『桜坂』は名曲なのに……。

昔々。

ただ〈花〉といえば、梅(日本の古来種)であったものが、

平安末期ごろには、それが、桜(外来した)に置き換わったと、どこかで読んだおぼえがある。

この変移、僕の説によれば。

見応えのある梅になるには、かなり頻繁、丁寧な剪定を要する。

対し、桜は、自然のままに放っておいても、それなりの樹形と隆盛を誇る、というのが、その真相で、

ゆえに、全国的に、桜の樹がはびこることとなった。

日本人には、(特定の庭園をのぞけば) コマメな樹木管理の思想などなかった、樹木には〈霊〉が宿る、という信念とあいまって。

……さて。

家人は、福山 雅治を好まない、という理由だけで、

『桜坂』を聴こうとしない(ようにみえる)。

逆な観方をするならば、

この曲は、つねに、福山雅治の、という形容詞がセットになって大衆に受容されている、ということなんだろうね。

どなたか、翻訳の名手が、こなれて気の効いた英語にしてくれたならば、

『SUKIYAKI』(上を向いて歩こう)くらいの発信力、訴求力を持った名曲に思えるのです。

ま。

オフコースの諸作品も同じような境遇にあって、

双方ともに、味わう側の心情において、作り手からなかなか独立しないのは、まことに惜しい。

では。

『春のからっ風』(1973年)

もはや、半世紀前に発表された曲。

まぁ、そんなのは、めづらしくもないが、

アベちゃんに、知ってるかい?、と訊ねたら、

返事は、No。

二十歳そこそこの日本人が知っているほうが、きっとおかしいのです。

泉谷 しげる作詞作曲。

へぇ~、曲のプロデュースは、加藤 和彦がやったのか。

リフレインの部分の歌詞……、

 誰が呼ぶ声に答えるものか
 望む気持ちとうらはら
 今はただ すきま風を手でおさえて
 今日の生き恥をかく

……なかなか秀逸な詩だと思います。

僕の中では、この歌い手のベストかな。

では。

アベちゃんと衝突する。

彼が、ハウルの動く城(2004年)、をえらい高く評価する。

なので、

宮崎作品は、新しい〈神話化〉を追求しているように思える。

だとすれば、風の谷のナウシカ(1984年発表)で、既にその最高点に達しているから、

それ以降は、同工異曲の焼き直しに過ぎず、

いまさら、採りあげるものがないよ、とか感想を述べると、

いやいや、あのカテゴリーは、

その作画(美術的な)が、重要な要素を占めるし、その点、ハウルの~は素晴らしい、という。

そうかなぁ。

もともと日本のアニメーション動画は、安価な制作方式(それ自体は否定しない)で作られていて、

発信(制作者)、受信(観客)の双方が、そういう技法的な枠組みを了解した中での、画仕事。

人物の動きを、解剖学的に捉えて再現してみせるディズニー作品群には及ばないのでは?

……親子ほどに年齢の隔たったふたりに、こんな会話が成立すること自体、

この80年間、日本のアニメーション界隈には、制作システムにおける断絶がないのだろうか。

では。

たんたんとやれ チャント (竹原ピストル再論)

アベちゃん(職場の同僚) が、ぞっこん(らしい)の、サカナクション。

有能で、上手いバンド。

だとは思うが、僕からすると、曲、作り込み過ぎかなぁ、チョッと。

……年齢を加えるにつれて、より〈坦々〉かつ〈淡々〉とした音づくりを好むようになった気がする。

そういう僕の偏愛からすると、

歌作りにあって、歌詞が先か、旋律が先なのかは知らんが、

昨今の、耳に入ってくる(邦楽の)メロディラインは、急激な音の高低を繰り返し、そこに裏声も多用されるから、

歌詞が、この爺の耳では、日本語として追いきれず、

さらに、英語が混ざったりすると、それこそお手上げ。

さらにさらに、変にしゃくりあげるような舌の巻き方、と来た日には、

そこでもう、つき合うのをやめてしまう。

こういうの、流行りなのかねぇ。

バッハの、G線上のアリアが、現代人にあれだけ人気があるのは、

原曲を、使う楽器を少なくし、G線だけの使用へと、シンプルにしたためではないか。

そんな中、竹原 ピストルは、

高齢者に優しく、しかも、価値観の押し付けがましさのない洒落た歌詞で、走る。

その発声は、あえて言うと、北島 三郎にも似て聴きやすく、クラシカル音楽寄り。

どうも、彼、ギター1本で歌っている感じがするけれど、

おおかたの批判を覚悟で言うと、

この歌唱、レッドホットチリペッパーズなんか遙か足下におくほどの出来であるのだから、

ジャズのトリオ編成をバックにして、演ったら?、とますます誘惑が湧いてくる。

……なんだよ。

高齢者(おもにファースト及びセカンドベビーブーマー世代)は、竹原 ピストルを聴け、といった今回の結論で。

念のため、『お前、もういい大人だろ?』はオリジナルで、

〈いい加減、諦めんなよ〉」と、応援している。

では。

竹原ピストルとは,チャントである 『なごり雪』

 

森田 童子(1952~2018)と、鮫島 有美子(1952~ )は、

1950年代初頭生まれ世代の歌手の、双璧に違いない !! (もちろん、ただ僕の中で)。

その森田の、『たとえばぼくが死んだら』(1980年発表)を、

竹原 ピストルがカヴァーしているのを聴いて、えらく感心してしまった。

実直に、美しくのびやかに、情に流されず、かといって、情を棄てもせず、品の良い日本語で歌っている。

で、次に。

『なごり雪』(1974年発表、by かぐや姫)もカヴァーしているので、これも聴いてみて、いやぁ、大したものです。

歴代カヴァーのなかで、出色でしょうね。

そこには、あの名残り雪を歌う(姿勢)、ではなく、竹原自身の名残り雪が厳として在るからだ。

つまり、歌詞中の、

電車が行ってしまって、踵を返してホームから去る主人公の、

新たな出発が、深い決意で感ぜられる、そこが良い。

竹原 ピストルについては、近々にでも、また。

では。