ個人技が活きる、といったサッカーへの転向を望むのが、淡い期待ならば、

せいぜい、個の〈強み〉が前面に出ること。

それと、逃げのパスの、オンパレードにならないことを祈るのみ。

あと、ひとつだけ。

反則、(特に警告)の多い相模原(おそらくは指揮官の偏向とハッパ)なのだから、

敵陣深くでセットプレイを獲る可能性は高かろう。

その場合、センターバックが居残っている間に得点をモノにするよう工夫する。

そうでもしなきゃ、ゴールのない昨今なんで。

申し訳ないが、僕は、菜園でさつま芋を掘るので、DAZN参戦。

では。

個人の技量だけでやるしかない?…… (金沢戦レビュウ❷おしまい)

先制されると致命的なことが(チームとして)わかっていない、と前々回で書いたけれど、

後半開始46分からようやく、 4 – 4 – 2に布陣を変えたことでも、それがうかがい知れる。

遅いのよ。

それでも、70分以降に腰をあげていた過去からすれば、まだ、いいか。

ただし。

後半、なんとか盛り返せたのは、

システム変更そのものよりも、

山本 康裕が、広い範囲を駆けずりまわって、サイド攻撃の突破口をつくってくれたことに尽きる。
(ゲームにおける山雅のドリブルトップは、山本、2位が滝 裕太)

安永 玲央は、果敢に縦パスを通そうとしていたが、ゲームを通してボール奪取に追われた。
なにせ、中盤における劣勢を挽回せんとする、負の仕事だった。

サイドに活路が開けたのは、田中 想来が左サイドへ流れてボールを持ち出そうとした動きをしたことも効いている。

ゲーム開始の円陣ダッシュのスクラムで、
安永が、前へ前へ行くぞ、とチームを鼓舞していたのが、唇の動きで知れた。

問題なのは、この意思と、

あれだけ前進できない、山本 龍平と樋口 大輝によるサイドはなんなんだ、ということ。

前方向を切られると、彼らが一旦後方へボールを渡すのは、彼ら自身のドリブル突破力の無さもあるが、

もっと大きな要因は、

アウトサイドハーフ(シャドウ)、あるいは、サイドバックやボランチとの定番的な連携、チームとしての決まり事、すなわち、格率が乏しいからに違いない、と診る。

たとえ連携はあっても、個人頼みのようにみえてしまう。

これとは逆に、僕らは、

サイドを貫いて(少ない手数で)、シュートまで持ち込んで来る対戦相手を多く観て来たのではないか。

前へ行くならば、まづは、その方法論の確立でありましょう。

なまじに個人技量を有する集団のゆえに、

それをもっと活かすのは、連携作業にこそ在る、という部分を、

どうも少々積み残している様相の、早川丸。

前田 陸王の躍動感に溢れるボール運びは、観ていて爽快なんだが、その奮闘も、いまは、点(孤軍)の仕事であって、

かれが必要とするのは、彼と有機的な連携をして線を作る〈相棒〉だろうな、とつくづく思う。

では。

順当な負けの〈正体〉(金沢戦レビュウ❶)

