そろそろ僕の緑化『Green Sleeves』

  孤蜩(ひぐらし)  奏でる庭に  夕映えの落つ

       蜩(ひぐらし)の  ひとつ奏でて  夕映えの庭  萬年

黄昏前のマジックアワーは、今頃だと、18時半から19時チョイ過ぎ、くらい。

初秋は、すでに忍び込んでいて、これぞ、

〈秋春制〉の季節感には、ピッタリではありませんか。

先日。

山雅から、26/27シーズンのポスター(12月までの) がリリースされた。

今月末には、掲出が解禁されるようだ。

喫茶山雅へ出向いて分けてもらい、

心当たりの処いくつかに、貼り出しをお願いしてみよう。

僕の狙いは、また、木曽街道になるだろう。あの辺は、宣伝が、手薄かも。

そのポスターには、

サイコウの文字に、8人が刷り込まれていて、

なかなかシンプルで、よろしい。(人選に議論あるのは、ゆるす)

このうち、25シーズンに在籍していたのは、3人。

残りの 5人は、(昨年に2種登録の期間があった2人だが)

ここ半年以来の加入なんですな。

常に、変化と変容の先頭に立つことで活路を拓け、山雅。

さて。

〈グリーンスリーヴスによる幻想曲〉は、

R ヴォーン ウイリアムズ(1872~1958年、英作曲家)が作った歌劇の間奏曲に、ラルフ グリーヴスが、編曲を加えたもの。

僕は、これを、〈All You Need is Love〉(by The Beatles 1967年発表)の中で使われているのを耳にして、知ったようなもん。

曲の〈緑の袖〉とは、高貴な女性のことを暗示する、といわれているが、

そのまま、山雅プレイヤーがまとう、ユニフォームのことでもあるから、巧く、アンセムのひとつとして活かせればいいのですが、

曲調として、哀愁が勝り過ぎる?

では。

Summertime 束の間の自問。

ところで。

個々人の情感に、軽重などあるはずもない、ということが、長い年月わからなかった。

おそらく、ホントウの人生は、また別にあって、いまは間に合わせの時間、といった錯覚が、僕の中に、抜きがたくあったためだ。

きたない筆跡で汚した手帖は棄ててしまって、新しいやつに変える、そんな感覚。

だが、手帖は気軽に更新できるが、生き様は、そうは変えられない。

昔が今よりマシだったのか、あるいは、その逆なのかどうか。

こういうことも、考え出すと、けっこう怪しい。

では。

1969年モノを、もうひとつ (Let Me Alone)

職場のヴァンさんと、映画談義をしていたら、

彼が、ジェームス コバーンの名を挙げた。

他人の口から、この役者名が出るのは、滅多にないことであるから、

僕にとっては、ずいぶんと、上機嫌な日になったのだ。(おかげで、古書店兼カフェで、700円も散財した)

さらに。

話は、スティーブ マックインと、その服飾センスに及ぶ。

マックインの着こなしは、いまだ、世に評価が高いらしいが、

それを間違って解釈すると、トラディショナルアイテム魔に堕すから、注意が必要だ。

はじめに、なになにのアイテムありき、では決してなく、

本質は、テラテラした華美を遠ざけて、質実で機能的なもののみをまとう、これに尽きる。

つまりは。

なにを着ないのか、が問われるのであって、

ちょうど、アウトドアアクティビティが、なにを持って自然の中に行かないかを問うのと、よく似ている。

たとえば、上の画像が、その見本。

白いボタンダウンに、臙脂のクルーネックセーター、

その上に、ツィードのジャケットをはおり、(おそらく)パンツは、薄紺のデニムだろう。

……決して気障りにならない、没個性をもいとわない、さりげなさ。

これぞ、最上等なセンス。

さて。

マックインの代表作のひとつが、〈ブリッド〉(1968年)。

サンフランシスコ市警の、アウトロー刑事という役柄は、

それから3年後に世に出た〈ダーティハリー〉の、そのまま先駆だから、

本来ならば、ハリー キャラハンは、マックインが演じるべきはずが、

実際に、映画製作の現場には、そういう話があったという。

納得ですな。

……60年代末期、質実、孤独(アウトロー)、という話になったので、

1969年に発表された、作り込みも実にシンプルな、この曲を聴いてみるかい?

では。

演歌を変えた 演歌。

……と言えば。

僕の中では、断然、『北の宿から』にトドメをさす。

演歌を変え、かつ、都 はるみ、という歌い手の可能性をも拡張した。

どこかで度々書いたけれど、シングルが発売された 1975年12月、

監督一年目の長嶋 茂雄率いる読売ジャイアンツが、屈辱のリーグ最下位に終わって、東京の冬景色が、ことさらに寒々しかった。

それは、余談。

数日前。

都はるみ公式Youtubeチャンネルが存在しているのを知って、嬉しくなった。

この演歌歌手は、どうしているんだろう、って、時おり頭に浮かんでいたから。

1,000以上のチャンネルを持つ、無料インターネットラジオの〈Accue Radio〉(米国発) には、ワールドミュージックのひとつに、

〈Enka〉チャンネルがあって、

日本のTVやラジオ局では、いまや決して流さないであろう曲が、24時間中、つぎつぎと演奏されている。

演歌とは、タンゴ、ブルース、(コーラスとしての)ドゥワップを下敷きにして成立した、日本の流行歌という定義(by Wiki) は、なかなか面白い。

ジャンルとして形になってから、ほぼ 100年が経つが、

都 はるみと、ほぼ同じ頃の生まれで、流行歌手として、双璧をなすのが、

ちあき なおみ。(もちろん、萬年式ランキングによる)

その良さとは、

情感に流れ過ぎずに、しかも、哀しい感情を呼び起こす歌唱力だ。

そのへんは、『さとうきび畑』をお聴きになると、よく納得できると思うが、

今回は、佐々木 勉作詞作曲の、この曲で。

では。

画帳の残りは……。

森田 童子が亡くなってから、この 4月で 8年が過ぎた。

安田講堂に立てこもった学生を、機動隊が実力行使によって排除した 1969年、

森田は、17歳だった。書き物を読むと、高校中退、とあるから、この頃か。

高校くらい出ておかないと、履歴書には、中卒と記載しなくてはならないのに、

……なんてのは、世俗にまみれたオヤジの感想に過ぎず、

それが、ご本人の意思のマットウならば、要らぬお節介。

首尾一貫性がなく、なにごとにも飽きやすい僕からすると、

どの歌をとっても、あぁ、森田さんね、と腑に落ちて聴けることが、その存在感だろう。

歌い手としては、30歳ごろに公けから姿を消したらしいが、

森田 童子の、歌を描く〈画帳〉は、それから先が埋められることが、一切なかったのだろうか。

……彼女の歌の在り方からすると、そんなことが、かなり気になる。

HjwiEFmwyis

では。