鏡の中のかつての自分 (2026.8.2 県サッカー選手権決勝レビュウ❶)

昨夜。

帰宅して、ちょうど玄関に入った時だった。

携帯に、職場の家人から着信。

(仕事中でもあるゆえに) 声を押し殺した、詰問調で、

― 0 – 2の負け、って。そんなにヒドイ試合したの?

― うん、まぁ。
(意図ぎくしゃくの) ミスに近いバタバタの 2失点だからね。
ま、点が獲れないことが、致命的。

……さて。

今回の対戦相手の戦略は、徹底していて、

その根本思想とは、相手の嫌がることをやり続けること

中盤を無力化すべく、スカしたロングボールを後方へ、と入れておいて、

そこに殺到しては、セカンドボールを拾う。
(そう決めてあるから、手中にできる)

人数をかけた早い寄せで、相手の能動的な動作と、パスコースを消す。

で、リズムの不調を誘って、取りこぼしを狙い、速い攻撃を敢行……。

これこそが、かつて、

後発クラブとしてJリーグ参戦した山雅自身が、多用したサッカー。

それがハマって、それなりの成果を挙げたけれど、

そのような過去があるから、

戦績とセットで、あの手法が、〈いつか見た良い景色〉となって、観る者の脳裏に刷り込まれた。

でも、その先に、なにがあったのか?、ということを自省してみれば、

いまからそこへと、先祖返りもできない相談なんだが、

この前のアルウィンに続く、小林監督の連続的な作戦勝ち、と言えましょう。

この結果をして、軽薄な論調は、

新造山雅を、オール オア ナッシングの論法で、ゼロ評価に走るだろう。

けれど、正直な話。

これほど対策的なサッカーをやられる機会は、リーグ戦で2回、とするなら、

それほど、気にすることもない。

ポイントは、(38ゲーム中)

はぐらかしのサッカーと出逢った場合、

❶それと同調してやり返すのか?、

あるいは、

❷それを凌駕できるまでの技量を高めるのか?、

どっちに徹底するかを決めるだけ。

僕からすると、後者しかないと思います。

しかしまぁ。

負けが決まると、潮の引くがごとくに、サァーっと退場するギャラリーよ。

共闘が自壊するとしたら、こういう部分からでしょうね。

では。