音楽が死んだ日。

夜明け前のこの静けさは、

やはり、すこしの降雪か……。

1959年の。

日付けが、2月3日にかわる頃。

アイオワ州(米国)の天候は、猛吹雪。

その中を、

バディ ホリー(1936~1959年)ら3人のミュージシャンが乗った小型飛行機は、

600キロ離れた次の公演地に向け飛び立ったが、悪天候と操縦ミス(事故調査による) によって墜落。

飛行士を含む 4人全員が亡くなった。

ロックンロールスターの事故死に衝撃を受けた、13歳の少年は、

やがて、自分が、シンガーソングライターとなると、

その日を、『音楽が死んだ日』(The Day the Music Died) と呼んで歌った。

その曲が『American Pie』(アメリカン パイ、1971年発表)。

……僕の心と体が震えたあの日から10年、いろんな連中が出て来て、その音楽とやらを演ってるけれど……(長い曲の歌詞の概要)

 

これから、何年経っても、この回想と追悼は、今日を選んでやるしかない。

ところで。

バリィ ホリーが、当時、どれほどの存在だったかって?

たとえば。

英国リヴァプールで、世に出ようと腕を磨いていた4人組が、

そのバンド名を、バディ ホリー&クリケッツ(コウロギ)に触発されて、

ビートルズ(カブトムシ)に変えた、ってことが、ひとつの証拠。

動画は、ドン マクリーン自身の歌唱です。

では。

『凍てついた十番街』。

原曲名、Tenth Avenue Freeze Out

ブルース スプリングスティーンが、1975年に発表した曲です。
(アルバム『Born To Run』に収録)

この前、背番号#10について書いていて、

その連想から、この歌を思い出しました。

ここでいう10番街とは、

スプリングスティーンの出身地、ニュージャージー州ベルマーの街にある

10番ストリートのこと。

ニュージャージー州は、すぐ対岸がニューヨーク州マンハッタンですから、

あの島を南北に走る、#10ストリートを、考えてしまうかもしれんが、

駆け出しの頃の、

やがては、Eストリートバンド として一緒に音楽をやる連中との出会いと思われる歌詞を含むので、

やはり、故郷ニュージャージー州のこと、とするほうが、すんなりきます。

ニュージャージーの緯度は、だいたい青森市と同じ。

大西洋に面しているとはいえ、それなりに冬は冷え込むのでしょうかね。

ここでは、スプリングスティーンが、みずからのピアノソロで演ってる動画を。

では。

吐いておく弱音 その❶(リーグ開幕の前に)

松本平の、某高校の校訓には、

弱音を吐くな、との条があると聞いた。

こういうのは、

弱音こそが、すべての創作活動の源泉と活力、とする萬年式思考によれば、

何考えてるんだ、となるが、ま、軟派の発言とお許しください。

実際、そこの学生諸君は、こんな文言に縛られてはいないだろう。

が、お許しついでに、いますこし弱音を吐いておきます。

2025季の、ラスト10節、つまり、リーグ最後の4分の1は、

本拠地が使用できず、4ゲームがホーム扱いではあったけれど、

結局、すべてをアウェイの地で闘った、山雅ドリフターズ(漂流者)であった。

ゲームメーカー#10の、10ゲーム計の出場時間が71分、という痛手もかさなり、

この間の戦績が、2勝1分け7敗で、勝率は、20%。

弱音を吐くな派からすれば、要は、我らが弱かっただけ、となりそうだけれど、

それは、いわば、議論ファシズムであって、正当なる弱音を救うのがリベラリズムだろう。

で。

リーグ開幕してから4ゲーム(2月分)が、すべてアウェイなのは、

アルウィン使用開始が 3月からという絶対条件があるための特例。

(☞註:Jリーグの決め事では、アウェイゲームは、 3つ連続が上限であるから)

新生山雅。

とは言え、昨季ラストの戦績をかんがみれば、

また、今日から始まったキャンプトレーニング下でのアウェイ転戦という、もろもろの負荷を加味すれば、

冒頭4ゲームにおいては、90分間をドローで締められれば、上等。

勝っちゃったりしたら、それこそ望外、ということになる。

なにせ勝率20%では、5つやらないと、ひとつの勝利に手が届かない勘定。

しかも、すべてが2部リーグのチームとやるのだし。

もちろん、勝つつもりで共闘しますよ、

こんな曲を想いながらですけど……。

〈Drift Away〉(さまよい漂って) (1973年 by ドビー グレイ)

ウルフマン ジャックの司会と、冒頭のギターレフには泣ける。

では。

あぁ、平穏……。

― 爭いを好む女と一緒に家におるよりは、屋根のすみにおるほうがよい 
(旧約聖書 箴言21章8節)

イスラエル王ソロモンが、そんな婦女子に囲まれていたのか、

または、他人の家庭をみて、そう思ったのかは知らないけれど、

『風前の灯』(1957年、松竹)を観ていて、この言葉が思い出された。

映画は、洒落た脚本と演出(木下恵介)、それと、達者な役者によるコメディで、

この作品に先立つこと、ちょうど2か月前に公開された、

『喜びも悲しみも幾年月』(同監督)と同じく、佐田 啓二と高峰 秀子が、夫婦を演じている。

が、ふたつの作品における夫婦像の〈落差〉とその演技に、終始、抱腹絶倒だ。

……風前の灯については、機会あれば、また書くことにして、

〈These Foolish Things〉(たわいないことに(あなたを想う)) は、ジャズのスタンダードソング。1936年発表。

……口紅のついた煙草、
素敵な場所への航空券、
隣のアパートから聞こえるピアノ、
水仙の花と 空を横切る電線、
小さなテーブルにある蝋燭の灯火、
通過する真夜中の電車、
放り投げたストッキングの下のパーティー券、
グレタ ガルボの微笑みとバラの香り、

そんな他愛ないことのすべてが、あなたを想い出させる。
それは、僕には喜びであり、また、痛みでもあって……。

ひとをおもうこころに、平穏のみを願うのは、虫のいい話なのかも知れない。

では。

63年が過ぎて、なお。

ドーナツをお土産に、拙宅に立ち寄ってくれた小学3年生が、

玄関に入るなり。

Puff the Magic Dragon~と、

マジック ドラゴン以下の歌詞はうろ覚えでも、口ずさんでいるから、

訊ねると、

いま、小学校で歌っている、という。

昨今は、音楽の教本に載っているらしい。

1963年2月。

コーラスグループ、ピーター,ポール&マリイの歌として、シングルカットで発売された。

グループの一員、ピーター ヤローが友人が書いた詩に曲をつけたもので、かなりのヒットになった、と聞く。

それから、63年経っても、この日本で、幼く若い世代が気に入って歌う。

歌の持つ、時と場所を超え得る、偉大な力を感じますね。

 

とんでもないことに、

エセ平和主義者が、反戦歌ととらえたいようだが、

当時、ベトナムにのめり込みつつあった米国内ならばともかく、日本人が厚かましく、曲の能書きなど云々しないことだ。

ただ、パフという名の不思議な竜と、少年ジャッキー ペーパーの出逢いと別れを歌った曲です。

作曲者のピーターヤロー氏(リードボーカル) は、昨年 1月7日に他界した。

享年 86。

では。