未来が視えてしまう 辛さ (2023.11.26 讃岐戦)

勤務から帰宅したら、

ゲームは、前半30分を過ぎていて、

その後、直に、小松が相手GKのファールを誘って、PKを獲得。

観ていて、(小松のスタート位置の感じから) 横に居る家人に、

― 小松は左の方に打つ、すると、キーパーも(スカウティングしていれば)そっちに飛ぶ。
上方へ強く打たない限り入らないな、と独り言のように呟く。

すると。

左利きで、過去、ゴールマウスのまん真ん中から左方向の枠内に打ってきた小松は、やっぱり左端を狙い、それを読んだキーパーに、まんまと阻止された。

つまり、山雅を観続けていれば、こういう未来が、いやでも視えてしまうのだ。

予言者の辛さ、です。

とは言え、味方をも欺くようなプレイは、このところあまりないことも確か。
山雅サッカーが、ますます実直、淡泊 になってんですね、きっと。

無念と諦めの悪さを発散しているのは、山口 一真くらいか。

さて。

後半開始のDAZN実況は、鹿児島(対沼津) の勝利により、山雅の、今季昇格可能性が潰えた、とご報告してくれた。

そんなことは既に、

6ゲーム前からこっち、上位の停滞だのみが続いていたのだから、昇格の可否そのものは、無念なるものの、

天地がひっくり返るほどのことでも無い。

80~90年代に活躍したマラソンランナー中山 竹通(池田町出身)は、たしか、バルセロナ五輪で 4位になった後、
― メダルを獲れなきゃ、4位でもドベでも同じようなもんだ。

と発言して、マスメディアの報道姿勢を批判した。

〈昇格しなけりゃ、3位でも最下位でも同じ〉

ロマンチストの、こういった弱きメンタルに、

これから、山雅を、周りからむしばませないこと、それが大切。

ただ、直近、いただけないのは……、

❶みづから〈半端な〉ゲームをやって敗戦(ys横浜戦 )して、いわば、自滅したこと。

❷リーグ戦績を、出来る限り上位で終えなければならないのに、
今節も勝ち切れずに、スコアレスドロー

結果、現在、得失点差も効いて、9位あたりに甘んじていて、これじゃあ、最終、よくても5位か。

……とくに、❷は、讃岐とのゲーム様相からすれば、おおいに期待はづれ。

ただですね。

診方を変えれば、誰かさんがいないと、これが精一杯、とも言えましょう。

ファンサポーターに良心があるならば、EPSON月間MVPは、その投票を棄権すべきではありますが、

せいぜい、、定位置復帰を勝ち獲ったビクトルか、成長への報奨として米原か、このいづれか?

プレビュウでも指摘したとおり、讃岐はカウンター攻撃のチームなんで、ボール支配は、やっぱり山雅に傾いて、こちらがボールを握る展開が続いた。

僕が観た限り、讃岐の、5バックのチームディフェンスが、時間経過とともに疲れから、緩くルーズになった、70分前後。

このあたりが、山雅としていちばん、攻撃に張りあいが出て、ゴールの匂いがした。

縦パスも何度か試みられたし、

79分、ペナルティーエリアから、滝が、小松めがけて送ったクロスは見応えがありました。

でも、せっかく威力ある攻撃の時間帯を無得点で過ごしてしまうと、

お決まりの3バック変換から、相手のカウンターを橋内頼みでケアしつつ、ロングボール戦法へと変貌。

これも、予言者ばかりでなく、おおかたの山雅ウオッチャーには透視できたのではありませんか?

さて……。

ラストゲーム、このあたりを、どう打開しましょう?

まさか、昇格可否を言い訳に、宿題を放り出していいわけがない、チーム山雅よ。

では。

不変は,普遍。

ウディ ウー(Woody – Woo)

『今はもうだれも』(1969年7月発表、英題 Let Me Alone) の、

(レコード)ジャケット写真をみるにつけ、

男の服飾は、時代を経ても、そうそう変わっていないよなぁ、とつくづく思う。

まぁ、僕が見聞きするのは、ここ100年足らずの変遷に過ぎないんですがね。

このトリオ、

立命館大、同志社大の学生が結成した。

ゆえに、アイビーリーグ界隈のアメリカントラディショナルを着込むのは、

時代の流行りの中では、アタリ前だったんでしょうが、

いまだ、古風なアメリカのファッションが生き延びているのは、僕にはありがたいことです。

なぜなら。

装うことにおいて、そこには基本ルールが在るから、組み合わせに悩まずに済む、といったきわめて、消極的な理由。

では。

準備できたか? アイデアを (讃岐戦プレビュウ)

現地参戦を、今節はパス。

(かつての僕の算術では、讃岐戦以前に、リーグ成績は、おおかたのメドがたっているはずだったために)

