
もう一年 やってくれよと 吐く弱音
このゲーム、
山雅になにが欠けていたのか?、と考えてはみるものの、
結局。
あれだけ上手く、活きの良いサッカーと対戦したら、
いまのレヴェルだと、あれが限界、と断ずるしかないのかも知れない。
さて。
奈良は、4 – 2 – 3 – 1 を採ってきた。
対し、山雅は、3 – 3 – 2 – 2 。
深澤をワンアンカーにおいて、澤﨑と松村が、ツーシャドウ、で、その前に、
村越、加藤のツートップを置く。
ひとつ。
こうすると、奈良の中盤(ボランチ#10と#50)が 2枚。
対し、こっちは深澤ひとりとなって、数的に不利となる。
その防止策とは、
ふたりのシャドウが、ボランチ的に適宜、中盤もこなすことで、
三角形が上方に開いた▽格好で相手の中盤と対峙することが、山雅手法、と僕は、思ってきた。
奈良戦では、ここが機能せず、
特に、松村の立ち位置に、チーム的な統一感が欠けた。
ハイプレスを敢行したい加藤は、盛んに、連動せよと、松村に前進を要求、
ところが、松村は、
自分の前方に位置する 相手#10へのマークを考えてだろう、そこを外すわけにいかない風情。
これが中途半端となって、結局は、
ふたりのフォワードで前線からプレスをかける山雅に対し、
ボランチひとりが最基底に落ちて3バックとなることで、数的優位を保つ奈良が、
もうひとりのボランチにボールを収められることで、そこから、サイド、前方にボールを展開した。
安永、という個性の不在だけでは済まされもせず、
多くは深澤を経由して攻撃に転ずるやり方の再考、
つまりは、べつのボール経路の開発(by チノ氏)、も必要。
ふたつ。
どうこう言っても、
およそ、すべてのポジションで、
ボール保持のレベル、それから、ボール奪取の執拗さに優れた奈良であったから、
山雅に、手のほどこしようがない、後手にまわる感が生じたのは、当然ではありましたが。
みっつ。
目の前の相手を捕まえ切れない状況下、
守備面でも、相手を放してしまう、寄せが甘くなる、そういう格好の 2失点。
……極言すれば。
強固な守備と、前線からの鋭い追いかけまわし。
これを、連動と一体性を保って続ける、といった〈強み〉が、
その上をいかれてしまって無力化された、それが、奈良戦の正体であり、課題。
では。