無得点のドローや、0 – 1 の僅少スコアでの敗戦が続くから、大騒ぎになりにくいが、

実相は、

停滞や閉塞というよりもむしろ、瀕死、に近いのかもしれない。

チームと、その闘い方について。

これは、リーグ戦績(順位、昇格うんぬん)どうこうでなくて

やってるサッカーの (観る側からの)面白さ、爽快さに通ずるものにおいて。

時の運があるから、勝ち負けのどちらも現れるけれど、

勝っても負けても、〈ああ、やり切ったね〉という、納得感とでもいうもの。

たとえば、僕のいう定番的な攻撃方式による安定感。

だから、敗戦時は、陰々滅滅で、空疎な心情を、僕にもたらす。

金沢戦を、ひと言で評すれば、

あれだけ、特に中盤でのボール回収率が、相手にずばぬけて高ければ、ゲーム基調はこっちに来ないので、

あわよくば、のこっちの攻撃が成就しない限り

山雅に勝機は来ないから、したがって、正当で、順当な敗戦だった。

ロングボールの行き来ひとつをとってみても。

(他のゲームは知らないが)基底ラインからの組立ては一切棄てて、ゴールキーパーからは、ロングフィードのゴールキック一本槍。

で、最前線に入れて、落ちたボールをシャドウとボランチが回収する。

逆に、大内からのロングフィードは、センターバックが競って落として、それもボランチが拾う。

山雅のほうが走っていない、の評価は見当違いで、

あらかじめそうやると金沢が準備しているから、あっちの位置取りとスプリントが早いだけの話。

こっちは、手当て手当ての走りとなるから、つまり、後手後手を踏むから、ボールへの到達度で負け、無理して挽回しようと、ファールを冒す。

この繰り返しが底流ですから、

やっと手にした攻撃の局面で、プレイヤーのポジション獲りも遅れがちとなって、攻撃に手間取って、相手の守備網に引っ掛かる。

これを、金沢首脳陣のスカウティングの優秀とみるべきかどうかですが、

すくなくとも、当方には、金沢方式を崩す、チームとしてのアイデアは見当たらなかった。

で、負けの根本原因、つまり、正体とは、

チームとして必ずやると取り決めしている規律、規則の有り無しといえましょう。

面倒だから、これを短く、〈格率〉と呼ぶことにしますが、

観ている側の憶測に過ぎませんけれど、

格率が不鮮明なまま、ここまで来ちゃったチームは、さて、どうするね。

では。

開始 3分で逃す勝ち。(2025.10.15金沢戦レビュウ 印象論)

いまや。

観ている側に、公理として定着した〈先制されたら勝てない〉のおかげで、

のこりの 87分で、すくなくとも同点に、

といった態度でつきあってしまった。

けれど。

なんの変哲もないクロスならば、蹴り返してクリアだと思うんだが、触れずに後逸はないわ。

金沢のシュート精度の貧相にも助けられて、

0 – 1 の、僅少スコアでの敗戦。

相手のシュートがマトモに枠に来てたら、あと、2点くらいは献上していたと思う。

ま、チームとして、先制されることの〈重み〉を理解していないようだし、

あくせく行ったり来たりでサッカーはしてるけれど、

なんとも、ドラマに乏しいゲームでしたね。

では。

間違いを起こすしかない (金沢戦プレビュウ)

あれからひと月も経たずして、

また、同じようなプレビュウを書くのかよ、とウンザリしている。

すべての攻撃的スタッツと、ほとんどの守備データでもって、

ツエ―ゲンは、山雅をかなり上回っているという、悲観的な事実。(❶)

加え。

個人技をベースに、ボールの持ち処と出し処、それに受け手が、

ほぼ定番的(=予想可)な攻撃を仕掛ける。(❷)

金沢に特徴的な、ふたつの事実(❶と❷) からすると、

こちらの勝機は、

ツエ―ゲンの攻守に、なんらかの〈間違い〉〈手違い〉をもたらすこと以外には無い。

実は。

ついさっき、今夜と知った 日本vsブラジルの代表戦。

日本は、5バックを保持しての我慢(=守備的に)から、一矢報いる流儀でやるんだろうけれど、
(果たして、そこから、学ぶことがあるのかは疑問)

ま、そういう卑屈は、ナショナルチームに任せておくとして、

 

山雅は現況、相手よりもパッとしない出来だけれども、

あくまで、攻撃的なチャレンジャーとしてのサッカーを貫くべきで、

そういった準備がなされているはず、と思うしかないが、

相手に混乱を与えるには、相手の得意な部分で一撃を加えることがてきめんであって

だとしたら、セットプレイと、クロス投入。

このふたつの局面を作って、押しまくれ。

勝ち点3しか要らない、とするならば、尚更だろう。

☝:ツエ―ゲン全得点の半分は、セットプレイから(25%)と、クロスから(25%)。

では。