時には,真面目に。

家人は、僕のことを、他人を怒らせる存在、と思っている。

揶揄したり、ひとの話にチャチャを入れたりするから。

― そんなことをやっていると、いつか、カッとなった相手に刺されるわよ、と注意される。

ま、不真面目な奴、と評価されるほうが、

偽善者と言われるよりも 100倍は胸を張れるから、僕はそれでいいのだが、

心配なのが、今、小学3年生の孫が、(僕のように)人を怒らせる言動に長けていること。

僕が人生の長い時間をかけて身につけた特質を、

9歳にして、早くも〈強み〉として使っているのだから、この先、彼の人生における懸念材料ではあるまいか?

では。

名利……。

日頃、喫茶店めぐりをしているらしい(頻度は知らない) 同僚があって、

そこのマスターが……とか、そこで遭った常連の客が実は……、とかいろいろと教えてくれる。

そこで。

― でも、さあ。

あなたの話は、誰々は、どんな地位が在ったり、有名人に繋がっている、または、どれだけの資産を成した、そんなことだよね。

まぁ、そういう〈健全な〉上昇志向を否定はしないけど。

……健全、という言葉には、もちろん、多少の皮肉を込めているのですが、

要は。

名利(名声や名誉、利得)を求め、良しとする人生は、どうもなぁ?、と思っていて、

さりとて。

そういうところに走る向きが大半な世の中だからこそ、

そうでない生き方に感動をおぼえたり、いたく心情を揺さぶられるのかも知れない。

これは僕の偏見だが、

積極的に喫茶店に出向いてたむろするなんてのは、

(他に下心がない限りは)ロクな時間の使い方でない、と蔑んでいるからに過ぎない。

註;喫茶yamaga の場合は、すこし事情が違う。

『幕末太陽傳』は、1957年(昭和32年) 公開の映画。

この作品が、その年のキネマ旬報ベストテンでは、第4位(ベストスリー圏外)なんだから、

当時の邦画界には、当代トップクラスのクリエイターが集まっていて、かつ世間の鑑賞を獲ていた、ということか。

ちなみに、同年、外国映画部門の第1位は、フェリーニの『道』だった。

さて。

太陽傳のいちシーン。

遊女(左 幸子、南田 洋子)の乱闘を、

室内から、中庭へ降りて、そして次には、二階屋から見下ろして……と

一気に執拗に追いかけるカメラワーク。

これだけでも、演出の見事さと、応ずる役者の演技にやられてしまうけれど、

その後に。

男ふたり、湯船に浸かる静寂のシーンをそっと挿むところが、実にいいね。

では。

キンモクセイの効用。

今、キンモクセイの花が盛んだ。

玄関から中庭に回っていくと、甘い香りが心地よく漂う。

― あぁ、実に、いいねぇ。

夫婦の意見が、こんなにも一致することはあまりないから、救われた気分になる。

キンモクセイの花は、夫婦和合の秘訣なり   by 萬年

さて。

今回の曲は、

『ペーパーチェイス』(1973年、米映画)から、そのサウンドトラックを。

音楽を、ジョン ウイリアムズが担当していたとは、いままで知りませんでした。(迂闊)

