古風な ラブソングを。

ポール ウイリアムズ (1940~ )に、

オールドファッションド ラブソング(An Old Fashioned Love Song、1971年発表)、という曲がある。

ポール自身の歌唱よりも、むしろ、スリードッグナイトが取り上げて有名にした。

古風な恋歌か……。

僕にとっては、いまのところ、こんなのがそれに当てはまる。

 

『More Than I Can Say』(1960年、クリケッツ名義で発表)。

歌詞は、このタイトルの前に、I Love You と綴られるので、

言葉にできないほど、好きなんだ、となりますかね。

作詞作曲に、バディ ホリイ (1936~1959.2.3)がどのくらいかかわっていたのか、詳細は知りませんが、

彼の事故死まもなくしてリリースされているから、バディの曲のように思ってしまえ。

柳ジョージによる、ソウルフルなカヴァーも、捨てがたいけれど、ここでは、オリジナルヴァージョンで。

では。

今を 楽しむために。(いざ,宮崎へ)

内容と結果、といった、不毛な議論に立ち入ろうとも思わないが、

このところ、

(鹿児島戦をのぞけば) スタッツでは相手を圧倒しまくっているけれど、勝ちをモノにできないゲームが、けっこうあった。

後で振り返った時、琉球戦がポイントのひとつになるとすれば、

あのゲームでは、ひとつの割り切りに徹したことが、大きい。

実はこの傾向、FC大阪戦でもあって、要は、できるだけ手数をかけずに、相手ゴールへ向かう、という決め事の徹底。

この辺は、相手の出て来かたにも左右される事象とは思いますが、

冒頭に戻れば、

ようやく、取り組み内容を結果へと持っていけるようになった、が正確な言い方なのかも知れない。

その意味では、霜田さんは、けっこう正直な人で、

やってる内容を継続して、もっと強いチームになる(決意)、がだんだんと姿を現しつつあるのだろうか。

(チームが強くなる、その根底は、各個の技量があがってきていることに尽きる)

今季ずっと言ってきたけれど、

なけなしの得点力を、守備の破綻を防ぐことでやりくりする数年来のサッカーには、もう飽いているから、

たとえ失点しても、その倍のゴールを獲って勝つ、これでいい。

だから、次節宮崎戦も、そんなサッカーをしよう。

で、自分流に、どこかに微調整を加えて、対宮崎初勝利を。

では。

あるじ,帰還スル。

新型インフルエンザ感染症から、ほぼほぼ軽快。

検査陽性による確定診断から、一週間。

まぁ、人並みだった、ということで。

いましばらく、アタマの中を静かにしておこう。

少し前に亡くなった、ジョージ ウインストン (1949~2023年6月4日) のピアノを聴きながら……。

静かに眠れ、ジョージ。

では。

戻っておいで 俺のもとへ。

職場の某課長が、

帰省した折に持って来た、といって、

『SUPER BEST MARI AMACHI』のタイトルがついたCDを、貸して下さった。

天地真理のベスト版で、16曲が収まっております。

― 9曲目まではわかるんだけれど、それから後の曲はピンとこないよなぁ、と課長。

貸していただければ、とにかく幸い。
だから、僕は、選曲に文句をつけるはずもない。

先頭のやつは『水色の恋』……。

高校生の頃だった。

友人のKと、ポップアート調に人間の死を暗示させる立体作品を一緒にこさえて、それに『水色の恋』と題して出品したのを想い出す。

まったく、暢気で無邪気な時代、でした。

当時、僕はむしろ、8時だよ全員集合で、
たとえ不得意であっても、仲本 工事に文句を言われながらも、器械体操に取り組んでいるキャンディーズのほうに、よっぽどプロフェッショナル精神を感じていて、彼らを好んでましたがね。

さて。

日々が、とめどなく過去に繰り込まれている世界に生きているのだから、

かつての或る時代に向かって、僕は、

戻っておいで、俺のもとへ (☞ Bring it On Home to Me、サムクック作、1962年発表)、とかは、到底言わないし、言いたくもない。

ところが、今の世、浜松あたりには、殊勝なお方もいらしゃって、カヴァーでもオリジナルでも、

’60 を、ガッチリ、カッキリと見事に醸した音楽道をまっしぐら、の仕事をしている。

これはこれで、吹っ切れていて、称賛に値します。

今回は、上に書いた、サムクックのカヴァーを、アカペラで挑戦。

二重唱を、わざとずらしているとこなんかは、憎い憎い。

こういうのが、’60 のソウルフルテイスト。

して、相当に巧いイングリッシュの発音は、つくづくと脱帽もの。

なお、原曲で、

戻ってこいよ、と呼びかけている相手は、かつて自分を棄てて出ていった恋人のことです。

では。

この夏に 逝く。

ランディ マイズナー (1946 ~ 2023.7.26) が、亡くなった。

享年 77歳。

日本流にいうと、団塊の世代。

元イーグルス(Eagles)の初期メンバーで、このバンドには、創設された1971年から、1977年9月まで在籍。担当は、ベーシスト。

イーグルスは、もともとリンダ ロンシュタット (1946~ ) のバックバンドとして作られたので、出発からプロモ―ショナルな産物だった。

というものの、聴くに心地よいウエストコースト臭が受けて、70年代からその後、かなりの人気を保つ。

全員がヴォーカリストとして一流であるから、そりゃあ、聴きごたえがあります。

今は、こんな動画で、ランディを偲ぶことに。
メインヴォーカルが、彼。

では。