信仰心を破壊する者。

炎の見やすくなる、午後の4時頃を見はからい、

強風、それも、煙が隣家に迷惑にならない南風の日を選んで、

菜園の真ん中に積んだ枯れ枝を、焚いていた。

不審火と思ったのだろう、道の上のほうから、制服の消防団が、ひとり歩いて来た。

一緒に焚火を囲んでいた小学一年の、

それはそれは、快活な、こんにちわ!! に気後れしたのか、

― いまね、うえのほうの畑(僕の家からは見えない)で、三九郎をやってまして、この地区は、全町会が今日やってます、などと世間話から入る。

しばらくたたずんで、最後に、

― 気をつけて、と小声でいうと、来た方に戻って行った。

だから、いわないこっちゃあない、と、後から、家人にはお小言をくらったけれど、

萬年、それなりに用心してるんだから、私有地の焚火ひとつで、文句を言われる筋はない。

それよりも、それよりも。

労力を惜しむといった、PTA役員の都合で、

松の内も過ぎないうち(6日)に、どんど焼きをやってしまう伝統への挑戦的な態度には驚いた。

正月の注連(しめ)飾りは、年に一度ご帰還になる神の宿り給う場所の象徴。

であるから、神様を、まるで追い立てるように、子らに各戸から回収させるとは、宗教心のないのはともかく、

信仰心まで棄ててしまう暴挙ではあるまいか。

夕方の、まだ明るい内の点火については、譲れるとして、

こうなると、そのうち、冬休みの早い時期にとかいって、4日あたりにやりだしかねない。

そういう者が、ご利益を求めて社中で手を合わせて、神が、果たしてそれを聞き給うだろうかね。

それが証拠に、登山ガイド ジャガー氏の故郷、伊勢市においては、

(伊勢)神宮のお膝元には、年中神がいらっしゃるゆえに、

注連飾りは、年末に更新すると、一年そのままに掲げておくのです。

では。

普通の生活とは?

2年前に年賀状を廃した僕にも、

新年の便りは届くから、ありがたいことだ、と思っている。

K君もそのひとり。

彼の場合、昨年 かなり年下の(と聞いている)ご伴侶を得たので、その(画像による)お披露目もあるらしい。

ま、いまだハネムーンが続いている様子でなにより。

御礼をショートメールで返したら、

……近所の神社に初詣に行ってきた。
最近はパワースポットと評判らしく、2時間待ちでヘトヘト。
帰宅後、餅と、途中で買った石焼き芋を食べていたら、能登の地震の報に釘付けに。
結婚したら、少しは普通の生活になりました。