映画は、将来の立身出世をめざして、ハーバードのロースクール(大学院大学)で学ぶ学生たちのお話。
その俗物性が、わりあい巧く描かれていて面白い。

ただ、主人公が、教授の娘と恋仲になる次第は、かなり不自然(強引)で、気になりますが。

では。

今が勝負, の日々。

樹上、無数についた無花果(いちじく)の実。

それらが数日前から、一斉に熟しはじめた。

みどり一色だった実は、赤みを帯びて、

おしり(枝についていない方) の部分に穴が開き始めたら、そろそろ食べごろ、と収穫の心づもりをしよう(これも経験してわかるようになった)。

その穴はすこし大きくなり、そこからコバエが入って集っている。

中には、穴から、甘い液がしたたり落ちているのもある。

熟れたやつをつかみ、枝からもぎると、ゆっくりふたつに割る。

すると、中のコバエが飛び立つので、いなくなったのを確かめから、

口に含む……その美味よ。

そんなことを、日に2個、3個。

今の僕の日課……。

(量と熟すスピードで)フレッシュではとても食べきれないから、

10個くらいまとめて採ってくると、家人に頼んでジャムにしつらえてもらい、冷蔵、または、冷凍保存しておく。

気が向いたら、冷蔵庫から出して(あるいは解凍して)、

クリームチーズと一緒にブレッドに載せて、そして……。

あなたがツ〇ヤの棚を探しても、決して見つけられない希少種〈無花果のジャム〉。

しかも、レモン汁とシュガーのみでさらりと煮込んだ絶品。

こんな贅沢は、そうそうない。

と、ヘレン メリルのヴォーカルと一緒に楽しんでしまうのです。

と言ったところで、僕の口に入るのは、我が家の、無花果の実全体の、

おそらくは、10パーセント内外だろう。

あとは、野鳥と蜂ら昆虫の糧になるのだから。

〈You’d be So Nice to Come Home to〉(ヘレンは1955年にカヴァー発表)

家に帰って、あなたの傍にいられたら、それは、もう天国。

暖炉の火のかたわら、
冬の木枯らしを聴きながら、
8月の寝苦しい月を眺めながら……それだけが わたしの望み。

こういう歌唱に出逢えば、青江 三奈さんや、八代 亜紀さんが歌いたくなるのもうなづける。

でも、僕はやっぱり、ヘレンのほうがいい、今は。

では。

なぜ知っているのか?

高校生時代からの友人 K君から葉書が届いた。

……台風の後、まだ暑い日が続きます、御変りもなくお元気にお過ごしでしょうか。8月の展覧会は、ご来場いただきありがとうございます…で始まり、

最後を、〈御礼まで〉で終えている。

K君からは、そのひと月ちょっと前に、案内状をもらっていたので、

8月上旬。

僕は、小学3年生をふたり連れて、会場の松本市美術館へ向かった。

展覧会は、2階のスペースでやっていて、入場は〈無料〉。

滞在時間は、十数分程度。

来た痕跡は一切残すつもりもなかったから、記帳はなし。

幸い、(当番で詰めているであろう)主催者らも、入り口にはおらず素通り。

ならば、はて?

どうしてK君は、僕らの来観を知ったのだろう?

(僕と違って)教師一筋のキャリアを通した真面目な彼が、

まさか、たかをくくって、おそらくは来ただろうぐらいで、御礼の葉書を寄こすはずがない。

とにかく、早速、礼状に感謝する葉書をしたためて投函したが、

奥ゆかしい僕のことゆえ、露骨に、何故知ってるの?、とも書けず、遠回しに

形跡も残さずに非礼をいたしました……にとどめた。

ところで。

ジョルジュデ キリコの『不安を抱えるミューズ達』(1950年頃)の絵葉書を使うところなんぞ、気をつかってあって、K君らしい。

ダダイズムや、シュールレアリスムは、たしかに、

絵画(文学も)の、伝統な枠組みを通して味わう鑑賞法に一撃を食らわした。

これも芸術だ、これを味わえ、といった感じの作品が目立ち、

技法や技量は単なる手段であり、作品をとおして表現したのは〈思想〉なんだよ、という態度でしょうね、観ていると。

で。

K君が出品者のひとりであった、あの展覧会の作品。

絵画だと、すべて 100号、つまり、縦横が 1500mm以上の大作ばかり。

これくらい大きなキャンバスに描き込むのは、相当な手腕を要するし、

破綻をしているような作物はなく、要は、手馴れた描き手を感じさせた。

ただし。

僕が、物足りなかったのは、

その題材、その技法で、俺はこれをいいたい、と思える感じが、こっちに伝わって来ないことだった。

きっとそれとは、上述の〈思想〉に近いもの。

なぜ、そこに、半裸の女性を置いたのか?

彼女の存在、肢体を通して、何を言いたいのか?
憂鬱か、それとも、希求か、はたまた、悲嘆か。

こんな観方を、僕はいつの頃からするようになったのか?

なにを求めて、絵画と面と向かうのか?

そこをハッキリさせなくちゃあな。

今後、機会があれば、K君にはチキンと話せるように。

では。