あぁ、平穏……。

― 爭いを好む女と一緒に家におるよりは、屋根のすみにおるほうがよい 
(旧約聖書 箴言21章8節)

イスラエル王ソロモンが、そんな婦女子に囲まれていたのか、

または、他人の家庭をみて、そう思ったのかは知らないけれど、

『風前の灯』(1957年、松竹)を観ていて、この言葉が思い出された。

映画は、洒落た脚本と演出(木下恵介)、それと、達者な役者によるコメディで、

この作品に先立つこと、ちょうど2か月前に公開された、

『喜びも悲しみも幾年月』(同監督)と同じく、佐田 啓二と高峰 秀子が、夫婦を演じている。

が、ふたつの作品における夫婦像の〈落差〉とその演技に、終始、抱腹絶倒だ。

……風前の灯については、機会あれば、また書くことにして、

〈These Foolish Things〉(たわいないことに(あなたを想う)) は、ジャズのスタンダードソング。1936年発表。

……口紅のついた煙草、
素敵な場所への航空券、
隣のアパートから聞こえるピアノ、
水仙の花と 空を横切る電線、
小さなテーブルにある蝋燭の灯火、
通過する真夜中の電車、
放り投げたストッキングの下のパーティー券、
グレタ ガルボの微笑みとバラの香り、

そんな他愛ないことのすべてが、あなたを想い出させる。
それは、僕には喜びであり、また、痛みでもあって……。

ひとをおもうこころに、平穏のみを願うのは、虫のいい話なのかも知れない。

では。

覚え書のおわり。

J.S.バッハの、ゴールドベルク変奏曲(1741年刊行、BWV988)は、

チェンバロ演奏のために書かれた。

没する9年前の、バッハ 56歳の年。

某伯爵の不眠症を癒すために創られた、というエピソードを、そのまま信じていいのかどうかは疑問。

まぁ。すくなくとも。

聴き手が貴族階級に限定されていたことは、階級社会の世にあっては当然で、

バッハのアタマには、民衆に聴かせる発想などなかっただろう。

現代に生きる、一市民のありがたさよ。

曲は、同一のアリアで始まって、終わりが締めくくられ、

その間に、30の変奏が配される。(前後半15づつ、の趣き)

グレン グールドのピアノだと、

変奏曲 30が、清新で、高貴で、情感が豊かに演奏されていて、素晴らしい。

……と、これは、前置きで。

 

ゴールドベルクの変奏曲数が30なので、

令和キネマ座の集中鑑賞は、真似て、30作品で終わることにする。

29) プロデューサーズ 1968年 米

30) シティーヒート 1984年 米

……30本観終わって、ざっと心に残る俳優は、

丹波 哲郎、ジーン ワイルダー、マックス フォン シドー あたり。

この3人については、今回の作品というより、他作品における演技が、もともと筆者の心象にあって、それらを含めて、彼等の演技力の幅と深さに魅入ってしまったがゆえ

(丹波☞ジャコ萬と鐵、ワイルダー☞ヤングフランケンシュタイン、シドー☞エクソシスト、といった具合)

では。

館主の覚書ひとつ (2025.12月~2026.1月)

元来の、熱しやすく冷めやすい性質のためか、

この年末年始は、初見と再見が入り混じり、ムーヴィーを観散らかしている。

筆者は、令和キネマ座の館主でもあるから、

覚えとして、現時点(1/21)で、それら作品を箇条書きしておこう(観た順序ではない)。

(なお、★を付した映画は、最近のブログで採り上げた、ナンバリングは使える記号の範囲内)

スローターハウス5 ★ 1972年 米

キャッチ22 1970年 米

網走番外地 1965年 日

チャンス 1979年 米

ガントレット ★ 1977年 米

トゥルー クライム 1999年 米

月光仮面 魔人の爪 1958年 日

吶喊 1975年 日

三匹の侍 1964年 日

渚にて 1959年 米

ハートロッカー 2008年 米

自由を我等に 1931年 仏 (日本公開 は 1932年)