でも、紅白は視ないゾ。

新年早々、地震、飛行機事故とバッドニュースが続きますすが、

今年こそ、O君と3人で、温泉へ行きましょ……。

彼のメールで羽田の衝突事故を知ったくらいだから、僕のほうは、フツーからは遠い生活かも知れない。

先日も、職場のアベちゃん(22歳)から、

紅白もジブリも観ないとは、それで日本人でしょうか?、と言われる始末。

― 僕はね、チャレンジしていない作物で時間を潰したくないわけ。

と、心の中でつぶやいたのでした。

では。

その朝。

NHKが、コラム風に

ひとりのJリーガーが、

組織(会社)を創って、子どもたちに食事を提供する活動をおこなっている、とニュースで流していた。

それを観て、家人は、

― あぁ、奈良クラブの、アサカワ、というのか。
対戦するとき(の楽しみ)に、覚えておこう。

そして、数時間もしたら、

山雅公式で、その浅川 隼人が加入することを知って、かなり驚いたのよ。

……と、その日、帰宅した僕は、聞かされたのだった。

これが、敢えて、ニュース報道のタイミングを狙ったリリースだったとしたら、

かなり気の効いた手法、と感心した。

それくらい凝っても、誰も文句も言うまい。

さて。

1/4 早朝の現在で、

チームの退団と入団は、それぞれ 10人と、完全に釣り合っている。

要は、陣容(ボリューム)を、そのまま保持する、ということだろう。

で、去就不明は、ただいま、4人。

帰省、帰国の日程から、単に契約書へのサインが遅れているだけ、とタカをくくっている僕ではあるが、

たとえ、今後出入りがあるにせよ、おおかたの編成は、ほぼ決した、と診る。

それよりも、それよりも。

Jリーグが取り戻した、正確には、DAZNから要らんと突き返された 3部リーグ戦の放映権のこと。

一体、どこに請け負わせるのか、この期に及んで発表もないが、

これ、情報に関する完璧な秘匿作戦、と喜んではいられない。

まったく……、野々村さん。

では。

逃走心に,感謝せよ。

家人が、左手を傷め、蟻ケ崎まで通院することとなり、運転手を仰せつかった日。

千歳橋を渡り、大名町を突き当たって左折すると、

通りが、スッキリと拡幅されていた。

ホテル末廣館や、二の丸食堂はとうに消え失せ、

ああいった風情は、僕らの記憶からさえ、早晩消失するだろう。

― 新しい博物館はどこなの?、と訊かれ、

― さっき通った、植田鰹節屋の南、昔の市営駐車場のところ。

― で、いま、松本城を、特別にライトアップする催しやっているみたい。
広報の表紙にあったやつ。

― あぁ、戦国絵巻を城壁に写す、あれって、ほぼ実写なんだ。

しかし。

おおよそ実戦経験と無縁な松本城に、

いくさ絵巻を映写するなんてのは、最たる皮肉、いわば歴史の捏造。

……1550年、武田氏による信濃侵攻に際し、藩主 小笠原 長時は、さっさと逃走、

侵略者の武田軍は、あるじなき深志城を素通り、そのまま北進していった。

もしも抗戦してたなら、あの城が無傷であるはずもなかった。

もともとが、天守(1504年築城)は、シンボリックな存在。

深志城は政務所で、武闘を意図した林城の支城の格。

竹田軍には、埴原、林、井川の城(砦)では激しく?応戦したんだろうが、いずれも、陥落し、破壊された(とされる)。

つまり。

現在、この街が、あの城でいろいろと商売できるのは、

ひとえに小笠原氏の〈逃げたい心〉のおかげであるから、その軟弱さを責めてはならぬ。

ゆえに、万が一、

山雅の祝勝会を、この城を背景にして挙行するとしたら、

それこそ、歴史の無智にもとづく愚行であって、

もし、やりたければ、

〈闘争心〉の残骸、いまでは、瓦礫さえ散逸した埴原城址を選ぶなら、

5世紀過去の、つわものどもが夢の跡の風情が、まっこと真に迫るのではあるまいか。

では。

自民党は,〈村〉だった。

政権与党を構成している派閥のひとつで、

政治資金として集めた金を、帳簿外で動かしていたことが判明した、という出来事。

法に照らせば、やっちゃあいけない行為なんだろうが、

僕からすると、他人事でもない失笑、くらいの話題か。

なぜ、他人事でないのか?

数年前、家並み順(=ほぼ輪番制)で、常会長を仰せつかったが、

その期の途中で、某団体からの入金(訂正 ☞ 数万円と記憶) があった。

同様の収入は毎年度発生しているはずだが、引き継ぎされた決算書には、一切記載がない。

前年度の役員に訊いたら、それは数人の役員で分けるように言われた(そうした)、という回答。

いやいや、各戸から徴収する運営費も含まれる会計なんだから、

たとえ、その収入が寄付であっても、記載なくちゃあダメでしょう。

なので、役員手当は、自分を含め、規定額を支出し、

従来、使途不明となっていた収入はそのまま記載して、次年度に引き継いだ。

道理がわかると思われた準リーダー的存在を訪ねて、

― あのやり方は社会通念上、通りませんよ、と伝えると、

俺も、そう思うが……、との返答。

要は、おかしいけれど、今は長老に従うよ、ということなんだろう。

最終的には、長老級と論議になったけれど、正当と思う決算をして、次年度に申し送った。

その翌年。

不明朗な会計が認められるような町会(常会は、町会の下部組織) に所属するのは、自分の信義に反するので脱会しますと、書状を、町会長に届けた。

一応、受け取っておきます、と言うから、

組織の責任者であるあなたに届ければ、それが、正式な通知、即、脱会ですよ、と、僕としては、最大限穏やかにお伝えした。

いまでも、役員山分けの図式が続いているのか知らないけれど、続く限り、

年番制なので、常会の皆が順番にそれに加担していく。

各国会議員は、派閥(幹部)の指示だから、それに従った、と言い訳しているが、

親分(長老)の指示が、法律に優先してまかり通るんだから、

僕のあたりの村落共同体と、自民党は、ほとんど変わりない。

ゆえに、寂しい失笑、です。

では。