今更ながら、

チャーリー チャップリン  (1889~1977) の、肉体の強靭さには驚くばかり。

『ライムライト』(1952年公開 米映画) を撮った時、チャップリンは、既に63歳。

けれど、その舞台(劇中劇)における動きの良さには、舌を巻かされる。

バスターキートン(1895~1966)とのコントは、上品、かつ洗練されていて、言葉を多くして褒めるのも、空々しい。

実は、著作権法上マヅイのだが、そのシーンを引用してしまえ。

この演技は、『説明しなければ理解できないような美に対して、私は寛容でない』と語ったチャップリンの真骨頂でしょうね。

ところで、チャップリンは、この映画『ライムライト』のプレミア上映のためロンドンへ渡航した際に、米国への再入国許可を取り消される。

その思想的、政治的な偏向を糾弾されての追放処分だった。

これは、当時ハリウッドに吹き荒れた〈レッドパージ〉(共産主義排斥)における犠牲のひとつだった。

まぁ、それから20年後の1972年、米国は世界で一番遅れる格好で、アカデミー名誉賞を贈ることによって、チャップリンに降参したんですけれど。

『ライムライト』は翌73年に再公開され、テーマ曲(チャップリン作曲)が、アカデミー作曲賞を受賞したのは、これまた、ほんのオマケのお話。

では。

醒めて狩れば,道は拓ける (いわき戦プレビュウ)

頂上の、直接対決!!

― とか煽られると、どうしても力が入ってしまう。

けれど、ここだけの話、アウェイでイーヴンに持ち込む、くらいに醒めていたい。

まぁ、なんとかダーヴィーみたいに、相手がテンションマックスで向かってくることもあるから、こっちの注文どおりにならないかも知れぬが、山雅はあくまで、戦略的に、沈着冷静を保ちたい。

(後半戦は始まったばかりで、越えるべきいくつもの山はある)

さて、いわきは、ブレることなく、ひたすら自分流のサッカーを遂行するチーム(だろう)。

そこを整理して対処すれば、山雅としては、あまり対症療法に終始することもなく、解答が書きやすいゲームだと思っている。

❶いわきは、ショートカウンター攻撃を身上とする。
だから、かなり高い位置からボール奪取に来る。

で、こっちもカウンターに強みのあるスタイル。
となると、〈ボールの持たせ合い〉にどう付き合うのか?、がポイント。

福島戦でやったように、ひたすら陣形をコンパクトに保持し、出て来た相手の裏スペース狙いで、そこへ、サイドチェンジを巧く加味しよう。

福島戦との違いは、あれほど相手が手間をかけてボールを回すようなことはせずに、サイドから、早めのクロスを入れてくることだろう。

だから、守備のポイントは、ボールの出し手へのマークを厳しくすること。

で、クロス投入を遅らせるか、いわきの突進をタッチライン沿いへと追いやる。

福島とのゲーム、山雅のボール支配率は30%台そこそこだったが、今回は、そこまでいかなくとも、いわきがカウンターを発動できないほどに、ボールを預けてしまえれば思うツボなんだが。

