
日本語では、ブーイング、として定着してますな。
スポーツのゲームや演奏、興行、演説(スピーチ)に無かって、不満、不興を、
口をとんがらせて、ブーという罵声で、プレイヤーに浴びせるやつ。
日本では、1970年代はじめ、
ローラーゲームの実況をやってたミッキー 安川(1933~2010年)が、TV放映の中でやった、とどこかで読んだ。
青春時代をずっと米国で暮らした氏であるから、文化として知っていたんだろう。
チケット代に見合わない演じ物に対し、
不満を表明するのは、これはもう、カネを投じた者の当たり前の言い分だから、BOOをやるのを、ダメとは言わない。
が。
最近の山雅ホーム南ゴール裏が発声するBOOについては、
気持ちはわからなくもないが、好きになれない。
そのわけ、ひとつ。
端から、数をたのんでやっている点。
みんなでやるのがBOO、と言われると、それ以上、いいようもないが、
それでは、
8月15日に、受けを狙って、〈みんなで〉靖国に詣でる(姿をみせる)国会議員とおんなじレベル。
子どもじみていて、笑えない?
できれば孤立無援であって、群れるのが嫌な萬年は、
みんなでやれば怖くない、という態度はごめんだな。
ふたつ。
負けると、かならずBOO、という図式が、ほぼ定着してますが、
サッカーを観る眼として、あまりにも単純。
これも、
観戦ではなく、共闘のゴール裏であればこそ、ゆるされると思ってるんだろう。
共闘する者が、戦う同志に対し、BOOをするのは、いかにも尊大なんだが、
いろいろ言ったところで、これからもやるんだろうから、これ以上は云々しない
けれど、
口を突き出して、不満のブ~っ!!は、せいぜい2歳までに卒業したいのが、日本人の礼節だ。
では。

