なぜ真田 幸村は大坂に散ったのか? その❷

田中 博文氏は、その著『真田一族外伝』の中で、

その解答を、はっきりと示してはいない。

信用に値する史実を淡々と紹介しておいて、後は、読者の判断に任せたのだと思うが、

ただし……、

❶加勢を依頼する大坂城の使者が示した、金200枚、銀30貫文、(勝利給として)50万石クラスの大名としての処遇の約束。
これらが、決定的な要因とは思われない。

❷関ケ原の戦いに敗れ、高野山から九度山への幽閉と監視の生活を強いられて十数年。

その間、34歳から50歳目前までの月日を空費した悔恨と、この先の打開も見いだせない心境。

晩年にあって、最後に、チャレンジの時を持ちたい。(マジックアワーのように)

そういう心持ちでの決断であったのではないか?

……そんな論調を、著書からは読みとることはできる。

❶について。
ヒーロー幸村が、カネに心を動かした、と考えたくないというのがホンネでもあるけれど、

かなり切り詰めた家計だったと思うが、野垂れ死するほど窮してはいまい。
と、すれば、目の前に積まれた金銀に心が動いたとするは、不自然。

❷は、心情的には、おおいに同調できる。

飛び込んできた誘いに、では、最晩年を賭けてみるか、という風を感じた。
いまより、ずっと人生は短かくもあった。

が、果たして、それだけを理由として採用してよいのか?

というのは、

僕らは、現代人の感性しか持ち得ず、

当時の元大名(武将)のせがれが持っていたであろう行動規範に精通するには、限界がある。

でも、ここは無理してでも、付け足しとしての、僕の答案を描きますが、

それは次回で。

では。