❷出されたカードは少ない(断トツな反則ポイントの少なさでリーグ1位)。

けれど、反則数自体は、リーグ筆頭に多いのが、いわき。

ゆえに、貰ったフリーキックの機会を、できる限り有効に活かす。
ここらへんは、ずいぶんとアイディアが豊富になったんで期待できます。

……上記❶❷を、虎視眈々と実行する。

前回対戦で知れたとおり、いわきは、前へ向かう手口がとにかく、オートマティカリイ。

練習で培ったであろう前進動作と連係が速くて、一途で単純。

それだけに、攻撃パターンは、それほど多くもない。

退場者が出て10人になった山雅が、防衛専一になった終盤20分間、ボール保持70%くらいに達したいわきの攻撃が、かなり陳腐化したのが、その証拠。

巧く立ち回って、ボールをより相手に握らせる、ってのは、観ていてあまり楽しくはない光景。

まんべんなくこちらの守備網にひっかけようとしても、自動化された連係には、どうしても後手に回る。
ゆえに、予想されるボールの出どころに、奪取ポイントを絞ろう。

でも、そうするからこそ、速く、鋭い攻撃が発動できるのだ。

で、連係によって、最適ポジションと体勢のプレイヤーでフィニッシュする。

……でも。

勝ち点1でいいや、とか言いつつも、そこをなんとか勝たせたいがため、Jヴィレッジスタジアムに向かうんですけれどね。

では。

待ってろ タロウ。

日本サッカー協会が、FIFA (国際サッカー連盟)の規則に基づいて定めた、夏の移籍ウインドウ (正式名 ➩ 第2登録期間)。

2022シーズンは、7月15日(金)から、8月12日(金)までの4週間となっていて、
Jリーグ、JFLのクラブへの移籍は、この期間中においてのみ可能。

註:育成型期限付移籍等は、例外。

で、さっそく、いろんな情報が入ってくる。

岩間 雄大 (藤枝)は、ラインメール青森へ。
多々良 敦斗 (マルヤス岡崎)も、ラインメール青森へ。

既に在籍する浦田 延尚に、村越 凱旋を足すと、これで 計4人。

JFLは、全30節 (16チーム総当たり2回戦) を折り返したところで、ラインメールは、現在 8位。

柴田監督、特性を熟知した元山雅戦士を結集して闘いをまっとうしたいんでしょうね。

ところで、2部リーグでは。

杉本 太郎 が、1年半所属したアビスパ福岡から、徳島ヴォルティスへ完全移籍。

徳島へは、2018年以来の再加入だ。

トップリーグ22節終了時点で、出場が 4ゲーム、うち先発はふたつだったから、

出場機会を求めて移籍を決断したんだろうなぁ。

徳島ヴォルティスは現在、26ゲーム消化して、15位 (6勝15分5敗).。

負け数では、リーグ第2位(タイ)の少なさなんだけれど、いかんせん、引き分けが多過ぎる。

引き分け15のうち、4つを勝ちにしていれば、プレーオフ圏にいたんだけれど、

プレーオフ圏突入には、残り16ゲームで 10勝は必要になる。

だから、こんなこといったらお叱りを受けるだろうが、かなりむづかしいミッションに違いない。

で、2022シーズンには、杉本 太郎とアルウィンで再会するのを、(徳島ファン&サポーターには特に内緒で)  密やかな楽しみにしている、というお話でした。

では。

畳の上で死んでいたら。

死者を鞭打たない、というのが礼儀、とは思っている。

すくなくとも、やがて時が経ち、歴史的にその人の評価が定まってくるまでは。

弔い方をどうやろうが、そのことで、逝った御方の人生の重みが変わるわけでもありぁしない。

そもそも葬儀なんてのは、生きているこっち側が、内外の区切りをつけるためにやることであるから、眠っていらっしゃるご本人からしてみれば、腑に落ちないこともあるんじゃあないか?

だから、他人の告別式についていろいろ語りたくもないけれど、ただ、ひとつ。

畳みの上でフツーに亡くなったら、はたして国葬、などと言い出したのかね?

あの犯罪ひとつで、どうこうなるような民主主義ならやめたほうがいい。

(本来、ふらふらしながらやっていく政治的妥協の手続きが、民主主義なのだ)

お国のために殉じたのならともかく、幹部政党内の割り当てとして現場に出向いたのではないか。

不慮の死を、国を挙げて悼むとしたら、アルトイン セナ級でないと〈国葬〉の二文字が泣く。

まぁ、秋風が立つくらいに、どうでもいい話ですけどね。

では。

註;画像はセナ搭乗機にはあらず。

連係の中で魅せろ (進化と深化のため)

(時候の憶え;夏椿の花期終わる。ということは、秋が既に忍び込んでいる?)

富山戦レビュウだったか?、住田 将が登録メンバーから外れたことを、それが、競争激化の兆しならば大いに結構、と書いた。

ゲーム復帰早々、その彼が、ゴールという結果をモノにしたのを、チーム意思コントロールにおける成果のひとつとして歓迎します。

夏の移籍が、これで打ち止めとも思われないけれど、保有戦力の中から、レギュラー陣を脅かすプレイヤーの抬頭を大いに期待する。

幸いなことなんだろうが、ここへ来て登録メンバーに一定の落ち着きが出てきた。

ただし、チームに緊張感を持続させるためにも、〈信賞必罰〉的な起用は、常に発動してもらいたいなぁ。

……、と、途中投入されたルカオの献身を観ていて、強く思う。

毎節メンツがシャッフルされるようではマヅイが、かと言って、レギュラーが約束される世界には、進化や深化はないだろう。

自分を売り出すためには、あくまで連係プレイの中で、それを表現しなければならない。
― そういった逆説を踏まえて、チームクオリティを高めていけば、リーグ後半もそれなりに戦えるチームなんだろうか?

まだまだ、メドもなにもついてはいませんがね。

たとえば、富山戦では、パフォーマンスがイマイチだった榎本 樹。

今が正念場なんだろうな、と注目していますよ。

どうやったら自分を使ってもらえるかを、ゲームの中でより追求せよ。

では。