水曜日だったか。

たまたま、なにかの下敷きにしようとした、ys横浜戦のマッチデイプログラム。

その表紙をみると、

〈興廃、この一戦に在り〉とある。

この文句、日露戦争(1904~5年)時、バルチック艦隊(ロシア)との日本海海戦にあたり、

作戦担当参謀の秋山 真之(さねゆき、1868~1918) が、指揮下の艦隊に送った打電分から採ったもの。

原文は……、

皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ。

あぁ、ずいぶんと大きく踏み込んでいたんだ、前節は。

ならば、Z旗 (アルファベットの最後の文字だから、もうアトがない、というダジャレ) を用意しなければならなかった。

ここまで宣してしまうから、あとで、収拾に苦しむんだよな。

せいぜい、今季いちばんの決戦、くらいでよかったのに。

 

……、前置きはそれくらいで。

ピカラスタジアム(@丸亀市)でやるについては、

攻撃アイデアとその実践によって、1点でも多く得点する、それしかありません。

汚名、とまではいわないが、あれだけ攻め立てながらも、ゴールとして完遂できなかった攻撃を、どう修正してくるのか?、立て直したのか?

讃岐は、ポゼッションしない。

できるだけ速く敵陣に進入する、カウンター攻撃のチーム。

だから、今節は、前節ys横浜戦のまるで、再テスト、つまりは、追試なのだ。

DAZNを観ていて、(いい意味で) 目を疑う!!、そんな日曜日であれ。

お決まりの、途中投入をともなう 4バック☞3バックへの変換にしたって、それが攻撃性向上を狙ってんだったら、

得点経過もありましょうが、果たして後半60分過ぎまで待つのか、そもそも発動すべき手なのかどうか、の再考を。

まづは、サイドプレイヤーの配置の工夫、特に、左サイド、そこから。

まさか、この際、菊井を無理して出場させる、なんてことは期待しませんけれど。

では。

凍てついた10番街 〈Tenth Avenue Freeze-Out 〉

〈五番街のマリイ〉という、男の身勝手を描いた流行り歌があったけれど、

今回は、毎度のブルースス プリングスティーンの、1976年発表の歌です。

Teardrops on the city ……、で始まる歌詞は、なんとも、ブルースらしい抒情性でありますね。

freeze-out とは、俺には冷たい、という意味を含んでいるから、冬季専門の歌でもないのですが、

こういうノリの好い歌を流せば、アルウィンはもっと吹っ切れる、そんな気がしますが、いかが?

ああだこうだ言わないで、ただ楽しく聴いていたい、そんな曲。

(スプリングスティーンの中では、気分良く聴けるぶんだけ、すこし異端な楽曲にも思えます)

では。

萬年の 怨念。

この前の日曜日、久しぶりに、高遠に在る松茸山のオーナー(松本在住) と会って食事をした。

聞けば、10月下旬頃に、

左足の甲と指のひとつを骨折(骨にひびが入る)した、と言う。

それも、萬年の怨念の所為だ、というから、ずいぶんと穏やかでない。

高遠の親戚筋に挨拶にでかけた際のこと。

ついでに、山にいってみようか?、となった。

クマよけの鈴はふたつ身につけて、用意万端。(ちゃんと準備したんだ)

おかげで、松茸を数本手に入れることができたが、途中、イノシシと遭遇した。

不幸にも目があってしまって、追いかけられるハメに。

途中、切り株につまづいて転倒したものの、なんとか逃げおおせた。

帰路、日帰り温泉に寄って、そこで靴下を脱ぐと、

なんと左足が、ひどく腫れあがっている。

すぐにかかりつけ病院の整形へ行って診てもらったら、左足甲部と指骨骨折の確定診断。

湿布にて保存的治療となったが、しばらくは松葉づえの生活。

骨折して、すぐに頭に浮かんだのは、

― 萬年氏に報せもせず、自分だけ(彼女と)松茸採りに来たが、これはきっと、声をかけてもらえなかった萬年氏の怨念が作用して、イノシシに自分を襲わせたのだ、という想念。

たしかに。

秋口から初冬にかけて、今年は叶わなかった松茸狩りのことが、時々は脳裡を去来したことはあったけれど、

まさか、それが怨念に昇華して他人を傷つけるエネルギーになるとは!!、当のご本人も、まったく知らなかった。

待てよ?、するとですよ。

ひょっとしたら、鹿児島と富山の 2連敗は、この僕の怨念が作用しているかも知れないな。

けれども。

クロス30本を投入するゲームを続けながら、それを、勝ちにつなげられないとは、

山雅には、よっぽど、〈運〉というものがないのだろう。

では。