マルタの鷹 1941年 米

アリスの恋 ★ 1974年 米

コンドル 1975年 米

ピアニストを撃て 1960年 仏

バルカン超特急 1938年 英米

刑事ニコ 法の死角 1988年 米

ブレージングサドル 1974年 米

ラ ジュテ 1962年 仏

21)アノマリサ 2015年 米

22) スキャナーダークリー 2006年 米

23) 桜桃の味 1997年 イラン

24) ロンゲスト・ヤード 2005年 米

25) アンファヴィル 1965年 仏

26) 夕陽のギャングたち 1971年 伊西米

27) ブルジョワジーの秘かな愉しみ 1972年 仏

28) マーティー 1955年 米

機会があれば言及したい映画ばかりだけれど、

気分的には、No.27の、醒めたリアリズムが、今は、しっくりとくる館主です。

では。

気分は上々『ガントレット』。

〈ガントレット〉(英語☞gauntlet ) とは、処刑のひとつで。

(おおくの場合は) 兵士が、2列に対面に並び、

罰を受ける者を歩かせて、両側から、こん棒や鞭でなぐる方法。

映画『ガントレット』(1977年公開)では、

そのクライマックス、

主人公が運転するバス(ハイジャックした)が、武装警官の列の間を走行、

バスがハチの巣のようになるほどの無数な銃弾を浴びるシーンがあって、

それを暗示するタイトルになった(と思う)。

もちろん。

こんな扱いをされれば、

それこそ、気分は滅滅、に違いないが、

この作品が、監督としての 6作目という余裕もあってか、

クリント イーストウッド(主演も彼) は、剛直、真っ向勝負の演出ぶりで魅せる。

ラスベガス(ネバダ州)からフェニックス(アリゾナ州)への、ロードムービー仕立ての物語で、

行く先々で、こっぴどい銃火をくぐりながら、

出世コースからスピンアウトした中年警官と、

彼が、その護送を命じられた売春婦との間に、

反目からはじまって、やがては、両者に共感が芽生えるストーリーは、

これぞ、紛れもない、ファンタジーですな。

さらに。

イーストウッドの趣味の良さは、

冒頭と、エンドロールに、

フェニックスらしき都会の、夕陽の残照が残る景色の中、

アート ペッパー(1925~1982 米サックス奏者) の演奏をかぶせるあたりに伺えて、

それを聴けるだけで、気分はもう上々。

では。

ジョージロイヒルの本命作。

ジョージ ロイ ヒル (1921~2002年)監督の作品といえば、

『明日に向かって撃て』(1969年、原題は、強盗ふたりの名前を並べている)

『スティング』(1973年)

この2作品が、(日本にあっては)

ポール ニューマンとロバート レッドフォードの取り合わせもあり、もっとも馴染み深いのかも知れない。

萬年的には、『スラップショット』(1977年)も忘れてもらっては困る、という評価。

だが、だが、しかし。

ロイ ヒルにあっては、

『スローターハウス5』(1972年)こそ、最も敬意が払われるべき作品と、今回観て思う。

そもそも、

カート ヴィネガット Jrによる原作(1969年発表)が、想像力豊饒な、SFコメディ文学である分だけ、

それを踏襲した映画のほうが、その評価を落としているのではないか?、と僕は邪推するんですが、

これが、かなりな見ごたえがある。

タイトルは、(独語で)〈第5屠畜場〉のこと。

これは、主人公ビリー ピルグリムが、第二次世界大戦中、ドレスデンの街でドイツ軍捕虜であった際の、代用収容所の名そのもの。

異星人の力によって時を超越して移動してしまう彼は、戦場と未来、あるいは終末までをいったり来たりして、物語は進行する。

映像もいいが、

グレン グールドによるバッハ演奏曲を随所に用いているあたりが、この監督の趣味の良さ!であります。

令和キネマ座の、準ベストテンにいれなくちゃあ。

もっとも僕が感心するのは、

明日に向かって~と、スティングの間で、

この作品を撮っていた、という仕事の旺盛ぶり。

さらに、主人公を演じたマイケル サックス(1948~)は、

〈ザ シュガーランド エキスプレス〉(1974年 スピルバーグ監督)で、

監獄破りの若い夫婦の、人質となって連れ回される巡査役で出ていましたね。

では。