半世紀後の セルフカヴァー〈America〉

東京に住む友人と、アンドリュー ワイエス展(@東京都美術館) 観覧の日程をつめていたら、

いつしか、話題が、川島 芳子に及んでしまう。

この名を知る人は、特に、春秋に富む若い世代には、ほとんどいないだろう。

― 川島芳子って、松本に縁があるんですか。知りませんでした。

― 松本の寺には墓があって、旧宅跡には、看板だけ。現在の松本蟻ケ崎高校、かつての松本高等女学校に在籍、馬で通学していたエピソードがあるよ。

その昔。

日本が、米国に対して戦争をふっかけた1941年に。

ポール サイモンは、生まれた。

1968年 (ポール26歳)。

母国アメリカを、恋人とふたりして長距離バスで探しに出かけるんだ、という歌詞の曲を、

タイトルもそのまま〈アメリカ〉として発表。(サイモン&ガーファンクルとして)

時は経って。

それを、御年 75歳のポールが歌っている動画を見つけた。

生みだしてから、半世紀しての歌唱。

これが、なかなか聴かせるんですねぇ。

飾り気のない、絞り出される〈肉声〉の切実、というのか。

年齢をかさねることの重み、なのか。

このところ、なにかとうるさく立ち回っているU.S.A。

いったいアメリカという国がみせる自信とは、どこからくるんだろう?

そんなことも思いながら……。

では。

しんみり聴くセルフカヴァー〈Brandy〉

Brandy ( You’re a Fine Girl )……。

ルッキンググラス(ロックバンド名)が、1972年にヒットさせた曲。

とある港町(ウエスタンベイ)の酒場で働く、ブランディという名の女性と、船乗りたちの物語。

いままでも、このブログで採り上げているのは、

つまりは、ブログ主が、偏愛してやまない曲。

今回は、曲を作った張本人のエリオット ルーリー (バンド結成者) が、

アカペラのバッキングコーラスをつけて、セルフカヴァーしているやつ。

南長野で聴いたリトルなんとかも、

それなりの歌唱力はたいしたものですが、

皆さん用意は出来てますかぁ~?!、的な声の張り上げには、

ジジイはついていけなくて、まことに残念。

むしろ、あれ、アカペラ(伴奏なし)で演ってもらったら、もっと迫力が出た、と思う。

で。

今の僕は、こういう洒落た編曲で歌ってもらうと、心が落ち着きます。

では。

キース ジャレットとは。

ジャズピアニストのキース ジャレット(1945~ )は、

病気によって、もはや演奏が行えない様子で、事実上の引退らしい。

たまたま愛車では、今、ケルンコンサート(アルバム 1975年発表)が流れていて、

それを聴いていると、

キース ジャレットとは、僕にとってどんな存在だった(過去形ですみません!!)のか? といった、

マコトに、形而上学的な問いが浮かんでしかたがない。

彼が紡ぎ出した音楽をすべて網羅して聴いた者でもなく、

青年時代のケルンコンサートは、格段に新鮮に受け止めた僕からすると、

ケルンと、マイバックペイジスと、マイソング、それとゴールドベルク変奏曲が、どうやっても、守備一貫してつながらない。

(仕事としての) 取り組みが、なんだかバラバラで。

もちろん、一貫するしないなどとは、まったくもって僕のタワゴトで、余計なお世話に過ぎません。

では。

黙々とすすめよ。

人口は減っているのに、世帯数は増えている。

要は、ひとり、ふたりで暮らす人々が多くなった。

独りで過ごしていたら、一日を黙っていることがもっぱらで、

メールのやりとりが多くなれば、尚更だよなぁ、

……とアタリマエの事に感心する自分に呆れている。

アウトドア作業が少ないので、

思い立って、身辺の整理に手をつけ始めた。

かねてから、2階寝室のガラクタをなんとかしてよ、との家人注文もあるから、

まづは。

書斎 (同居人いわく物置部屋) の本棚を空けてから、寝室にある書類をそこに持ってくる段取り。

10数年前に、書物の取捨を一度はしたが、また、やらねば。

先日は、本棚の 4分の1 を整理して、

それからと、数十年分を溜めこんだ給与明細を、全部棄てた。

念のために、ひとつひとつ明細であることを確かめながら、ゴミ袋に投げ込む。

或る時期などは、何か月も連続で給与明細の封を切っておらず、自分のいい加減な性格を思い知る。

ははぁ、この当時(長期で)は、こんな(少ない) 給料だったんか、

やりくりにはずいぶんと苦労をかけたなぁ、と自分にも人並み?の感慨が湧く。

松本市指定のゴミ袋が、一時間足らずでほぼ満杯。

人生の終末をみすえた整理を終えるには、あとどれほどのゴミを出すことやら?

では。